第7話 明里からの感謝①
朝は必ず三人そろって登校する太一たちだが、帰りは部活動をしている昴がその中から外れることになる。
硬式テニス部に所属している昴は毎日部活に参加して精力的に活動しており、遅くまで学校に残っているため、部活動に入っていない太一と明里はいつも二人で先に帰っていた。
スポーツをして身体を動かすのが好きな昴は、午後になるともう部活が待ち遠しそうにウズウズとし始め、放課後になると太一と明里に軽く声をかけてすぐに教室から出ていくというのがお決まりだった。
「昴はホントに部活が好きだよね」
「そうね。授業中とは大違いだもの」
「あはは、授業中の昴はいつも眠そうだからね」
「今日も居眠りしてたわね。後で勉強も見てあげないと」
「明里が見てくれるなら昴も安心だと思うよ……じゃあ僕たちも帰ろうか」
「そうね、暗くなるのも早くなってきたものね」
生き生きとした様子で教室を出ていく昴を微笑ましい顔で見送ってから、太一と明里は一緒に教室を出る。
帰りの道中太一は女の子と二人きりになるわけだが、明里となら変に挙動不審になることもない。太一と明里にはそれだけ深い絆があるからだ。
中学の時や高校生になったばかりの頃は、普段は目立たない太一が人目を引く優れた容姿をしている明里と二人きりで帰っていることで、やっかみを受けたり変な噂を流されることもあった。
明里の事を心配して一緒に帰るのを止めようかと太一が提案したこともあるが、そんな事は気にしないと明里に言われて今でもこうして二人きりで下校している。
もう恋心は諦めたとはいえ、太一にとって明里が特別な存在であることに変わりない。明里と二人きりになれるこの帰り道は、太一にとってとても大切な時間だった。
電車に乗り、家の最寄り駅から閑静な住宅街を歩く。穏やかな明里との会話は特に盛り上がることもないが途切れることもない。
手を繋いでいるわけでも身を寄せ合っているわけでもない。なのに、薄暗くなり肌寒い風が吹いてきても、どこか温かさと安心感を感じられる。
太一にとって一日の癒しを与えてくれる時間。
そんな時間も長くは続かない。家が近づくにつれて終わりが見えて来る。
朝に集合した公園。ここからはもう太一も明里も家はすぐそこで、別れる時もいつもこの公園でと決まっていた。
「じゃあ、また明日ね」
毎度感じる名残惜しさに負けないように、太一は自分から別れの挨拶をすることにしている。
いつもならすぐ明里が返事をしてくれてそのまま別れるのだが、今日は少し様子が違っていた。
明里からの返事がない。
気になって太一が振り向くと、明里は公園の入り口で止まっていた。
「太一、今日はありがとう」
「え? なにかあったっけ?」
澄んだ瞳で見つめられて動揺する太一には、急に伝えられたお礼が何のことだがすぐには理解できなかった。
「昴にお弁当を作る話のこと」
「あ……」
はっきりと明里から言われて太一は言葉につまった。
太一は明里が昴が好きだと気付いているが、今まで明里の気持ちを直接本人の口から聞いたことはない。
明里が相談してくる事もなかったから、太一としても自分から余計な口を出す気はなかった。
ただ陰から見守ってさりげなくフォローしてきたのだが、今回はどうやら出しゃばりすぎてしまったらしい。
「私のために言ってくれたんでしょ?」
「えっと、なんのことだか」
「嘘はダメ。太一のことだから私の気持ちに気が付いているんでしょ?」
下手な誤魔化しも通用しない。明里は真剣な顔つきをして太一を見つめてくる。こうなってしまっては、太一には素直に申し出るしか道は残っていなかった。
「うっ……はい。余計なことだったらごめんね」
太一は素直に謝り恐る恐る明里をの様子を伺った。頼まれてもいない事を勝手にして嫌な気分にさせてしまったかと心配だったからだ。
だが、結果的にはその心配は杞憂だった。
明里は太一に優しい笑みを返してくれた。
「そんなことないよ。ありがとう」
明里は怒ってはいないようで太一はホッと一安心する。どうやら太一の行動は明里にとって迷惑にはならなかったらしい。
「太一が優しいのは知ってるから、あの時もきっと諦めかけてた私のために頑張ってくれたんだってすぐに分かったよ。本当にありがとう」
「いやお礼なんていいよ。僕は大したことは言ってないし」
「そんなことないよ。あの場に太一がいてくれなかったら、私は今までみたいにすぐ諦めてた。自分からはっきりと踏み出せないから今まで何も進展がなくて、明日お弁当を作れるのも太一が助けてくれたからだもの。太一のおかげよ」
「そ、そこまで言われると少しくすぐったいよ」
「ふふ、太一は昔から優しかったものね。いつも私と昴の事を心配して、いろいろと考えてくれてた。私も昴も、太一に感謝してるし、本当に大好きよ」
「ほ、ほんとにもう止めて! 恥ずかしいから」
明里から褒めちぎられた太一の顔は真っ赤になっていた。
顔を隠すように手をふる太一を見て笑う明里。
揶揄われているというわけではない。明里からの素直な感謝の気持ちが伝わってきて、太一は胸が熱くなった。
何よりも明里から言われた『大好き』という言葉が何度も太一の頭の中で繰り返される。初恋の相手からそんな事を言われて盛り上がるなというのは無理な話だった。
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