第4話 クラスでの太一の立場①
いつものように昴と明里と一緒に登校した太一が教室に入ると、今日はいつもと少しだけ違うことが起きていた。
それは普通の人にとっては何てことはない出来事。けれど太一にとってはなかなかに厄介なことだった。
丁度太一の席のあたりでクラスでも派手な女の子たちのグループが談笑していたのだ。もれなく太一の席にも女の子が座ってしまっている。
起きていた変化というのはそれだけの事だった。ただクラスメイトが自分の席を使っているだけである。何も身構える事なんてないはずだ。
ただし、それは普通の人に限るという注意書きがいる案件なのだ。
大抵の人からすれば、ただ挨拶するなりして席から避けてもらえばいいだけの事。友達なら一緒にお喋りに興じればいいし、荷物を置いたら、また席を貸してあげたってかまわない。
そんな簡単に解決できることなのだが、太一くらいのレベルになるとそんな簡単な事が一人ではとても解決することができない難問に早変わりしてしまう。
まず太一は普段から会話をしない相手には、軽く挨拶するだけで緊張してしまう。
何故か、急に挨拶をして気味悪がられないかと不安になるからだ。
机に荷物だけでも置きたいが、一瞬でもお喋りの邪魔をして鬱陶しいと思われないかが怖い。
今は楽しそうにお喋りをしている女の子たちが一斉に睨んでくる姿を想像してしまい、太一はどうしても腰がひけてしまう。
その結果声をかける勇気がない太一は、少し離れた所で右往左往するしかなかった。
だいたい、太一がまともに会話ができる女の子は明里しかいない。
明里はどちらかと言えば物静かで落ち着いている女の子だ。人を馬鹿にするような性格でもないという事も太一はよく知っている。
だが今太一の席のあたりにたむろしている女の子たちは、外見からしてまるで明里とはタイプの違う子たちだった。
黒髪の子は一人もいない。それぞれが派手な色に髪を染めている。制服もだいぶ着崩している。上から色とりどりセーターを着ていて、スカートは目を疑うほど短い。胸元のボタンを大きく開けてラフな格好をしている女の子もいる。
そして何よりも賑やかすぎた。声が大きく、教室中に響くような笑い声をあげながら会話をしている女の子たち。明里ならあんなに人目をひくような笑い方はしない。
すべてにおいて女の子の基準が明里になっている太一からすると、今自分の席の周りにいる女の子たちはまるで別次元の存在だった。
目立つ彼女たちの事は太一ももちろん知っていたが、もうクラスメイトとして半年の月日を同じ教室で過ごしていても、一度も会話をしたこともなければこれからも自分とは関わる事のない人達だと思っていた。
実際に女の子たちから太一は相手にされないどころか、たぶん名前すらおぼえられていないだろう。今まではそれだけ接点のない存在だった。
それが今日に限って何故か自分の席の周りに集まっている。きっと太一の隣の席の女の子がその派手なグループの一人だからなのだろうが、今まではこんな事はなかったのだ。
今日はあまり運が良くないのかもしれない。そう考えていた太一が立ち尽くしていると運よく、いや、運悪くなのかもしれない。自分の席に座っていた女の子と目が合ってしまった。
「なんかよう?」
「え?」
「え? じゃなくて、こっち見てたじゃん。どうかした?」
「ぁ、いえ、その……」
目が合った女の子から話しかけられ、急なことで心の準備もしていなかった太一は混乱してしまった。
楽し気に会話をしていた時とは打って変わって、鋭い顔つきになる女の子からまるで睨まれているような気がしてくる。
そんな太一の被害的な妄想は止まることなく、弱気になってどんどん委縮してしまう。
太一だって普段ならもう少しまともに会話をすることができるのに、なれない女の子相手だと、ただただ小さくなるばかりだった。
「え? 何言ってるの? 全然聞こえないんだけど」
「ぁ、ご、ごめん、なさい」
「いや、だから何の用かって聞いてんだけど、なんもないの?」
「いえ、あの、その、そこが」
きっかけは相手が何度もくれている。何か用か聞かれているのだから、ただ荷物を置きたいとか、席を一瞬あけて欲しいと言えばそれで終わりなのに太一にはそれができない。
遠慮と恐れに支配され、必要以上にに相手の顔色を窺ってしまう。そんなはっきりとしない態度が相手を余計に苛立たせることを太一は知らないのだ。
そうこうしているうちに怪訝な女の子の何気ない一言が太一の胸に深く突き刺さった。
「はっきり喋ってよ。なんか気持ち悪いなぁ」
「ぁ……」
太一の頭の中で昔の記憶がフラッシュバックする。
小さい頃からよく女の子に馬鹿にされてきた。
『情けない』『男らしくない』『かっこわるい』『なよなよしてて気持ち悪い』そんな事をこれまでに何度も言われてきた太一は、すっかりと女の子が苦手になってしまっていた。
茫然自失になる太一。これからどうすればいいのか考えることもできない。
そんな時だった。
太一を庇うように誰かが間に入って来た。その頼もしい背中が誰のものなのか、太一はすぐに理解した。
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