小人植物
部活が長引いてしまったその日、私は一人で薄暗い道を歩いていた。
学校からそれほど遠くはない私の家はバスや電車で帰った方が遠くなるほど中途半端な場所にある。
こんなことを思っても仕方ないが、もう少し近くか、遠くてもいいからバスや電車で帰れる場所に住んでほしかった。
それか、自転車が欲しい。これは切実に。
学校を出てから二十分、ようやく自分の住む家が見えてきた頃、近所のゴミステーションに二十歳ほどの若い男がいるのが見えた。
こんな時間に誰だ? と内心首を傾げながら足を止める。
男は回りを見渡していながらも、私に気づいていないようで、私はこの頃、犯罪も増えてきているし、もし悪戯だったら通報してやろうと思いながら男を見つめた。
しかし、私が思っていたような事はなく、男は白いゴミ袋をゴミステーションに捨てるとそそくさとその場から離れていった。
何だったのだろうと再度、首を傾げる。
考えたところで男の行動の意図がわかるわけでもないが、気になるのは確かだ。
私は男が去っていた方を見て男が戻って来ないことを確認してから、白いゴミ袋が捨てられたゴミステーションに近寄った。
ゴミ袋は十五~十七cmくらいの小さな袋だった。
コンビニの名前が書いてあるのを見つけ、何だ、本当にただのゴミかと思いながらも、男があれほど回りの目を気にしていたのがどうしても引っ掛かった。
中身がただのゴミなら、あれほど焦ったように回りを見るだろうか。
疑問が頭の中でぐるぐる回って、私はその場から動けなくなっていた。
その間もゴミ袋から目を反らすことはできなくて、しばらくゴミ袋をぼーっと見ていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。
体が強張ったのは当然だと思う。
さっきの男が戻ってきた確率は少ないと考えながらじゃあ、誰だ? と冷静に考え始める自分。
警察?
いや、それはないか。
警察署が近くにないのはよく知ってる。
では、誰だ? もしかして不審者?
頭の中で肩を叩いた人に対しての予想が浮かんでは消えてく。
ゴミステーションの近くには街灯があるから、後ろを振り返っても顔が見れないわけではない。
けれど、知らない人の顔を見ることもある意味怖いわけで。
どうしよう、と一人焦っていると後ろにいた人が再度肩を叩いてきた。
勇を鼓して後ろを振り返ってみると、そこにいたのは同じクラスの小鳥空 歩(ことりぞら ありき)君だった。
知り合いだったことに安堵したのか体から力が抜けて座り込んでしまう。
そんな私の様子に吃驚したように目を見開いてから、小鳥空君は私と目線をあわせるかのように屈んでくれた。
「悪い。驚かせた?」
焦りながら何度も謝ってくれる小鳥空君に迷惑をかけているとわかっているけど私は首を横に振ることしかできなかった。
だって、怖かったのだから仕方ない。
「驚かして悪かった」
小鳥空君がそう言いながら頭を優しく撫でてくれて、やっと少し冷静になってきた。
そして、今の自分の姿を思いだし、恥ずかしくなってくる。
「ごめんね? もう大丈夫だから」
そっと、彼の手を自分の頭から退けてもらい、笑って言う。
彼はまだ心配そうに、私を見ていたが何も言うつもりは無いようで、ただ頷いただけだった。
その様子を見ながらふと、どうして彼がここにいるのか疑問に思ってしまう。
ここら辺に彼の住む家があるなんて聞いたことが無かったから、そう思ってしまったのだ。
「そう言えば、小鳥空君はどうしてここにいるの?」
つい、疑問に思ったことを尋ねてしまう。
小鳥空君は私の質問に対して曖昧に笑ってから、誤魔化すように
「とりあえず、立った方がいいと思うよ」
私の手をとって立たせてくれた。
その行動に「ありがとう」と言いながら、確かに座ったままじゃあ私も小鳥空君も変な人に見えるよね、と素直に思った。
私が立ち上がって彼と視線を合わせると、彼はさっきと同じ曖昧な笑みのまま私の質問に答えた。
「……で、ここにいる理由だけど……それをとりに来たんだ」
す、とゴミステーションの方を指差すまでの小鳥空君の動作を眺めながら小さく呟く。
「それ?」
私の呟く声が聞こえたらしく、小鳥空君も小さく呟くような声音で返事を返してきた。
「うん、あれだよ」
その言葉を聞きながら、彼が指差した方向をたどってみる。
彼がそれやあれと言ったのは先ほど私が見ていたゴミ袋だった。
