ふわっとした短編
音琴 鈴鳴
コレクション
「おはよう、穴熊くん」
「もう夜だよ、知恩」
「今起きたんだから、おはようで間違ってないさ」
知恩はそう言いながらクスクスと笑った。
少し明るめのウルフカットの髪が揺れる。
穴熊はそれを横目で見やり、手に持っていた本に視線を戻した。
時計は既に午後九時半を指している。
「今日のご飯は何?」
「カレーだよ。あんたの彼女が作ってた」
「へえ……」
知恩は嬉しそうな顔をしたが、すぐに首を傾げた。
「寿福、皆の分も作ったんだ? 珍しいね。いつもなら自分のだけ作るのに」
「……今日は機嫌がよかったんじゃない?」
知恩は不思議そうな顔をしながらもキッチンに向かった。
それから蓋を開ける前にもう一度振り返り、穴熊に話しをふる。
「そういえば、この部屋にはテレビがないんだよ」
「知ってるよ、そんなこと」
「暇じゃない?」
「別に」
知恩はふーんと言いながらキッチンに入り、コンロの上に置いてあった鍋の蓋を開けた。
途端に広がるスパイスの香りに思わず頬が緩む。
温め直すためにコンロのスイッチを入れようとして、手を止めた。
鍋の中にあるカレーを温めるより早い方法に気が付いたからだ。
白米の上にルーをかけてから電子レンジに入れる。チンッと軽い音が響いた。
「流石、寿福だね。美味しそうだ」
カレーライスの入った皿を持った知恩が戻ってきた。
テーブルに置かれたそれを見て、穴熊は眉を顰める。
「人前で食べるのなら、普通に食べてね」
「でも、あれがあってこそだと思うんだけどな」
「死体を食う奴の常識を語られても」
「じゃあ、穴熊くんも死体、食べてみる?」
知恩はスプーンを手に取り、一口分のそれを掬い上げて穴熊の方に差し出した。
「これには、まだ何もいれてないさ」
穴熊は少し考えてから、それを口に含んで咀しゃくする。
程よい辛さと旨味が舌の上で溶けていく。
「どうせ寿福の料理も食べてなかったんだろ? また、ほろ苦コーヒー食パンかい?」
「……食べてるだけマシだろ?」
「それもそっか」
知恩はまたクスクスと笑った。
穴熊はそれが気に入らなかったようで、不愉快だと言わんばかりに睨みつける。
しかし、彼は気にも留めずにカレーに手をつけ始めた。
「うん! やっぱり寿福の作るものは最高だ!」
満面の笑顔を浮かべながら言う彼に、穴熊は何も返さなかった。
「そういえば寿福、今日はどこに行ったの?」
「知らない。多分、恋人と一緒に部屋にいるんじゃないかな。夕方くらいまで帰ってこなかったし」
ところどころ崩しを入れて立体的にすれば可愛いのだと言って、お団子ヘアを作っていた彼女を思い出しながら、穴熊は興味なさげに答える。
知恩はカレーを食べる手を止め、穴熊を見た。
「俺の部屋には来てなかったよ?」
「だろうね。恋人って言っても容姿に釣られた馬鹿だよ。多分、今頃は彼女に殺されてるんじゃない?」
「流石、俺の最高な彼女だね。俺の為にご飯を取りに行ってくれてたんだ」
知恩は納得したように呟きながら、再び食事を再開した。
ぐちゃぐちゃと音を立てて掻き回しているお皿の中は穴熊から見れば汚い。
視界に入らない様、わざと本を少し上に持ち上げる。
彼の食べ方は、やはり好きになれない。
しばらく無言のまま時間が過ぎていき、最後の一口を食べたところで知恩は立ち上がった。
「ごちそうさまでした。じゃあ、寿福のとこ行ってくるね」
食器を流しに置きながらそう言い残すと、リビングから出ていった。
一人残された穴熊はゆっくりと立ち上がり、部屋の隅に置かれている棚へと向かう。
ガラス張りの棚にミディアムボブの少年がうつった。
彼は気にせず、棚を開ける。
そこには大小様々な箱が並んでいる。
その中から比較的小さなものを選び出し、中身を確認した。
中に入っていたのは人の腕や足などのパーツだった。
穴熊はそれを持ち上げると、じっと見つめる。
「本当、悪趣味」
小さく吐き捨てるようにそう口にすると、ゴミ袋の中に放り込んだ。
ごとんっと重い音が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます