第55話 赤羽昴の恍惚②
「……気にすることないよ。実はあの二人ってけっこうクズだから」
「え? く、クズって」
「太一も明里も大人しいから意外かもしれないけど、俺は昔から一緒だから知ってるんだ。実はね……」
昴は由貴の心から太一を追い出すために、嘘をでっち上げて話して聞かせる事にした。
ありもしない事を伝え、太一の印象を変えるためだ。
「二人とも人畜無害そうな顔してるから信じられないかもしれないけどさ、昔からよく陰で人を馬鹿にしてたんだよ」
「太一と田端さんがそんな事を!?」
「あぁ、俺は何度も注意したんだけどね。性根が腐ってるから全然止めないんだ。それに……」
「どうしたの?」
「いや、落ち込まないで聞いて欲しいんだけど、アイツらは上埜さんの事も馬鹿にしてたんだよ」
「え、そんな!?」
「すぐに信じられないのも無理ないよ。でも本当なんだ。さっき教えてくれたけど上埜さんの家は両親が厳しいんだろ? そんな事情があるのに太一は、あんな見た目なのにガリ勉だって爆笑してたんだ」
「ぁ、ぅ、嘘、太一に限ってそんな事……」
「上埜さん、俺を信じてくれ。俺はキミのために言ってるんだ。明里も太一の話しを聞いてキミを馬鹿にして笑ってたよ。俺が注意しても聞く耳持たずにね。だからあんな奴らのために心を痛める必要はないんだ」
「……私、本当に馬鹿にされてたんだね」
「あの二人にはね。でも、俺は上埜さんを馬鹿にしたりしないよ。俺はキミの味方だ。俺が付いてるよ」
明里のことも太一と同じように過去をでっち上げてクズにしたのはついでだった。
由貴がいつまでも落ち込んだままでは昴自身が楽しくなれないから、明里にも犠牲になってもらう事にしたのだ。
「だからさ、もうあんな奴らの事忘れた方がいいよ。キミには俺がいるから」
「……ありがとう赤羽君。あの二人がそんな人だったなんてね」
結果、昴の作戦はまた成功した。
昴の酷すぎる造り話を聞いた由貴はすぐに表情を変え、嫌悪感を露わにしていた。
どうやら二人への印象を上手く変えることができたらしい。
先ほどまでのどこか元気のない様子から一変して、今の由貴はもう吹っ切れたように見える。
それから昴はさらに由貴を励まし、由貴はすっかりと元気を取り戻したようだ。
「赤羽君がいてくれてよかった。じゃなかったら私、いつまでも二人に騙されてたかも」
「あぁ、俺もやっと上埜さんに真実を伝えられてホッとしてるよ。前からなんとかして伝えようとしてたんだけど、中々相手にしてもらえなかったからね」
「それは、本当にごめんなさい。今までの私がどうかしてたの……許してくれる?」
「はは、もちろんだよ。言ったろ、俺は上埜さんの味方だって」
「赤羽君! 本当にありがとう! なんて言ったらいいか、感謝してもしきれないよ。赤羽君ってすごい優しいんだね」
由貴は昴にかなり感謝しているらしい。
何度もお礼を言って頭をさげ、昴を見つめてくるその潤んだ瞳には熱がこもっているように見えた。
頬を赤く染め、まるで昴の姿しか目に入っていないかのように、情熱的な視線を向けて来る由貴。
昴には由貴から向けられるその瞳には見覚えがあった。
初めて声をかけてやった時の太一と明里に似ていたのだ。
寂しい想いをしていたところに手を差し伸べてくれた昴に、太一と明里はまるで神様でも見ているかのような感動をその瞳に浮かべていた。
今の由貴の瞳は、あの頃の二人に似ている。
いや、それ以上にもっと熱い想いすら感じる。
由貴はもうすっかりと自分に傾倒している。そう昴が理解するのはすぐの事だった。
「ねぇ赤羽君、ちょっといいかな?」
別れ際、そんな由貴から伝えたい事があると昴は引き止められた。
「あのね、私今日の放課後の事でかなり傷ついたの」
「あぁ、無理もないよ。あの二人が最悪だから」
「突き飛ばされた後は本当に自分が惨めで、もう我慢できなかった。でもね、今はこうしてもう笑えてるの。赤羽君のおかげでね」
「いや、俺は別になにも、上埜さんが強いんだよ」
「ふふ、ありがと。でも私が立ち直れたのは本当に赤羽君のおかげだよ。だからね、本当に感謝してるし、それだけじゃなくて……」
「それだけじゃなくて?」
「……もっと、その、伝えたい気持ちがあるの。今はまだ心の準備が出来ていないっていうか、その、えっと」
「急がなくていいよ。落ち着いて」
「……うん。ありがとう。ねぇ赤羽君。よければ明日の放課後、また時間をくれないかな? その時までにしっかりと心の準備を済ませるから」
「あぁ、もちろんいいよ。俺はいつでも上埜さんのために時間を作るから」
「ふふ、嬉しいなぁ」
何も気にしていないように振舞いながらも、由貴の申し出を受けた昴は内心では飛び上がるほど舞い上がっていた。
恥ずかし気に手を振る由貴とはそこで別れることになってしまったのは残念だったが、一人になった昴は明日の事で期待が膨らみ、もうそれしか考えられなくなっていた。
「……はは、もう俺に夢中だろあれ。俺が太一なんかに負けるわけないんだよなぁ」
由貴が伝えたい事は、あの様子から考えれば間違いなく告白だろう。
由貴の反応を見れば作戦の効果は抜群だった。
由貴の瞳はすっかりと恋する者のそれだったからだ。
そして、由貴がその瞳を向けているのは太一ではない。
はっきりと自分にその瞳が向けられていた事を昴は自覚した。
太一なんかに負けるはずもない。やっぱり自分の方が優れている。そう実感できた昴は、心が満たされていくのを感じていた。
後は明日の放課後を待つだけだ。
そうすれば、由貴が自分の物となる。昴は自然と笑ってしまうのをこらえられなかった。
由貴のあのいい匂いのするベージュの髪も。
未だに触れていない、あの豊満な身体も。
明日になればその全てが手に入る。
「あぁ~、さっきもちょっとくらい触っとけばよかったな」
あの主張の激しい大きな胸を揉みしだいたら、いったいどれだけ気持ちよいのだろうか。
そんな事で頭がいっぱいの昴は、幼馴染たちをクズ呼ばわりした事すらもう忘れている。
昴の頭の中では、由貴と付き合ってから何をするかの妄想が始まっていた。
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