第50話 不可解な行動


「全然ダメじゃねぇか! 太一はともかく明里はもっとちゃんとやってくれると思ってたのによ」


 休み時間。


 静かな中庭に、怒気のこもった昴の罵声が響いた。


 朝からイライラしていた様子の昴は、昼休みまで我慢する事も出来なくなったらしい。


 太一と明里は午前の休み時間に昴に呼び出され、中庭に来て早々に怒鳴られる事になった。


 顔を赤くして吐き捨てる昴は、きっと外の寒さなんてまるで気にならないのだろう。


 怒りに任せて怒鳴っている昴からは湯気でも見えそうだったからだ。


「上手くできなくてごめんなさい。私が下手だから……」


 頼まれて協力しているというのに、うまくいかないからと理不尽に怒鳴られる。それでも明里は素直に頭を下げていた。


 あんまりな扱いに、明里なら反論してもいいと太一は思ったが、あくまでも昴のために尽くすつもりの明里にはそんなつもりはまるでないのだろう。


 真摯に謝るその姿からは、本当に申し訳ないと思っているのが伝わって来るようだった。


 明里のその態度を見て、流石の昴も少しは威勢をそがれたらしい。


 若干だが言葉を詰まらせ、それでも気持ちは収まらないのか小言は続いていた。


「あぁ~、まぁ頑張ってんのは分かるよ。けどさぁ、全然上埜さん気にしてないんだわ。明里が太一と一緒にいてもどうでもいいって感じで相変わらず太一の事ばっかだよ。だから今んところまるで意味ないわけ」

「ごめんね……私と太一は元からよく一緒にいたし、そこまで印象変わらないのかな」

「かもな、なんかインパクトがないじゃねぇの? もう二人は恋人同士なんだからよ、もっとこう、本気で付き合ってもらわないと」


 太一と明里を付き合わせるという昴の作戦を開始して数日。


 この間ずっと太一は明里との恋人生活を続けていたが、昴は変わらず由貴に相手にされないらしく、イライラと焦りがピークにたっしているようだった。


 そして、昴の口から出た由貴の様子を聞いて、太一も少し焦っていた。


 何故なら、昴から明里と付き合うように強要された日の放課後、太一は二人には秘密で由貴に助けを求めていたからだ。


「安心して」と言ってくれた由貴に任せて、太一は言われた通りに明里との交際を表面上は続けていたのだが、数日経っても昴の様子は御覧の通り。


 由貴がどんな作戦を考えているのかは太一も聞いていないから、これからどうするのかまったくわからず、どうしても不安になってしまう。


 あれから由貴が昴をどうにかしてくれる様子はなく、日に日に昴の状態は酷くなっていく。


 それもきっと作戦の内なのかもしれないが、太一が本当にこのままで大丈夫なのかと不安になるのも当然だった。


 それでも由貴の作戦が昴に気付かれないようにするためにも、太一が作戦を聞くわけにはいかない。今はただ我慢するしかなかった。


 由貴ならきっとなんとかしてくれる。そう信じてひたすら耐える。


 人任せで情けないとは思いつつも、太一にはもう由貴に縋る事しかできなかった。



 だが、太一がそうして由貴を信じて待っている間に、決定的な出来事が起きてしまう事になった。



 事が起きたのは昼休みだった。


「なぁ上埜さん! ちょっといいか?」

「……なに?」

「いやぁ、俺たち最近よく話すようになったじゃん? せっかくだしもっと仲良くなりたくてさ、今日一緒にお昼どうかな?」


 昼休みになってすぐに駆け付けて来た昴は、もうなりふり構っていられないらしい。


 まだクラスメイトたちも全員いる教室の中で、堂々と由貴を昼食に誘っていた。


 隣の席でその会話を聞いていた太一は、いつもしているようにすぐ立ち上がった。


 昴と由貴に会話を聞くのが何となく気まずいし、いつまでも由貴の隣にいると昴から睨まれてしまうからだ。


 だから太一は最近、休み時間になるたび昴の邪魔をしないように廊下で時間をつぶしていた。


 身体にしみついた動きに任せてその場から立ち去ろうとした太一。


「あ、太一待って!」

「ぁ、え?」


 だが、通り過ぎようとした瞬間、由貴に引き留められてしまった。


「え、えっと、上埜さん?」

「なんか今ね、赤羽君にお昼誘われたんだけどさぁ、せっかくだから太一も一緒にどう?」


 あたかも当然のようにそう誘われて、太一は絶句する事しかできなかった。


 どうして由貴はこんなことをしたのだろうか。


 昴が由貴に惚れていて、そのせいでいろいろと起きている事は全て教えたはずなのに、事情を知りながらもこんな事をする意味が太一にはまるで分からなかった。


 見ようによっては、わざわざ昴の機嫌を悪くさせているようにすら思える。


 案の定太一は、昴からは汚物でも見るような、憎らし気な視線を向けられる始末だった。


 いくら何でもここで由貴の誘いにのるわけにはいかないだろう。


「い、いや、僕は遠慮しておくよ」

「え~何で?」

「な、何でって、用事があるんだ」

「ふ~ん、じゃいいや。太一が来れないなら私も友達と食べよ。そういうわけだから赤羽君ごめんねぇ」


 困惑する太一を置き去りにして、由貴は話しを進めてしまう。


 あろうことか由貴は、太一を理由にして昴の誘いを断った。


 それがどんなに悪手であるかなんて、誰にでも分かりそうな事なのに。


 太一が恐る恐る昴を見れば、まだ睨まれてはいたものの、先ほどまでとは少し視線が変わっていた。


 その意味が分からないほど、太一は空気が読めないわけではない。


「あ、やっぱり大丈夫。用事は後でもよかったから、皆でお昼に行こうよ」


 昴の気持ちを考えれば、当然太一は邪魔のはずだ。


 だからこそ太一は由貴の誘いを断ったのだが、それを理由に由貴が昴の誘いを断るなら、事態はもっと悪い方向に向かってしまう。


 昴が由貴と昼食を食べるためには仕方ない。苦肉の策として、太一は由貴の提案を受け入れることにした。


「ホント!? やった!  じゃあどこで食べる?」

「え、えっと、僕はどこでも、昴は――」

「なら今日は学食でも行こうよ! ほら急いで、席なくなっちゃうよ!」

「あ、ちょっ、ちょっと上埜さん!?」


 由貴は昴の意見を聞こうともせず、太一の手を握って歩き出してしまう。


 太一は手を引かれるまま由貴に付いて行くことしかできない。


 振り返れば無言の昴がこちらを睨みながら付いてくる。


 太一は冷や汗が止まらなかった。


 一連の由貴の行動は、本当に意味不明だった。


 由貴には太一から全ての事情を説明している。


 それなのに、まるで昴の不機嫌な気持ちを煽るような由貴の行動は、何がしたいのかと疑問に思わざるを得ない。


 それとも、これも作戦のうちなのだろうか。


 由貴がどうやって昴の暴走を収めるつもりなのか分からない太一には、それすらも判断できない。


 慌てる太一だが、由貴がどうしてこんな事をしているのか、昴の前では聞くこともできなかった。


 結局三人で食べることになったお昼の間中、太一は由貴から絶えず話しかけられ、無言の昴からは終始睨まれる事になってしまったのだった。

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