第6話 押しの弱い明里


 待望のお昼休みがやってきた。


太一がいつものように昴の元に向かうと、ちょうど明里も可愛らしいお弁当を持ってやってきたところだった。


「腹減ったなぁ、早く食おうぜ」


お昼を待ち焦がれていたらしい昴に促され、太一と明里は周りの机を借りる。こうして三人で机を寄せてお昼を食べるのが太一たちの決まりだった。


 それぞれが持ってきた食事を取り出す。


 明里は手作りのお弁当。太一は家で作ってきた小さめのおにぎりが二つ。昴はコンビニでかったいくつかの菓子パンだった。


 それぞれのメニューも毎日ほとんど変わらない。明里だけはおかずをいつも変えているが、太一と昴は基本的におにぎりかパンだけだ。


「二人とも……いつも言ってるけど健康によくないわよ」


呆れたような明里に苦言を言われてしまうのもいつもの流れ。太一は肩身がせまくなり昴に助けを求めて視線を向けた。


「そうは言われてもな、俺たちは弁当なんて作れねぇから」

「だねー。僕はあまり量もいらないし」

「もう……私は心配だから言ってるのよ」


昴に合わせて言い訳してみるも明里の表情は際しいままで、太一は明里の眼を直視することができない。


 早くいつもの優しい明里に戻って欲しい。そう思ったのは昴も同じのようでなんとか話題をそらそうと必死になっている。


「い、いやぁそれにしても明里はすごいよなぁ。いつ見ても明里の弁当は美味そうだ。これを毎日作ってるなんて感心するよ!な、太一?」

「だねー! ホント凄い!」


あからさまな褒めて落とす昴の作戦はとうやら成功したらしい。明里は少し顔を赤くしていて、先ほどまでの怖さは消え失せていた。


 さすが明里が惚れた相手。太一はまた昴の凄さを目の当たりにした。


「別に、これくらい普通だよ」

「いやいやマジで凄いって」

「お弁当作るのなんて簡単だもの。そんなに手間をかけてるわけでもないし」

「そんな事ないだろ、少なくとも俺には弁当なんてつくれねぇもん」


昴の褒めちぎりは効果が抜群で、明里の顔はどんどんと赤くなっていった。


 褒め続ける昴と、恥ずかしそうに褒められ続ける明里。


 そんな二人の様子を太一が微笑ましく見守っていた時、明里が少しだけ勇気を出したようだった。


「ホントに簡単なの……なんなら、お弁当作ってきてあげるよ?」


流石にまっすぐに昴の目を見て言う事はできなかったらしい。机に視線を落としながら、けれどもはっきりとそう口にした明里。


 太一は思わずよく言ったと叫びそうになった。


 大和撫子という言葉がピッタリの明里は奥手な方で、これまではっきりと昴に自分の想いを伝えられてはいない。


 そんな明里が今、少し勇気をもって踏み出した。


 珍しく攻める明里を心の中で応援する太一にも熱が入る。これで手作りお弁当を渡す仲になれば、二人にとって大きな前進になるはずだ。


「いいよいいよ。明里にそんな負担はかけたくないしな」


だが、そんな思いもまるで感じていないのが昴という男。


 まるで漫画の主人公のように人からの好意に疎いこの男は、しごくまっとうな理由で明里からの申し出を断った。


 例えば今の会話が社交辞令のようなものだったら昴の返しは満点だ。けれど、今の提案は明里からの本気の気持ちであり、遠慮はいらないところ。


 しかも明里の事を心配するような理由で断ったら、それ以上明里からは何も言えなくってしまうだろう。


「そ、そう……」


案の定しゅんとなった明里はすぐにひいてしまった。


 そんな二人の様子にヤキモキする太一は、せっかく明里が勇気をだしたのだからと少しだけ明里をサポートすることにした。


「ねぇ昴。一回だけでも作ってもらってみたら」

「太一? どうした急に?」


隣で怪訝な顔をする昴。対面では明里が目を見開いている。太一は少しだけ明里と視線を合わせ、すぐに昴に説明を始めた。


「いや、最近昴は部活で疲れてるみたいだったから、僕も栄養が足りてないかもって心配だったんだよね。明里のお弁当ならその辺も完璧だし、せっかくだから一回だけでも作ってもらったらいいんじゃないかと思ってさ」


即興で考えたにしては上手く言葉にできたと太一は自分の事を褒めてあげたくなった。自分の身を心配されているとなれば、昴も少しは考えてくれるはずだ。


「ほら、昴って最近ぼーっとしてる時あるし、寝つき悪いとか言ってたじゃん?」

「あぁ……まぁな」


これは本当の話で、昴は最近そんな事をよく口にしていた。


 部活で疲れてるのかもと本人は言っているが、昔からスポーツが好きで身体をしっかりと鍛えている昴にしては珍しい事だった。


 今昴が所属しているテニス部は毎日練習があって、太一のような軟弱者には厳しい部活だが、昴にとっては丁度いい運動の機会だろう。明里も心配していて、それを口実につかえないかと太一は考えたのだ。


「明里も僕も心配してたんだよ。それに明里も手間じゃないって言ってるんだから一回くらいお言葉に甘えてみたら? ね、明里?」

「あ、うん! 本当に簡単だから」


急な展開になってしまったけれど、明里ものってくれてホッとする太一。昴も困った様子で頭をかいている。どうやら昴はまだ気を遣っている様子だったが、しばらく考えていた昴はゆっくりと頷いた。


「明里、頼んでもいいか?」

「もちろん! 明日は頑張るから!」

「いやいやそんなに頑張らないでくれって、明里のついででいいからさ」

「ふふ、せっかくだから昴に私の料理の腕を見せたいの」

「そんなのもう知ってるって、毎日上手そうだなぁって思ってたから正直今から楽しみだよ」

「本当に? それなら腕によりをかけて作るから!」


嬉しさが爆発したのか珍しくはしゃいでいる明里に、タジタジになっている昴という珍しい構図ができあがった。太一はほっこりとした気持ちでその光景を眺める。


 そこには嫉妬や羨ましいという感情は微塵もない。


 嬉しそうな明里を見ているだけで太一は満足だった。


 昴と明里が上手くいくように、心から二人の仲を応援していた。

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