これが彼の物なら、どうしてここに捨てられたのだろうか? と思いながら私は首を傾げる。
私の疑問に気づいたのか小鳥空君は困ったように笑った。
「兄さんがね、気味悪がって勝手に捨てようとしたんだ。だから、取り戻しに」
小鳥空君は私からゆっくりと離れて、ゴミ袋に近づき、それを拾い上げた。
かさり、と聞きなれた袋の音が響く。
「良かった。潰されてはないかって心配したけど、無事みたいだ」
潰す? 何か壊れやすい物なのだろうか。
さっきまで、消えていた興味がふつふつと込み上げてくる。
「ね? 小鳥空君、それは何が入っているの?」
我慢することができなくて私は小鳥空君に聞いてしまった。
小鳥空君は、私の問いかけに少し躊躇った後、袋の中に手を入れそれを取り出して私に見せてくれた。
男の人の手なのに、女の人のような綺麗な手のひらに何かがいた。
外灯があると言っても夜中なので、最初よく見えなくて、もぞもぞと動く影から小動物か少し大きめの虫等なのかと思ったが、よく目を凝らして見てみるとそれは人間の姿をしていた。
「……こ、びと……?」
その手のひらに収まる小さな人間を見ながら、昔よく読んでいた童話を思い出した。
冷静に考えることができているのは現実味が無さすぎているせいだろうか、と自己分析をしてみる。
そんな私の心なんて知らずに小鳥空君は私が呟いた言葉に返事をする。
「小人……ではないよ? 詳しくは知らないんだけどそんな可愛いものじゃ、なかった気がする。叔父から育ててくれって頼まれ時に説明して貰ったけど、よく覚えてないんだよね」
その言葉に私は首を傾げてしまった。
小鳥空君の手のひらの上で動いている小さな人間は、どこからどう見ても人にしか見えない。
だけど、小鳥空君はそれを人ではないと言う。
では、いったい何なのだろうか。
ああ、全くわからない。
そんな私の疑問が伝わったのか、それとも態度に出てしまっていただけなのか
小鳥空君が猫の首を掴むような動作で小人をつまんでから説明をしてくれる。
「あー……覚えてることだけ言うとね、確かこれ、一応植物なんだって。ファンタジーの小説……て言うよりオカルト? まあ、そんな感じの読んでたらマンドラゴン……マンドラゴラだっけ? まあ、そう言う風な名前の人の形した植物出てくるだろ? それと小人をイメージして可愛く作ったのがこれなんだって。勿論、悲鳴で人が死んだりとかは無いらしいよ」
内容がファンタジーすぎて頭が機能を停止しそうになる。
「……はぁ」
気の抜けたような返事をしてしまったのは仕方ない気がする。
夢の中の話みたいな、現実味の全くない話をされているんだから。
「やっぱり信じれないよね、こんなこと」
自分もいまだに半信半疑だし、と言いながら小人を手のひらの上に戻して笑う小鳥空君。
そんな笑顔で言われても、と思いながらも彼の言葉は嘘じゃないなと納得している自分がいた。
彼の笑顔の裏に戸惑いを見つけたから。
「捨てようって思わなかったの?」
お兄さんみたいに、とはあえて言わず聞いたが多分、彼には分かるだろう。
気づかないくらい鈍そうには思えないし。
そう考えながら彼の答えを待っていたが、私の問いかけに彼は黙ってしまった。
ちりん、ちりんとベルを鳴らしながら自転車が横を通りすぎて行く。
彼に会って話している間に薄暗いから暗いに変わった周りの景色。
今日は満月らしく、月が淡い光でこちらを照らしていた。
小鳥空君が口を開いたのは私が問いかけた一、二分後くらいだった。
「……捨てようとは思ったことはある。と、言うか捨てようと思わない人がいたら吃驚だよ。全く分からないものを育てるんだよ?」
彼は小人を指でつつきながら言う。
それは確かに正論の様な気がするが、彼の本音だとは思えなかった。
どうしてか理由を説明しろと言われても答えれないが、どこか違和感があったのだ。
自分の勘でしかない、そのことを彼に言う気はなかった。
彼は私のそんな思考なんて知らず、小人をつついている。
小人はその行為に対して、何も反応せずにぼー、とどこかを眺めていた。
その様子を見ているとどうしてか、その小人のことを可哀想に思ってしまった。
何故だか、わからなかったけど。
小人の存在を知った夜。
自分の世界がどこか歪んだのを確かに感じた始まりの日。
それが良かったのか、悪かったのか誰も知らない。
けど、きっとその出会いは運命だったんだ。
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