肆話:なきり外泊 其の捌

ー捌ー


「ーーてことで僕らの予想は当たってたみたいだ。あの木は夜中の内に藁人形を刺されている事がよくあるらしい。あのクワガタの怪異は御神木に打ち込まれた恨み辛みが形を成したものなんだろうな」

 歩きながら幽真はるまが情報の補足をする。

凪切なきり日吉ひえ神社】から歩いて数分、私達は帰路についていた。

 「恐ろしいもんだね、信仰の場ですら【怪異】が湧く事もあるなんて。あ、そういえば縊齋いつきはこれからどうするの?」

「んー……サプライズも終わっちゃったし、そろそろ表立って二人と行動するのも有りだね。どうしよっかなぁ。折角更輔こうすけさんにも協力してもらったのに、こんな呆気なくバラしちゃったなんて、どう言い訳するべきか……」

 隣でわざとらしく悩む素振りを見せる縊齋いつき

一日経った今も彼の性格が理解出来ていない。

何を考えているのか、彼の横顔は常に鉄の仮面を付けているかのようだ。

「あ」

 突然幽真はるまが立ち止まる。

 「どうしたの、はるま?」

縊齋いつき、君に言いたい事があったんだった」

「ん?俺に何の用だい?」

 深刻そうな顔した幽真はるまは、少しの間を空けて言葉を発した。

「夜更け、君は比喩表現として『火が無い所に煙は立たぬ』、『打たぬ鐘は鳴らぬを』を挙げていたが、それだと非常に不十分だ。どうせなら『蒔かぬ種は生えぬ』も加えた方が、より表現例として適切だよ。他には『春植えざれば秋実らず』、『物無ければ影ささず』もありだな」

 ……くっだらねぇー。

ひじょーにくっだらねぇー。

そんな真剣に言う事じゃないだろ。

幽真はるま、お前はそんなに格言を言いたいのか?

実は幽真はるまは『妖怪ことわざ男』なんじゃないか?

そう最近思うばかりだ。

いくら私だって呆れるぞ、流石に。

「なるほど……うん、参考になったよ。そうだよね、二つ例に挙げるぐらいなら、もうちょっと付け足した方が適切だったね。至らぬ点の指摘、ありがとう!!」

 いや違うから。

そこ頷くとこじゃないから。

私みたいに呆れるのが普通の反応だから。

……あれ?

もしかして私の方がおかしいのかな?

