マイホーム

みゆたろ

第1話 マイホーム

一昨年の暮れ。

私は両親との喧嘩の末、家を飛び出した。原因は些細な事過ぎて、もう思い出せない程だ。あれから音沙汰無かった両親だが、元気にしているだろうか?


今年は帰ってみようと思う。


実家までは、電車とバスを乗り継ぎ二時間程度だ。

12月20日の夜で、年納めをして実家に里帰りをするつもりだ。


新型ウイルスのせいで、ここ2年ほど里帰りは控えていたが、ウイルスも落ち着いてきたようで、ようやく家族の顔を見る事が出来そうだ。


ウイルスが、落ちついてきたのは良かった。


最後の里帰りは最悪だった。

くだらない親子喧嘩しただけだからだ。


「こんな家、二度と戻ってくるか!!」


私はその捨て台詞と共に、実家を後にした。

その後、連絡さえもしていない。

だが、ウイルスが落ちついている事をキッカケにして、今年こそは帰ろう。


――父や母は許してくれるだろうか?

--今も両親は元気にしているだろうか?



今年こそは、実家に帰ろうと思っていた。

そんな矢先の事だった。


12月11日、深夜――。

私はケータイのベルの音で目を覚ます。

慌てて上半身を起こすと電話に出る。


「もしもし」


「もしもし、真由美なの?」


受話器の向こうから聞こえてくる声は、母の敦子の声だ。その声がふるえているのがわかる。


「こんな時間に、どうしたの?お母さん」


なるべく冷静に聞いた。


「お父さんが……お父さんが……」


母はそう繰り返している。


「お父さんがどうしたの?」


「お願い!今すぐ帰ってきて!」


「分かった。すぐ帰るよ」


私はすぐに着替えるとタクシーを飛ばして、実家へと向かった。

父に一体何があったのだろう?


窓の外の景色が、移り変わっていく。

あぁ、懐かしい風景が見える。そしてあのボロイ実家が目にうつり、だんだんと近づいてくる。


私は玄関のドアを開けた。


「お母さん、ただいま」



私が実家に到着するまでにかかった時間は、四時間程度だった。

私の顔を見るなり、母は泣き出してしまったが、母はしばらくして、私を呼んだ理由をようやく話し出す。


「真由美、こんな時間に呼び出してごめんね。大変だったでしょ?」


「そんな事ないよ。お父さんがどうしたの?」


「お父さんがさっき倒れたの」


「倒れたって何で?」


「医者が言うには、脳梗塞で手術が必要だって……」


母はまた泣き出した。 


「早く行かないと……お父さんの病院に行こう!」


タクシーを呼び、無理矢理、母を連れ出した。

病院へと向かうタクシーの中で、母の体を抱き抱えているといつの間にか母の肩が、小さくなっている事に気づいた。


「お母さん、あの時は……ごめんね」


「何言ってるんだい。もう終わった事だよ」


母はそう言って優しく笑った。

その笑顔は、子供の頃から見ていた笑顔、そのものだった。



病院では、脳梗塞で倒れた父の緊急手術が行われている。

ナースステーションで手術の行われている部屋を聞き、私と母はその部屋の前で待つ事にした。


――大丈夫。父はきっと生きて帰ってくる。


私はそう信じていたし、きっと母もそう信じているはずだった。


「お父さんがもし、このまま帰らない人になってしまったら――?」


母は万が一の時を口走った。


そうはならない事を祈ってはいるが、この状況ではどうしても万が一を考えてしまう。


この部屋の前ではなぜか一分一秒が、とてつもなく長く感じる。

目の前の白い壁に飾られた丸い壁がけ時計の針は、とてもゆっくり進んでいるように思えた。


朝方の五時を過ぎた頃、ようやくその部屋から医師が出てくると手術の成功を告げた。


今日は二人で、病院に泊まれる事になった。


「お父さんが目を覚ますまでここにいようね!」


「うん」


母は安堵の表情を浮かべ、まるで子供の様に頷いた。

朝十時を過ぎた頃、父はようやく目を覚ます。


「ま…まゆみ?」


目を覚ました時の父の第一声がそれだった。


「お父さん、ただいま」


私も父の手を握り、母も私の手の上に手を乗せた。


「あなた、もう大丈夫よ!手術は成功したからね」


父は二人の手を軽く握り返す。



手術が成功し、父が目覚めた事で、ホッと胸をなで下ろすと、私は母と実家に帰る。

二人とももう疲れ果てていた。


「なんかお腹すいたね……何か買ってこようか!?」


「そうね。じゃ頼もうかしら?」


疲れ果てた声で母が言った。


「カップ麺みたいなものでいい?」


「うん。今日は軽く済まそう。じゃー私は赤いきつね買ってきて!」


「分かった」


こうして疲れ切った母の為に赤いきつねを買うべく、私はスーパーへと向かったのだった。


相当疲れていた様で、赤いきつねを買って帰ると、母は横になっていて声をかけるとすぐに起き上がってきた。


「今日は疲れたね!お母さん、お疲れ様」


「真由美、帰ってきてくれてありがとう」


「お母さん、あの時はごめんね……」


私は再び、謝罪の言葉を述べる。


「そんなのはもういいんだよ!母さんこそごめんね!」


そんな話をしながら、胸の支えが取れた後の赤いきつねはすごく美味しかった。

こうしてまた母と仲直り出来た事も、父が助かった事も――私にはいくつかの奇跡が重なったように思えた。


「私、実家に帰ってきてもいいかなぁ?」


「いいのかい?帰って来てくれるなら、帰ってきておくれ!」


そんな話をしながら、母と二人で眠りについた。

ゆっくりと疲れを取るために――。



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