第9話 終わりの訪れ


 翌日。いつものように公園で待ち合わせた太一たち。


 太一はすぐに明里にいい意味で気合が入っていることを見抜いた。いつも通りを装いつつも明里の視線はせわしなく動き、明里が持っている可愛らしいトートバッグと昴を行き来している。


 ソワソワしているらしい明里だがそこに悲壮感は感じられない。むしろ早くお弁当を昴に渡したくでウズウズしているようだ。


 どうやら、よっぽどの自信作ができたらしい。きっとあのバッグの中にはそれは手の込んだお弁当が入っているのだろう。昴も一度食べれば虜になってしまうに違いない。


 見ているだけの太一もお昼が楽しみで、午前中はわくわくしてお昼が来るのを今か今かと待ち望んでいた。




「はい、これが昴のお弁当」


そうしてついにやってきた昼休み。


 お弁当を渡す明里に気を遣って、いつもとは違い人気の少ない中庭のベンチに昴と明里を誘導した太一。


 目論見があたり、人目をきにする必要のなくなった明里はすぐにお弁当箱を取り出して昴に渡していた。


 いつも明里が自分用に持ってくるお弁当箱よりも一回り大きいそれ。


 誰に聞かれているわけでもないのに、明里は家にあったやつと言い訳を繰り返していた。


 きっとこういう機会のために前から用意していたのだろう。それをさっした太一は、明里の健気さに思わず微笑みそうになって必死に我慢した。


「サンキューな明里!」


いつもはコンビニでお昼を買う昴も今日だけは何も持って来ていない。もうお腹が減っていたらしい昴は受け取ったお弁当をためらいなく開けて、すぐ驚いたように目を見開いていた。


「ぅお! 凄いなこれ!」


興奮したような声を上げる昴。


 太一も脇からお弁当の中をみて昴が興奮するのも無理はないと思った。


 中には唐揚げや小さなハンバーグなど、昴の好きな肉料理がこれでもかと詰められている。もちろん色どりと栄養も考えてサラダが添えられているが、明らかに昴専用で好きな物だらけの内容だった。


「これは作るの大変だったんじゃないか?」

「そんなことないよ。いつも作ってて慣れてるから、お弁当が一つ増えるくらいなら手間はそんなに変わらないの」

「そうなのか、明里はすごいなぁ」

「別にそこまでのことじゃないよ。それより美味しいといいけど」

「こんなの絶対上手いに決まってるって! さっそく頂きます!」


手を合わせて勢いよく食べ始める昴。見ている明里は少し不安そうだが、太一もそんな心配はいらないだろうと思っていた。


「……うん! 美味い!」

「ホント!?」

「ああ! マジで美味いよこれ!」


案の定昴はお弁当が気に入ったらしく、かきこむようにして食べ勧めている。


 その姿を見ていると美味しいと言う言葉がお世辞だなんてとても思えない。


 明里もやっと安心したのかほっとしたように笑っている。太一はそんな光景を見て心が温かくなってくるような気がした。


「明里は料理の天才だな……ん? そういえば太一は作ってもらわなかったのか?」

「あ……」


いつものようにおにぎりを持っていた太一を見てそう言った昴。


 何気ないその言葉に明里の表情がこわばった。太一の事はまったく考えていなかったのだろう。


 優しい明里の事だ。今になって太一の分もつくらなかったのは悪かったと思い始めたのか顔色が悪くなっている。


 太一からしてみれば明里がそんなことを気にする必要はないと思っていた。


 今回は建前上は昴の健康を気にしてのことだし、本音では明里が昴との距離を縮めるための作戦だ。


 明里はお弁当が一つ増えるくらいなら手間じゃないと言っていたが、実際にはそんなことはなく大変なのだろうし、太一としては明里を応援すると決めたのに余計な負担にはなりたくなかった。


「ほら、今回は疲れてるっぽい昴のためにやったことだから。ね、明里?」

「あ、うん」


太一は気にしないでと伝えたくて明里に会話を振る。


 その想いは伝わってくれたようで、明里は少し罰が悪そうにしながらも会話にのってくれた。聞いていた昴も深く考えていたわけではないらしくすぐに頷いてくれる。


「ふぅ~ん、それもそうだな。太一の分までなんて流石に明里も大変だろうし必要ないか」

「そうそう。それに昴は最近よくぼーっとしてるくらい疲れてるみたいだから、今日のお弁当はよかったんじゃない? なんならこれからも明里にお弁当頼んでみたら?」


太一はどこかのタイミングで切り出そうと考えていたことをさり気なく会話に混ぜ込んだ。


 今回のお弁当作戦はきっと大成功で、昴も明里の料理の虜になったはず。けれど押しが弱い明里はこれで満足してしまいそうで、太一はその点を少し心配していたのだ。


 この機会を活かして毎日お弁当を作ってもらえば、流石の昴も段々と明里を意識していくに違いない。


 そう考えていた太一は明里をアシストするためにその話題を切り出した。


 太一の予想では十中八九すぐに昴も食いついてくるだろうと考えていた。


 しかし、いつまでたっても昴からの返事がない。


「……」


昴はまたぼーっと空を見つめていた。


「昴?」

「……あぁ、そのことなんだけどさ」


そう言うと、昴は持っていたお弁当をベンチに置いて少し姿勢を正した。


「最近よくぼーっとしてたのには訳があってさ、そのことで二人に聞いて欲しい話があるんだよ」


いつになく真剣な様子の昴。


 その真面目な雰囲気につられて太一も自然と姿勢を正していた。


 明里も真剣な空気をかんじたらしい。固唾をのんで昴の言葉を待っているようだった。


 太一はこんな空気を纏う昴を今までに見たことがなかった。


 太一や明里の知らないところ。例えば部活などで何か大変な事があったのだろうか。


 どんな話をされるのか心配になり不安が溢れて来る。それでも昴が大変なら力にならなければと身構えていた太一に、昴はまるで想像もなかったことを言ってきた。



「あのさ、俺……好きな人ができたんだ」

「…………へ?」

「だから、好きな人ができたんだって、お前らに言うのも割と恥ずかしいんだから何度も言わせんなよ」


少し赤く染めた頬を掻きながらばつが悪そうに言う昴を見ながら、太一はまだ昴の言葉を正しく理解しきれていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る