「そうだ!もし良かったらさ、使いやすい格言とか教えてよ!!」

「お、縊齋いつきも興味があるのか!やっぱ、誰だってカッコつけたくなるよね!!いいだろう、僕が手先から指先まできっちり教えこんであげるよ!!」

 へー、ただカッコつけたがりたかっただけなんだー。

幽真はるまって、思ったよりダサいなー。

いや、思ってた通りダサいなー。

にしてもおかしいなー。

また私だけ置いてけぼりにされてるなー。

あー、悲しいなー。

 私は心の中すら棒読みに成りつつ、男子達の理解不能なノリを眺めていた。

あぁ、日差しだけ温かいよ、まったく。

なお、この後駅まで延々と二人の変わり映えの無い故事会議が行われたので、以下略。


「じゃあ僕はこの辺で。歩いて帰った方が早いからね。残念だなぁ、もっと縊齋いつきと格言トークを繰り広げたかったんだけどなぁ」

 「繰り広げなくて結構です」

「あ、もしかして九院坂くいんざかさんも加わりたかったの?」

「なるほどな、そういうことか。遠慮しなくたっていいんだぞ」

 「何処をどう解釈したらその結論に至るのか、今すぐ簡潔にご説明していただきたいね」

 二人の止まらない会話に呆れながら歩いている内に、私達は【師走もろばしり駅】に到着していた。

幽真はるま霜降しもふり師走もろばしりの中間あたりに祖父母の家があるそうなので、此処からは歩いて帰るらしい。

そう、【凪切なきり日吉ひえ神社】の敷地に並ぶぐらいの面積を誇るという豪邸が。

「こらこら、九院坂くいんざかさん。嫉妬した所で何も良い事は無いよ。【怪異】はそういった感情を喰らいたいんだから、起伏はなるべく抑えなきゃ」

 「とは言ったって私人間だし……縊齋いつき、また心読んだな?」

「ふふ、だからただの傍観の結果だってば」

「ちなみには何に嫉妬してたんだ?」

「ああ、それはね……門廻せと君のーー」

 「スットープッ!!それ以上は激おこプンプン丸だよ!!」

「みこと、それ時代遅れだろ」

「あはは、こないだ二宮にのみやさんに散々言ってたのにね」

 ぐぬぬぅ、恥ずかしい。

読心術ってそんな詳しい事まで分かるもんなんだなぁ。

恐ろしや、恐ろしや。

その上、私が二宮にのみやさんに言った事をまんま返されるなんて。

……あれれぇ、なんかおっかしいぞぉ?

 「縊齋いつき、なんで二宮さんとの会話を知ってるの?」

「だって見てたから」

 「いつから見てたの?」

「最初から最後まで」

 「……なら助けろよ」

 この際、傍観あれこれについて問い詰めはしない。

あの時傍観してたなら助けてくれたっていいじゃんかぁ。

歪んでる【怪異】と直で戦うの初めてだったんだよ?

幽真はるまが対処してくれたから良かったけど、下手したら相当の被害になってたかもしれないんだから!!

「それってさ、僕らの事試してたんだろ?どの程度戦えるのかをさ」

門廻せと君、大正解!!九院坂くいんざかさんはもうちょっと落ち着いて考えた方がいいね。もし何か危険があるのなら、その時点で俺、助けに入ってたしね」

 いつからクイズ番組になったのさ。

まぁ、言ってる事も分からなくは無い。

私達の実力を図るっていうのも一つの手ではあったろうし。

 ふと、私は縊齋いつきの強さについて疑問を抱いた。

私と同期だというのに、あの時、夜の境内で見せた実力は段違いであった。

一瞬にして全ての【怪異】を縊り付け、一瞬にしてそれらを絞め消した、その手付き。

彼は確実に戦闘慣れしている。

幼い頃から実践を行う、の出身なのだろうか。

 この疑問を縊齋いつきに投げ掛けようとした私だったが、喉の手前あたりでその言葉を食い止めた。

まだ、早い。

縊齋いつきと知り合ってたった数日。

その上【霊能者】としての彼と知り合ったのは今日の朝方だ。

幽真はるまとして、基本的にいきなり距離を詰め過ぎるのは得策では無い。

どうせこれから長い付き合いになるのだ。

機会を見て問いかければいいのだ。

もっと、お互いを知ってから。

「じゃ、いい加減帰るね。また明日!!」

 「うん、放課後は調査だから忘れないでね!」

「分かってる、分かってる」

 私達は幽真はるまを見送る。

一応返事はしたものの、私の脳内は未だ隣の彼から離れ切れていなかった。

「さて、俺らもさっさと帰ろうか。ほら!もう電車着きそうだよ!」

 「……うん、そうだね」

人の群れを搔い潜りながら、私達は改札へと向かう。

来た時とは逆の方向に遡って……。

人混みを搔き分け、改札を潜り、ようやくホームへと辿り着く。

たった数分でありながらも、長い長い道のりを歩いてきた気がする。

頭上の掲示板には『次は早苗さなえ行き』の表示がされている。

 「まだ時間あるみたいだね」

「そうだね……会話でもして時間潰そっか」

 とはいっても、私はまだ緊張して自分から話し出せないでいた。

此間までは普通に話せていたというのに、深夜のあの一件以降まともに二人きりでの会話が出来ていない。

だって気まずいじゃん。

なんとなーく厳しい雰囲気じゃん。

今まで仲良くしてきた相手が一方的に私の事をアレコレ知っているだなんて。

考えるだけで少し肌が逆立つのを感じる。

九院坂くいんざかさんはさ、どうなの?」

 「どうって何が?」

 そうこうしていると、縊齋いつきの方から話の話題を提供してくれた。

私から言い出すよりも断然楽だ。

「【霊能者】になってそう思った?」

 「う〜ん……強いて言うなら楽しい、かな。今まで関わりを持たなかった人……正確には関わるなんて知る由もなかった人や【怪異】を知って、お互いを理解し合って、【縁】を結んでいく……それが新しくて新鮮で、ただただ楽しいかなって」

