Toshidensetu Kitan/としでんせつきたん

影城 みゆき

都祠電説忌譚

廻逅宿縁~春夢の如き暁に逢う~

壱話:廻りはじめ 其の壱

あの子は階段を駆け下りた。

 《縛られる事無き……自由……》

先に広がるのは砂利の河辺と紅く染まった河。

地に刺さった風車の大群は音を立てて廻っていた。

あの子は河の手前で向かい岸を見つめていた。

……何が見えるわけでもないというのに。 

 《その目は……なのか?》                  

蜩の声がその姿をより切なく引き立てた。          

暫くしてあの子は此方に振り向いた。          

笑顔で階段の前へやって来た。          

いつ持ったのか、手には風車が一つ。 

 《廻る……巡る……》         

あの子は何かを言ったのだろう。          

しかし、その声は突然の突風に掻き消された。          

風車の廻転だけが早くなっただけだった。         

……そもそも自分に聞く権利などないのだろう。

 《歪む……繋がる……》       

後に残ったせせらぎがしみじみと内側に広がる。         

あの子はもう決意しているのだ、運命を受け入れたのだ。          

ふと、風が止んだ。          

あらゆる音がその瞬間で無くなった。  

 《鎖……絶つ事出来ず……》        

廻ることを止めた風車を手に、あの子は河へ向かう。        

手を伸ばすことも、引き止めることもできなかった。          

風車を地へと返した後、最後にあの子は振り返った。          

そして変わらずの笑顔で、あの子は……。

 《【運命】は受け入れねばならない》

 《永遠とわに》

          

ー壱ー


「……にい……そろ起き……よ、にぃちゃん!」

 遠くから聞こえるその呼び声が、僕を現実へと呼び戻した。

今の今まで寝てしまっていたようだ。

 寝ぼけた調子であたりを見渡す。

見えるのは前後に向かい合ったたくさんの椅子とそこに座る人々、四角い窓に映る風景は素早く移り変わり続けている。

 ……あぁ思い出した、ここ新幹線の中だ。

そんな当たり前の事を思い返していると、正面から声がかかる。

「にいちゃん、大丈夫か?記憶は確かか?此処どこか分かるか?あたし達のこと覚えているか?黒歴史は何だ?」

 マシンガンを乱射するかの如く激しい質問の雨である。

質問者は僕の正面に座っていた。

問いかけをしてきたのはポニーテールの少女、その隣にはもう一人、長髪の少女が窓の外を見るようにして座っている。

当然二人のことは覚えている、忘れるはずがない。

 《【忌み】の意味……【ゆかり】ある地……》

 何かの言葉が頭に響く。

寝ぼけているのだろう、そう考えて質問の回答をする。

 「当然覚えてるさ。此処は東北新幹線の車内で磐戸いわと市の師走もろばしり駅に向かっている。で、お前が上の妹の優麗ゆうれで、隣が下の妹のはらい。そして僕の黒歴史は……って寝てたの利用して黒歴史暴こうとすんなよ!」

「……ちっ、ばれちまったか」

 「舌打ち聞こえてるぞ。行儀悪いからやめとけな」

「なんかさぞ自分のほーが偉いように語ってるけどさぁ、にぃちゃんはあたしが起こさなかったら、ずぅっと一人ぼっちで電車に揺られることになってたんだぜ。ほら感謝せい」

 「その節はまことにありがとうございます、旅の見知らぬおなご様」

「なんで古風の物言いなのさ。そもそもあたしのこと知ってるじゃんか。なんならさっき妹って言ったよねぇ?」

 いつもどおり優麗ゆうれとの突然のコントが始まる。

先程から会話に参加していない暗もちらちら此方の様子を伺っている。

あの子はいつも僕らのパッションを楽しんでいる。

ここは兄としてもっと場を盛り上げていかなければ!

