肆話:なきり外泊 其の捌
ー捌ー
「ーーてことで僕らの予想は当たってたみたいだ。あの木は夜中の内に藁人形を刺されている事がよくあるらしい。あのクワガタの怪異は御神木に打ち込まれた恨み辛みが形を成したものなんだろうな」
歩きながら
【
「恐ろしいもんだね、信仰の場ですら【怪異】が湧く事もあるなんて。あ、そういえば
「んー……サプライズも終わっちゃったし、そろそろ表立って二人と行動するのも有りだね。どうしよっかなぁ。折角
隣でわざとらしく悩む素振りを見せる
一日経った今も彼の性格が理解出来ていない。
何を考えているのか、彼の横顔は常に鉄の仮面を付けているかのようだ。
「あ」
突然
「どうしたの、はるま?」
「
「ん?俺に何の用だい?」
深刻そうな顔した
「夜更け、君は比喩表現として『火が無い所に煙は立たぬ』、『打たぬ鐘は鳴らぬを』を挙げていたが、それだと非常に不十分だ。どうせなら『蒔かぬ種は生えぬ』も加えた方が、より表現例として適切だよ。他には『春植えざれば秋実らず』、『物無ければ影ささず』もありだな」
……くっだらねぇー。
ひじょーにくっだらねぇー。
そんな真剣に言う事じゃないだろ。
実は
そう最近思うばかりだ。
いくら私だって呆れるぞ、流石に。
「なるほど……うん、参考になったよ。そうだよね、二つ例に挙げるぐらいなら、もうちょっと付け足した方が適切だったね。至らぬ点の指摘、ありがとう!!」
いや違うから。
そこ頷くとこじゃないから。
私みたいに呆れるのが普通の反応だから。
……あれ?
もしかして私の方がおかしいのかな?
「そうだ!もし良かったらさ、使いやすい格言とか教えてよ!!」
「お、
へー、ただカッコつけたがりたかっただけなんだー。
いや、思ってた通りダサいなー。
にしてもおかしいなー。
また私だけ置いてけぼりにされてるなー。
あー、悲しいなー。
私は心の中すら棒読みに成りつつ、男子達の理解不能なノリを眺めていた。
あぁ、日差しだけ温かいよ、まったく。
なお、この後駅まで延々と二人の変わり映えの無い故事会議が行われたので、以下略。
「じゃあ僕はこの辺で。歩いて帰った方が早いからね。残念だなぁ、もっと
「繰り広げなくて結構です」
「あ、もしかして
「なるほどな、そういうことか。遠慮しなくたっていいんだぞ」
「何処をどう解釈したらその結論に至るのか、今すぐ簡潔にご説明していただきたいね」
二人の止まらない会話に呆れながら歩いている内に、私達は【
そう、【
「こらこら、
「とは言ったって私人間だし……
「ふふ、だからただの傍観の結果だってば」
「ちなみに
「ああ、それはね……
「スットープッ!!それ以上は激おこプンプン丸だよ!!」
「みこと、それ時代遅れだろ」
「あはは、こないだ
ぐぬぬぅ、恥ずかしい。
読心術ってそんな詳しい事まで分かるもんなんだなぁ。
恐ろしや、恐ろしや。
その上、私が
……あれれぇ、なんかおっかしいぞぉ?
「
「だって見てたから」
「いつから見てたの?」
「最初から最後まで」
「……なら助けろよ」
この際、傍観あれこれについて問い詰めはしない。
あの時傍観してたなら助けてくれたっていいじゃんかぁ。
歪んでる【怪異】と直で戦うの初めてだったんだよ?