「……後悔は無い?」

 「ふふっ、何その質問。まぁ、後悔は特に無いかな。だって……」

 あの時、私には。

あの日の私達には。

「……も、から」

 「……そっか。それなら良かった」

「……縊齋いつきは後悔してるの?」

 「……そうだね。きっとこれからも……いつまでも……この生命が果てるときまで……俺は後悔し続けるだろうね」

 不自然な間を空けて続く会話。

私には彼が何を思っているかは相変わらず分からない。

しかし、きっと今、縊齋いつきは深い後悔の思い出に浸っているのだろう。

彼の口調、纏う雰囲気、そしていつもどおりの微笑みの下に見え隠れする悲しみ。

私と同じ、過去を悔いる表情だった。

 縁側にて、縊齋いつきは私と彼が似ている等と口にした。

あの時はそんな事無いって、私の事を彼が分かるはずが無いって思ったけど、それは間違いだったのだろう。

彼も、縊齋いつきも私と同じ辛い何かを抱えて生きている。

大いなる絶望の底を体験しているのだろう。

だから彼と私は似ているのだろう。

その内側が。

 ようやくだけど、少し、私は縊齋の事を理解出来た、そんな感じがした。

まぁ、私の傲慢かもしれないけど。

『まもなく〜、早苗さなえ行きの車両が〜、到着致しま〜す〜。黄色い線の内側まで〜、お下がりくださるよう、お願い致しま〜す〜』

 軽快な音色のメロディーと共にアナウンスが流れる。

そしてその直後に電車が到着した。

今まで線路の先に見えていた反対ホームは一瞬にしてその姿を隠す。

 「思ってたより時間過ぎるのって早いもんだね。さて、ささっと乗ってーー」

「あー、ごめん。俺、こっちじゃ無いんだ」

 「え?」

「別の車両なんだよ。どうせ同じ構内だからさ、最後まで九院坂くいんざかさんと会話したいなぁって思って黙ってたんだけど」

 「……そうなんだ。じゃあ、私はもう行くね。縊齋いつきも早めに行った方が良いよ。バイバーー」

 私が目の前の入り口に一歩足を踏み入れた時、背中に軽い衝撃を感じた。

そう、まるで人がぶつかってきたからのような……。

そして流れるようにして二つの手が私を包み込む。

背中越しに感じる微かな温もり、首元に触れる誰かの息。

えとー、これって……。

 「縊齋いつき!?何してるの!!?」

「気にしないで、すぐ離すから」

 「気にするよ!!突然抱きつかれたら驚かない人なんていないよ!!昨日の事、覚えてるよね?がセイギ……まさよし君にハグした事を!公共の場でこんな事するのは流石に……いや公共の場じゃなくたってーー」

「本当に困り事は無い?」

 「……それだけなの?」

「うん。それに答えてくれるだけでいいよ」

 私の鼓動と意思が揺らめく。

あの時は【霊能者】仲間じゃないから黙っていたけど、今は状況が違う。

完全に信用している訳では無いが、ほとんどの確率で縊齋いつきは仲間……それも同期に当たるはずなのだ。

なら、話してもいいのか?

 私は一瞬全部打ち明けていまいそうな、そんな感覚に陥ったが、出かけた言葉を喉の当たりで食い止めた。

……結局は縊齋いつきも赤の他人なんだ。

言った所で理解するフリをされるだけ。

何の解決にもならない。

それならば、私で我慢していたほうがいい。

一人の思い出にした方が良いに決まってる。

 「ううん、何の困り事も無いよ。急がないと電車、出発しちゃうよ。だから離して、ね?」

「……そっか。君の意思は理解したよ。それが君の選択なら、俺はそれを受け止めるよ。じゃあ、また明日、。無理はしないでね」

 そう言って、縊齋いつきは私の背中を押し出した。

その勢いのまま私は車内に吸い込まれ……背後で扉が閉まる音を聞いた。

 暫し私は呆然とし、はっと自意識を取り戻す。

多くの混乱があったが、それよりも一つ気になった事がある。

今、縊齋いつきは私をなんて呼んだ?

