UDON/ウドゥーン・最後の晩餐

ふぃふてぃ

最後の晩餐

 宇宙の最果てより求む。誰でも構わない。誰か此処に湯を届けて欲しい……。


          ○


 宇宙船レッドフォックスが巨大彗星に着陸して早幾千といかずも三日くらいは経とうとしていた。破壊衝動に駆られたように地球へと走る超大型彗星。その軌道を逸らすために用意されたNeutral Network《ニュートラル ネットワーク》搭載型地雷モグラ、通称「N2地下爆雷」を搭載した宇宙船レッドフォックスは、まさに私の目の前で目下作業中である。


 これには特殊戦術作戦部作戦局第一課所属二佐、魅惑のダークブロンドヘア御坂みさか先輩も「N2爆雷を使うのぉ〜!」と唸った。それ程に強力なのである。人工知能の意のままに彗星の中心地を高速ツインドリルで潜り、高精度ジャイロセンサーおよびGPS、その他諸々の訳の分からぬごちゃごちゃした機械によって「ヨシっ今だ!」というタイミングで知らせてくれる仕掛けである。あとはスイッチを押せば反応弾が爆発し彗星は木端微塵となった挙句、カケラは大気圏で燃え尽き流星となりて、地上の乙女達に「わぁ綺麗な流れ星よ」と指を指される手筈である。しかしながら人類の粋をあれもこれもと搭載満載なのにもかかわらず、「最後は人の手で」というのは如何なものか、せめて遠隔操作くらいは可能ではないのか。


 ――機械を信じきれない人類の儚さよ……そして、私の命の儚さよ。


「まぁ、良いじゃないか、レッドフォックス。地球を見ながら最後の晩餐と洒落込もう、それに死ぬ訳じゃない。脱出用ポットもあるわけだしな」

「そうだな。久しぶりのマトモな食事だな」


 そう言って、私の運命共同体は緑のパッケージのSOBAを取り出す。私も赤いパッケージのUDONをしげしげと見つめた。それはかつて栄えた日本という国家が作り出した今の技術では到底作る事の出来ないロストテクノロジー。現代になって貴族の古墳から掘り起こされた……その名は「どん兵衛」。古代東洋人の無骨なまでの粋なネーミングセンスを感じる。そして、この器の神秘的な形状である。下方にいくにしたがって湾曲する流線美と実用的な持ちやすさ。


「形状記憶合金か?」

「いや、その筋の考古学者が言うには、バイオマスECOカップというらしい」

「本当に耐えられるのだな」

「あぁ、百度の熱湯にも耐えうるとの事だ」|


 固形栄養素レーション以外が食せる時代が来るとはな。早く食べてみたいものだ。


 ――湯が沸く時間が惜しい。


「本当に湯を注ぐだけでUDON が食えるとは」

「ユーラシアで見つかった特級遺物だからな。湯戻し五分で食えるそうだ」

「嘘だろ!あのUDON がか。古来の資料では茹でるだけでも五分は超えるハズだぞ」

「あぁ……未知の領域だな」


 私達の着陸した巨大隕石はゆっくりと自転をしながらクルクルと私達の視点を変える。時より蒼き地球が顔を出す。


「まさか本当に地球を見ながらUDONが食えるとはな」

「あぁ、俺のはSOBAだけどな」


         〇


「さて、湯が沸いたな」と立ち上がる運命共同体。待ちに待ったUDONとの御対面である。パッケージを包み込む透明なフィルムに四苦八苦していると……突如、警報が鳴り出した。


「なんだ。何が起こった」と私は慌てふためいた。サイレンは大きく穴の空いた地層から、にょきにょきと伸びる棒の先端に付くスピーカーから溢れ出していた。


「ニューラルネットワークより入電……目的深層到達、これより爆破作業を行う……だと!」

「湯が沸いたというのにか……五分も待てないと言うのか!」

「そんなことより、早く!脱出ポットに」

「いや……待てよ。俺らが爆破スイッチを押さなきゃいいんじゃね」「確かに」


 運命共同体の声を聞いた瞬間だった。凄まじい爆音とともに地響き。彗星は水蒸気を吐き出しながら瓦解を始め、私は宇宙服に身を包んだまま宇宙空間に投げ出された。右手に持つは林檎型通信機器。左手にはをしっかりと握りしめて。


         〇


 如法暗夜の宇宙空間を彷徨うこと五日と15時間。生命維持装置の限界が近い。林檎型通信機の電波はゼロ。様々な煩悩が渦巻くなか、左手に握るUDONが気がかりでならない。全ての欲望、死の恐怖をも薙ぎ払うほどの白き麺への渇望。


 ――俺は、これを食わずに死ぬのか……いや、まだ死ぬわけにはない!