「それってさ、僕らの事試してたんだろ?どの程度戦えるのかをさ」
「
いつからクイズ番組になったのさ。
まぁ、言ってる事も分からなくは無い。
私達の実力を図るっていうのも一つの手ではあったろうし。
ふと、私は
私と同期だというのに、あの時、夜の境内で見せた実力は段違いであった。
一瞬にして全ての【怪異】を縊り付け、一瞬にしてそれらを絞め消した、その手付き。
彼は確実に戦闘慣れしている。
幼い頃から実践を行う、
この疑問を
まだ、早い。
その上【霊能者】としての彼と知り合ったのは今日の朝方だ。
どうせこれから長い付き合いになるのだ。
機会を見て問いかければいいのだ。
もっと、お互いを知ってから。
「じゃ、いい加減帰るね。また明日!!」
「うん、放課後は調査だから忘れないでね!」
「分かってる、分かってる」
私達は
一応返事はしたものの、私の脳内は未だ隣の彼から離れ切れていなかった。
「さて、俺らもさっさと帰ろうか。ほら!もう電車着きそうだよ!」
「……うん、そうだね」
人の群れを搔い潜りながら、私達は改札へと向かう。
来た時とは逆の方向に遡って……。
人混みを搔き分け、改札を潜り、ようやくホームへと辿り着く。
たった数分でありながらも、長い長い道のりを歩いてきた気がする。
頭上の掲示板には『次は
「まだ時間あるみたいだね」
「そうだね……会話でもして時間潰そっか」
とはいっても、私はまだ緊張して自分から話し出せないでいた。
此間までは普通に話せていたというのに、深夜のあの一件以降まともに二人きりでの会話が出来ていない。
だって気まずいじゃん。
なんとなーく厳しい雰囲気じゃん。
今まで仲良くしてきた相手が一方的に私の事をアレコレ知っているだなんて。
考えるだけで少し肌が逆立つのを感じる。
「
「どうって何が?」
そうこうしていると、
私から言い出すよりも断然楽だ。
「【霊能者】になってそう思った?」
「う〜ん……強いて言うなら楽しい、かな。今まで関わりを持たなかった人……正確には関わるなんて知る由もなかった人や【怪異】を知って、お互いを理解し合って、【縁】を結んでいく……それが新しくて新鮮で、ただただ楽しいかなって」
「……後悔は無い?」
「ふふっ、何その質問。まぁ、後悔は特に無いかな。だって……」
あの時、私には。
あの日の私達には。
「……
「……そっか。それなら良かった」
「……
「……そうだね。きっとこれからも……いつまでも……この生命が果てるときまで……俺は後悔し続けるだろうね」
不自然な間を空けて続く会話。
私には彼が何を思っているかは相変わらず分からない。
しかし、きっと今、
彼の口調、纏う雰囲気、そしていつもどおりの微笑みの下に見え隠れする悲しみ。
私と同じ、過去を悔いる表情だった。
縁側にて、
あの時はそんな事無いって、私の事を彼が分かるはずが無いって思ったけど、それは間違いだったのだろう。
彼も、
大いなる絶望の底を体験しているのだろう。
だから彼と私は似ているのだろう。
その内側が。
ようやくだけど、少し、私は縊齋の事を理解出来た、そんな感じがした。
まぁ、私の傲慢かもしれないけど。
『まもなく〜、
軽快な音色のメロディーと共にアナウンスが流れる。
そしてその直後に電車が到着した。
今まで線路の先に見えていた反対ホームは一瞬にしてその姿を隠す。
「思ってたより時間過ぎるのって早いもんだね。さて、ささっと乗ってーー」
「あー、ごめん。俺、こっちじゃ無いんだ」
「え?」
「別の車両なんだよ。どうせ同じ構内だからさ、最後まで
「……そうなんだ。じゃあ、私はもう行くね。
私が目の前の入り口に一歩足を踏み入れた時、背中に軽い衝撃を感じた。
そう、まるで人がぶつかってきたからのような……。
そして流れるようにして二つの手が私を包み込む。
背中越しに感じる微かな温もり、首元に触れる誰かの息。
えとー、これって……。
「
「気にしないで、すぐ離すから」
「気にするよ!!突然抱きつかれたら驚かない人なんていないよ!!昨日の事、覚えてるよね?
「本当に困り事は無い?」
「……それだけなの?」
「うん。それに答えてくれるだけでいいよ」
私の鼓動と意思が揺らめく。
あの時は【霊能者】仲間じゃないから黙っていたけど、今は状況が違う。
完全に信用している訳では無いが、ほとんどの確率で
なら、話してもいいのか?