 振り返って、扉のガラス越しに過ぎ行くホームに目をやる。

しかし、何処にも縊齋いつきの姿は無かった。

きっと、もう別の車両に乗り込んでしまったのだろう。

 未だに私の鼓動は早まったままだ。

もしかして私は……。

一瞬、ほんの少しだけ、そんな事を考えてしまったが、そんな事無いを自己否定。

あの何処で聞いたかも覚えていない占いに惑わされているだけなのだ。

突然抱きつかれたから動揺してしまっただけなのだ、と。

 ようやく落ち着きを取り戻し、私は空いていた座席に座る。

あーあ、どうしよ。

次、縊齋いつきと会う時、どんな顔すりゃいいんだ、私は。

私の困り事はそっち方面へとスライドしていった。

車窓に映る外の風景が流れていくのと同じようにして。


 小一時間掛け、私は【門火かどび荘】に帰還した。

にしても盂蘭盆うらぼんに駅が無いというのは中々に困るものだ。

一番近くが早苗さなえ駅の為、そこから歩く必要がある。

【霊力】を纏えば歩きでも然程時間は掛からないのだが、此処は一般的な住宅街。

下手な【霊能】使用は控えなくてはならない。

「あら、早かったのね。おかえりなさい」

 「あぁ、はい。ただいまです」

 私は階段前で掃き掃除をしていた門火かどびさんと挨拶を交わす。

このお泊り会の間、部屋の様子見やの食事の準備等は門火かどびさんにやってもらっていた。

ほんとにいつも、感謝してもしきれない。

 「今回もありがとうございます。それでその……様子、どうでした?」

「元気にしてたわよ、

 「部屋の外には……」

「いいえ、相変わらず出てこないわね。よっぽどがトラウマになってるんじゃないかしら」

 「そう……ですよね……」

 進展は無し。

は未だに変わらないままだ。

そして、私も。

いつまでも引きずっている。

昔も今も、これからもずっと。

私は後悔に後悔を重ねて、悔やみに悔やんで、ずるずると、延々と……。

断ち切りたくても、私にはその悔いをどうしようもできない。

いや、抱え続けなくてはならない。

 「じゃあ、そろそろ帰ります。の様子を見たいので」

 嫌な現実から逃れる口実を言うようにして、私は足早にその場を去ろうとする。

ある程度離れた所で門火かどびさんから一言声が掛かる。

「困った事があったら言っておくれよ。私に出来る限りの事なら、何でもするからね」

 私は返答もせずに玄関の扉を開ける。

他人には分かるはず無い。

特に一般人ーー門火かどびさんのような赤の他人には。

表向きで言われている事実と真実は別物だから。

所詮心の中なんて、その本人ですら分からないものなのだから。

 「……ただいま」

 ぽつりと呟くようにして放った言葉すら、この閑静な玄関で響き渡る……そんな気がした。

私は習慣的に靴を脱ぎ、踵を揃え、洗面所へと向かう。

廊下の奥の扉の前には、空っぽになった食器が置かれているのが確認出来る。

 私は一日ぶりに鏡の前に立つ。

小窓からの日光が薄暗い空間に光と影を生み出す。

鏡の向こうには私が居る。

何一つ変わるはずの無い、反射した私自身の分身。

ふと、鏡の私に違和感を覚えた。

これもいつもの事だ。

何処も変わりないのに、感じる奇妙な感覚。

まるで私の心を見透かすような、そんな冷たい視線。

《貴方は……誰?》

 そんな幻聴が聞こえた気がして、私は蛇口を捻り、顔に冷水を掛ける。

何度も、何度も、何度も。

私自身に何かを言い聞かせるようにして。

 私は顔を上げる。

そこには濡れただけの私の顔。

良かった……私は私だ。

今日も……私は私なんだ。

 何故だかどっと安堵の気持ちが押し寄せる。

やっぱ、いいや。

我慢してて、いいや。

押し留めて、いいや。

抱え込んで、いいや。

思い込んでるのが、一番いいや。

 私は肩の力が抜けたようにして洗面所を後にする。

一瞬廊下の扉が僅かに開いていた気がした。

けど、きっと、気のせいだ。

そう思い込む事にする。

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