第48話 打開策③


 もはや幼馴染三人で過ごしていたあの楽しい時間はバラバラに崩れ去っている。


 すぐにでも何かしらの手を打たなければ、修復不可能なところまで来てしまった。


 だからこそ太一は、藁にも縋る思いで由貴に今まで隠していたことを打ち明けることにした。


 自分に他のクラスの友達なんていないこと。


 もうバレているかもしれないが、由貴のことが好きで情報を聞きたがっていたのは、本当は昴だということ。


 自分と由貴が仲良くしていたことで、昴を怒らせてしまったこと。


 放課後のことは、昴に強制されて明里と付き合うことになったから起きたこと。


 明里は昴の事が好きで、だからこそ応援するために自分の気持ちを殺して昴に協力していること。


 そして最後に、自分たちを助けて欲しいこと。


 自分の嘘だけでなく、勝手に昴と明里の気持ちも由貴に伝える。


 知らない所で暴露された二人からどう思われるかが怖かったが、そこでひるんでもいられない。これ以上明里が傷つく姿は見ていられなかった。


 太一は由貴にしっかりと状況が伝わるように詳細を全て話す。


 太一はいつでも自分が情けないと思っているが、女の子に助けを求めている今ほどそう感じたこともなかった。


 ただ、太一には他に相談できる相手もいなければ、昴の恋の相手という由貴以上に適任もいないような気がしていた。


「嘘をついていたことは本当にごめんなさい」


 太一の謝罪と説明を、由貴は最後まで黙って聞いていてくれた。


 その表情からは由貴がどんな気持ちで話を聞いてくれたのか、太一に読み取ることはできない。


 嘘をつかれて怒っているだろうか。


 それとも、面倒くさそうな事情に巻き込まれそうで辟易しているだろうか。


 そんな心配が太一の頭の中を駆け巡っていると、不意に下げた頭を優しくなでられた。


 由貴が太一の頭をゆっくりと撫でていてくれた。


「大変だったんだね。よく頑張ったね太一」


 由貴の声を聞いた瞬間、太一の目から涙がこぼれそうになった。


 由貴は怒るどころか慰めてくれていた。


 その全てを受け入れてくれそうな優しい声を聞いているだけで、太一は胸を覆っている雲が晴れていくような気さえした。


「安心して太一、私がなんとかしてあげるから」

「え、ホント!?」


 自分から頼んだくせに、由貴の返事を聞いた太一は驚きを隠せなかった。


 それくらい由貴は迷うこともためらうこともなく、まるで答えの分かっている問題を解くかのごとく気軽さで、太一からの頼みを受けてくれたのだ。


「僕が頼んだわけだけど、本当にいいの? ていうかどうにかできそう?」

「あったり前でしょ! 痴情のもつれとか、こちとら小さい頃から家で見てきたからね。これくらいは収めるのなんて簡単よ」


 由貴の両親が離婚していることは、太一は以前由貴から直接聞いていた。


 あの時もそうだが、重い過去をこうして明るく話せてしまうくらいには、由貴の人生経験が太一よりも圧倒的に豊富なのは感じられる。


「どう? 恋愛事についてなら誰よりも頼りになりそうでしょ?」


 ドヤっとした顔で大きな胸を張る由貴を見て、太一は思わず笑みがこぼれた。


 それは太一にとって不思議な感覚だった。


 由貴に会いにくるまでは、今笑えているのが信じられないくらいに深く沈み込んでいた。


 それなのに、今の太一は由貴と少し会話をしただけで自然と笑えるようにすらなっている。


 由貴ならこの状況をなんとかしてくれる。そう思わせてくれるような何かを太一は確かに感じた。


「僕だけじゃどうにもできなかったからすごく頼りになるよ。本当にありがとう」

「いいって、それに、太一もちゃんと頑張ってたでしょ?」

「いや、僕は何もできなかったよ。ここにくる前に明里を説得したけれど、明里は意志を曲げなかった」

「そっか……ちなみになんて言って説得したの?」

「えっと、二人で昴にこんなことはできないって言おうって」

「田端さんはなんて?」