 「誠に残念ながら兄を置き去りにする想定をしている上に一人ぼっちを平然と強調してくる、冷酷で残忍ですぐかっとなって暴力を振るうような妹なんか僕は知りませんが?」

「しれっと付け足すな!!怒るぞ?殴るぞ?蹴飛ばすぞ??」

 「それが立証してると思うがな。……まぁ、これ以上パッションするのは止めておこう」

「ふぅん、にいちゃんにしちゃ今日は潔いね。どうかしたん?」

 「周りの迷惑になるからな……もう手遅れだけど」

 この僕の言葉が勝利の決め手となった。

優麗ゆうれははっとして周りを見渡す。

そう、僕らの激しいコントを他の乗客が冷たい目で見ていたのである。

 流石の優麗ゆうれも堪えたのか、顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。

はらいはその横でくすくすと笑いが堪えられない様子だ。

……作戦大成功、一人尊い犠牲が出たものの、妹の可愛らしい笑顔と笑い声を聞くことができた。

画面の前の皆は、公共の場で騒がないように。


『次はぁ師走ぅ、師走ぅ……御降りの方はぁ御忘れ物にぃ御注意下さぁい』

 束の間の沈黙はそんな車内放送で破られた。

もう少しで目的地に到着するようだ。

窓の外も立春の山々の間からちらほらと人工的な建物が覗くようになっている。

「にしてもにぃに、さっきはどんな夢見てたの?」

 はらいがそう口を開いた。

 「んー……覚えてないな。長い夢を見てた気はするけど……なんで夢見てるって思ったの?」

 《長い、長い物語……【縁】は結び、絡み合う……》

 再び頭の中に言葉が響く。

詩のフレーズが残っているのだろうか?