私は一瞬全部打ち明けていまいそうな、そんな感覚に陥ったが、出かけた言葉を喉の当たりで食い止めた。
……結局は
言った所で理解するフリをされるだけ。
何の解決にもならない。
それならば、私で我慢していたほうがいい。
一人の思い出にした方が良いに決まってる。
「ううん、何の困り事も無いよ。急がないと電車、出発しちゃうよ。だから離して、ね?」
「……そっか。君の意思は理解したよ。それが君の選択なら、俺はそれを受け止めるよ。じゃあ、また明日、
そう言って、
その勢いのまま私は車内に吸い込まれ……背後で扉が閉まる音を聞いた。
暫し私は呆然とし、はっと自意識を取り戻す。
多くの混乱があったが、それよりも一つ気になった事がある。
今、
振り返って、扉のガラス越しに過ぎ行くホームに目をやる。
しかし、何処にも
きっと、もう別の車両に乗り込んでしまったのだろう。
未だに私の鼓動は早まったままだ。
もしかして私は……。
一瞬、ほんの少しだけ、そんな事を考えてしまったが、そんな事無いを自己否定。
あの何処で聞いたかも覚えていない占いに惑わされているだけなのだ。
突然抱きつかれたから動揺してしまっただけなのだ、と。
ようやく落ち着きを取り戻し、私は空いていた座席に座る。
あーあ、どうしよ。
次、
私の困り事はそっち方面へとスライドしていった。
車窓に映る外の風景が流れていくのと同じようにして。
小一時間掛け、私は【
にしても
一番近くが
【霊力】を纏えば歩きでも然程時間は掛からないのだが、此処は一般的な住宅街。
下手な【霊能】使用は控えなくてはならない。
「あら、早かったのね。おかえりなさい」
「あぁ、はい。ただいまです」
私は階段前で掃き掃除をしていた
このお泊り会の間、部屋の様子見や
ほんとにいつも、感謝してもしきれない。
「今回もありがとうございます。それでその……様子、どうでした?」
「元気にしてたわよ、
「部屋の外には……」
「いいえ、相変わらず出てこないわね。よっぽど
「そう……ですよね……」
進展は無し。
そして、私も。
いつまでも引きずっている。
昔も今も、これからもずっと。
私は後悔に後悔を重ねて、悔やみに悔やんで、ずるずると、延々と……。
断ち切りたくても、私にはその悔いをどうしようもできない。
いや、抱え続けなくてはならない。
「じゃあ、そろそろ帰ります。
嫌な現実から逃れる口実を言うようにして、私は足早にその場を去ろうとする。
ある程度離れた所で
「困った事があったら言っておくれよ。私に出来る限りの事なら、何でもするからね」
私は返答もせずに玄関の扉を開ける。
他人には分かるはず無い。
特に一般人ーー
表向きで言われている事実と真実は別物だから。
所詮心の中なんて、その本人ですら分からないものなのだから。
「……ただいま」
ぽつりと呟くようにして放った言葉すら、この閑静な玄関で響き渡る……そんな気がした。
私は習慣的に靴を脱ぎ、踵を揃え、洗面所へと向かう。
廊下の奥の扉の前には、空っぽになった食器が置かれているのが確認出来る。
私は一日ぶりに鏡の前に立つ。
小窓からの日光が薄暗い空間に光と影を生み出す。
鏡の向こうには私が居る。
何一つ変わるはずの無い、反射した私自身の分身。
ふと、鏡の私に違和感を覚えた。
これもいつもの事だ。
何処も変わりないのに、感じる奇妙な感覚。
まるで私の心を見透かすような、そんな冷たい視線。
《貴方は……誰?》
そんな幻聴が聞こえた気がして、私は蛇口を捻り、顔に冷水を掛ける。
何度も、何度も、何度も。
私自身に何かを言い聞かせるようにして。
私は顔を上げる。
そこには濡れただけの私の顔。
良かった……私は私だ。
今日も……私は私なんだ。
何故だかどっと安堵の気持ちが押し寄せる。
やっぱ、いいや。
我慢してて、いいや。
押し留めて、いいや。
抱え込んで、いいや。
思い込んでるのが、一番いいや。
私は肩の力が抜けたようにして洗面所を後にする。
一瞬廊下の扉が僅かに開いていた気がした。
けど、きっと、気のせいだ。
そう思い込む事にする。
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