「昴が好きだからこそ応援したいって、明里は自分があんなになっても昴のために頑張るつもりみたい」

「なるほどね……」


 由貴はそこで黙り込んでしまった。


 状況が状況だけに、少しの変化でも太一は不安を感じてしまう。


「由貴さん? どうかしたの?」

「ん……なんでもない。説得できなかったとしても、太一の気持ちはきっと田端さんに伝わってたんじゃないかな」

「どうだろ……そうだといいけど」

「まぁ後のことは全部私に任せてさ、太一は、え~っと、ほら、アレに乗った気でいてよ」

「アレって、不安になるから大船ってちゃんと言ってよ」

「アハハ! 太一ったら心配性なんだからぁ」


 実際、太一はこれからのことを考えると気が気ではなかったのだが、笑っている由貴を見ているだけで不思議と安心できるような気もした。


「由貴さん、僕たちこれからどうすればいいのかな?」

「そんなに心配しないで、もうどうすればいいかは考えてあるから」

「え? そんな感じはしたけど、まさか本当にもう作戦なんてあるの?」

「もちろん。これくらいの問題、聞いてすぐどうすればいいか思いついたもの」

「す、すごい……由貴さんって本当にすごい人だったんだ」

「なんかその言い方には引っかかるところがあるなぁ、まぁもっと褒めたたえてもいいけどね?」

「ありがとうございます。ありがとうございます」


 由貴はこれ以上関係をこじらせないためにも、明日からすぐ動くと意気込んでいた。


 その様子に頼もしさを感じていた太一は、ふと先ほどまでとは違う不安を感じた。


 それは、由貴がいったいどうやってこの状況を解決しようと考えているのかという事。


 太一が由貴に助けを求めたのは、単に昴も惚れている相手の言葉なら冷静に聞いてくれると思ったからだ。


 だが、もしそうならなかった場合、由貴はどう解決するつもりなのだろう。


 太一の中で嫌な想像が少しずつ形を成していく。


 優しい由貴の事だ。きっと本気で助けようとしてくれると思う。


 だからこそ、昴からのどんな要求も呑んでしまうという事もあり得るのではないだろうか。


 太一を助けるため、無理やり言う事を聞かされて、由貴は昴から……。



 寒気がした太一は、そんな最悪の考えを頭から必死に追い出そうとした。


「ゆ、由貴さん!」

「ん、どうしたの太一?」

「あの、作戦ってどんなのなんですか? どうやって解決するつもりなんですか? 僕にも教えてください!」

「ぉお、やる気だね太一。ん~、でも作戦は教えられないかなぁ」

「そんな!? 何でですか!?」


 太一は必死になって食い下がった。


 さっきの嫌な想像のせいで、不安で不安で仕方なかったからだ。


「赤羽君にバレないようにしたいからかな」

「昴に、バレないため、ですか?」

「そうそう、太一の反応で変に警戒されたくないんだよね。別に信用してないわけじゃないよ。慎重にやろうとしてるだけ」


 昴に由貴が動いているとバレて警戒されないように、万が一のことも考えて秘密だと言われたら、太一は渋々頷くしかなかった。


 特に太一がしなければならない役目もなく、少しの間だけ明里と付き合っている状況を維持して欲しいと言われただけ。


 何もかもが不透明な状況で、一抹の不安を感じた太一。


「安心して太一。私が太一の傍にいるから」


 だが由貴が優しく抱きしめてくれてると、その温かさに包まれた太一は、心にはびこっていた不安もどこかへ消えてしまったのを感じた。


「大丈夫、大丈夫。太一のために、私がなんとかしてあげるから、信じて、ね」


 耳元で囁かれた声に太一はただ頷く。


 由貴に抱きしめられたまま太一はその由貴の身体におぼれていく。


 由貴の身体からするいい匂いに包まれ、フワフワとした感覚になり、太一は自然と由貴の背中に手をまわしていた。


 個室の中で二人きり。


 抱き合ったまま由貴の身体に包まれる。


 結局、太一はそのまま夜遅くまで由貴と過ごしたのだった。

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