「にぃにが寝言言ってたからだよ。変な感じだったから気になったの」

きょとんとした表情が我が妹ながら可愛らしい、百点満点。

 「僕、どんな寝言をしてた?」

「確かねぇ……『空から恐怖の大王が降りてくる』とか『星が燃え、三つの太陽が現れ、犬が夜通し吠える』だとか言ってたような……」

 「へぇ、そいつはまた一段と不思議な寝言だな……って誰がミシェル・ノストラダム師だよ!1999もユリウス・カエサルの暗殺ももう過ぎた話だよ!!」

「ふふ、ほんと、にぃにのりあくしょんは、ははは、面白くて、わ、笑いが、ふへへ、止まんないよ、ひひ」

 この通り、はらいは笑い上戸である。

この笑顔を見たいがために、一体どれほどボケツッコミを学んだことやら。

……まぁ、その割にはたいして面白く無いことしか言えないんだけども。

そんなものでもこの子は笑顔を見せてくれるから何も問題はない。

「ちなみにガイウス・ユリウス・カエサルは紀元前44年3月15日にローマのトッレ・アンジェンティーナ広場で暗殺されたんだよ」

 「へぇ、そうなのか。やっぱはらいは歴史に詳しいな」

「伝承とか歴史とかは知れば知るほど面白いからね。ちなみに、今回披露した知識ははらいにとって序の序なのです!はらいは凄いでしょう?」

 えっへん、そんな擬音が聞こえそうな程に誇らしげな表情をしている。

 「……愛おしい」

「にぃに、なんか言った?」

 「あぁ、独り言だから気にしなくていいよ」

「そっか……ちなみにだけどさ、にぃには予言信じないの?」

 「まーな。そりゃすべてが嘘とかは言わないけどさ、ノストラダムスの大予言みたいな外れもあるしなぁ」

「捉え違いって可能性は?」

 「え?どういうことだ?」

「今伝わってる予言が本来のものからズレちゃってるみたいな……歴史だってそうだよね」

 確かに言っていることは一理がある。

どんな出来事や伝承も時間が経ち、人から人へ受け継がれる中で内容が変化していく。

予言も昔のものであるから、本来のものとズレていても不思議ではない。

「だからはらいは今後予言の内容が現実になると思うのです!」

 「必ず起こる確証はないけどね」

「そりゃそうかもだけど、オカルトは信じなきゃ始まらないよ!」

 信じなきゃ始まらない、それは僕でも分かる。

何事も信じるところから始まるのである。

 このような日常的(?)な会話を繰り広げる中、窓から師走もろばしり地区の様子が見え始めた。

「もう着いちゃうのかぁ。もっとにぃにと会話してたかったなぁ」

 「いつでも話すことはできるぞ?」

「だって電車での会話とか議論とか特別感あって楽しいもん。それにさ、にぃには駅着いたら街探索言っちゃうから……はらい、拗ねちゃうよ!」

 「そうだね……お爺さんの家に僕が帰ってから語り合うってことで許してくれないかな?街探索で見つけたものとかもその時教えてあげるよ」

「……わかった。楽しみに待ってるね!ほら、ゆーねぇもいつまでも項垂れてないで準備して!!じぃじが待ってるよ!!」

 二人はとても仲が良い。

お互いのことをゆーねぇ、あんちゃんといつもあだ名で呼び合っているほどだ。

「うぃうぃ……分かったから、あんちゃん、揺さぶるの、やめて……うぐぅ!やばい……吐きそう……」

「ゆーねぇ、大丈夫?」

 「気分悪いならなんで下向き続けたんだよ。窓でも見てたら良かっただろうに」

「だって……恥ずかしかったんだもん」

 その一言に僕らは声を出して笑い始めてしまった。

優麗ゆうれ本人も照れ隠しに笑いに加わる。

周りが注目など関係なく、僕たちは、門廻幽真せとはるまはそのひとときを精一杯楽しんだ。

 《【縁】からは……逃れられない……》

 意味深な言葉が浮かび上がるが、僕がそれを掴み上げる事は無かった。


 僕らが改札を出ると、彩吉あやよしのおじさんが出迎えてくれた。

おじさんは僕らの父親の兄で、色黒の肌にぼさぼさに乱れた短髪、着ている服はタンクトップという目立つ姿のため一目で分かった。

「んぬぬ?彩吉あやよしが迎えなのか。じいちゃんは来てないの?」

 「優麗ゆうれ、おじさんを呼び捨てにするの止めろ。失礼だろ」

「いいべいいべ、そんれぐれぇ気にすん事ねぇべさ。お父は家で待っとるだぁよ」

「まじかぁぁぁ!!小遣い貰って駅前で買い物しようと思ったのにぃ……彩吉、代わりに払ってくんない?」

 「はぁ、お前いい加減に……」

「お小遣いなら持ってきとるでよ。ほうら」

 彩吉あやよしのおじさんはそう言って優麗ゆうれに5万円を手渡した。

「ご、5万!!!マジで!!彩吉神かよ!!まじで感謝、尊敬、崇拝!!御礼に将来金持ちなったら神社建てて祀るわ!!!」

 ……何を言っているのだろうか、この女は。

彩吉あやよしのおじさんは優麗ゆうれの歓喜?の言葉を受け流し、会話を続ける。

「にしても3人ども大きくなっだなぁ。幽真はるまは高校一年生、優麗ゆうれは中学三年生、はらいちゃんは……何年生になるんだい?」

 僕は今年で16歳になる。

今回の引っ越しは僕が磐戸いわと市の【神奈ヶ山かんながやま公立専門科高等学校】に通うことが主な原因だ。

優麗も同じ進路を考えていたことから家族総出の引っ越しが決まった。

他にも細かい原因があるのだが、説明を入れる必要はないだろう。

僕らは今日から霜降しもふりの住宅街にある祖父母の家に住むことになっている。

両親は仕事があるのでまだこちらには来ていない。

「………………」

 おじさんの問いかけに対してはらいは答えない。

なんならおじさんと会ってからずっと、僕の後ろでおじさんのことを睨んでいた。

「あー……気ぃ悪ぐさせちまっだかい?」

 おじさんもはらいの険悪な様子に戸惑っている。

はらいの機嫌を損ねたくないが為に僕が何も言えないでいると、優麗ゆうれが口を開いた。

「アンちゃんは極度の人見知りなんだ。彩吉と前に会ったことなんて幼い頃すぎて記憶にないんだと思うぜ。だからあまり気にすんなよ。そのうち警戒溶けるから」

 「ちなみにはらいは今年で小学五年生になります」

「まぁそれならしがだねなぁ!ゆっくり馴染んでげばいいさ!!なぁ、はらいちゃん!!」

「………………」

 「……もう行きましょうか」

 不穏な雰囲気が続くことに耐えられず、僕はそう発言する。

その他三人も同じ感情を抱いていたらしく、僕らはようやく改札前を離れることとなった。

 結局今日もはらいに注意をすることができなかった。

本来兄としてはらいを叱るべきなのだろうが、どうしても怒ることができない。

これが親馬鹿ならぬ『兄馬鹿』というのだろう。

 それに、僕は引っ越しではらいに辛い思いをさせてしまったと後悔している節がある。

これまでの友達との繋がりを断ってはらいは引っ越しをする必要が本当にあったのだろうか、今でもそう考えるときがある。

しかし、この子は此処に来る必要があったのだ。

これははらいのためである、僕はそう強く思い込む。

駅中の賑やかな空気が柔らかく僕の心を落ち着かせてくれた。

 

 そしておじさんの車に着くまでになんと二時間以上を費やすこととなった。

理由は優麗ゆうれが駅中での買い物に夢中になって、はらいを連れ回して、その挙げ句に迷子となったからだ。

探していた僕もいつの間にかおじさんと離れてしまい、全員が合流した時には既に時刻は午後一時であった。

「おー、これが彩吉あやよしの車か。……なんかボロくね?」

 「こら優麗ゆうれ、ボロいは失礼だろ。古びた車の方が表現としては綺麗だぞ」

「いんやぁ、両方失礼ではあるけどなぁ……ほうら、乗れ乗れ。お父が待ってるだよ」

「うぃうぃ〜。んじゃあたしは後ろ貰うぜ!」

 そう言って優麗ゆうれは車に乗り込んだ……やたら膨らんだ荷物を抱えて。

「……よろしくおねがいします」

 大分慣れてきたのか、はらいはおじさんに軽く会釈してから後部座席に乗り込んだ。

「んならば、幽真はるまはおらの隣で……」

 「あ、僕は気にしないでいって下さい。これから住む街ですし、少し探索してからお祖父様の家に向かうことにしますから」

「んぬぅ、そう言われどもおらは迎えとして来とるわけでなぁ……道は覚えとるかい?」

 「これでも昔は此処に住んでたんですから」

 おじさんは少し考え込むようにした後、街歩きを許可してくれた。

これで僕も状況を知ることが出来る。

役目を全うするには下見も大切なはずだ。

「にぃちゃんと暫く会えないのか。あぁ、至極残念だ。今日はじいちゃん家着いたらにぃちゃんにベンチプレスかまそうと思ってたんだが……。なるべく早く帰ってきてくれよな!!」

 「全く楽しみじゃないんですが。そんな目に合うぐらいなら野宿した方がましだ」

「はははは、安心しなよにぃちゃん、冗談さ。ただのアメリカンジョーク(?)だよ。するにしても大外刈程度だぜ」

 そうじゃない、僕がかけられる技に問題があるんじゃない。

そもそもベンチプレスと大外刈って競技が違うだろうに。

いつもであれば上記のようにツッコミを入れるところだが、そうするとコントが長引くのでこれ以上の発言を控えることにした。

『触れぬ口に祟りなし』ということだ。

「……にぃに、約束覚えてるよね」

 はらいが僕に問いかける。

此方を見つめるその目が愛おしい。

 「もちろん覚えてるよ」

「じゃあ、探索での話もしてね。はらい、楽しみにしてるよ」

 はらいの発言に彩吉あやよしのおじさんと優麗ゆうれが首を傾げた。

その様子に僕とはらいは笑いを堪えつつ、僕は無言の返事を返した。

優麗ゆうれにも知られてはならない、はらいとの秘密なのだから。

 おじさんの古びた車が発進する。

窓から手を振るはらいに僕も手を振り返した。

 車が見えなくなってから、僕はリュックの中身を再確認する。

探しものは変わらず入っていた。

これがなくては始まらない。

僕に課せられた使は。

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