 暗雲低迷の宇宙回遊の果て私は一つの好機を手に入れることに成功する。流れ着いた場所は古代からの宇宙船が浮かぶ空間だった。


「此処はサルガッソ宇宙海域ではないか!」


 船の墓場と言われる此処ならば航行とまではいかないものの通信機器、もしくは備蓄食料を備えた宇宙船があるやも知れない。それゆり「湯を沸かす事が出来るか」こそが現時点の最重要課題である。

 私は林檎型通信機の明かりを頼りに比較的新しい製造番号の宇宙船に見切りをつけた。


 船内は薄暗い。しかし、発光塗料のおかげか視界は確保できた。緑色塗料を辿り赤色塗料を辿り、遂に私は古代宇宙船の心臓部に到達する。


「炭化ハフニウムとホウ化ジルコニウム積層のセラミック時代の物か……これなら、まだエネルギー供給基盤が生きてるハズ……イケる!」バチリとレバーを上げると周囲が明るくなってゆく。「湯だ。先ずは湯を沸かすぞ」赫々たる船内を私は走り回った。


 血眼に探し……そして、私は見つけだした。考え出したと言ってもいい。実験施設のような一区画で私は天然由来のガスで火を起こし、給水タンクの水をフラスコに入れて温めた。燥ぐ、燥いでしまう。沸々と沸き立つボイルドウォーター……この際の沸騰石は無用だ。沸騰こそ注ぎ入れる、そう、好機なのだから。


 紅に染め上げられた蓋を半分ほど外す。無論、手順は折り込み済みだ。宇宙空間を彷徨いながら何度も脳内シュミレーションを行った。そのまま食ってしまおうかと何度考えた事か……それも今では栄光の架け橋。湯を注ぎ入れる。唾を呑む。林檎型通信機でタイマーを掛ける。五分が惜しい。芳醇な匂いが船内に立ち込めていた。宇宙に飛ばされて六日が経過していた。生命維持装置も限界を迎えていた。


 タイマーが鳴り響くとともにパッケージを勢いよく開けた。宇宙服のフルフェイスに表示されていた船内酸素濃度の数値が上昇と共に赤から緑に変わる。意気揚々とフルフェイスを脱ぎ捨てると、更に一層と濃ゆる湯気が鼻腔を擽り胃を鳴らした。活動を停止していた消化器官が一斉に「もう準備万端だよぉ」と言っているようである。

 私は手近にあった棒で絹のようなUDONを掬い上げた。ふわっと広がる芳醇な湯気毎かっ食らう。ツルツル、シコシコと我ながらの語彙力の無さに拍子抜けしつつもコシのある麺に舌鼓を打った。涙が溢れた。魚介と海藻の風味豊かなスープは体の奥底まで染みた。

 宇宙の果てで食す最後の晩餐に相応しい。古代東洋人が生み出した至高のグルメ……UDON。そして、その中でも最も人々に愛されたのがKITSUNE《きつね》だと言われている。そう、この中心に大きく浮かぶOAGE《おあげ》こそが絶対の正義。ツユの染みた油揚げを一噛み甘噛み溢れ出る旨味の汁。この椀の中の全ての旨味を凝縮したと言っても過言ではない。


 ――もう、後悔はない……


      〇


 その後は順風満帆。宇宙船に備えてあった小型衛星を射出し通信は回復。林檎型通信機のコネクトアプリで現状通達。現在、既読待ちである。そして、この宇宙船の備蓄エネルギーはたんまりと、航行は不能でも一年半は優に持つ。もし枯渇するとしたら、宇宙船より私の中のエネルギーが先に枯渇するであろう。とりあえず腹も膨れ、宇宙船が塵の中を回遊する中、私もネットの海を回遊していた。この絵だけを抜き取ったならば、古代の漫喫というものに近いであろう。悠々自適とはいかないものの私はUDONの残り香を堪能しつつ、ネットサーフィンに順次邁進した。


「なん……だと。大手小説サイトの優秀賞がUDONひとケース。前代未聞のロストテクノロジーを12個もだと」


 私は考えた。これまでの経緯を包み隠さず題材にしてしまえば優秀賞は目の前である。問題はこの座標も分からぬボロ船が蠢く宇宙の果てに、未知のロストテクノロジーを誰が届けてくれるか、だ。だが助かる見込みも十分ある。そうと決まれば船内の固形栄養素レーションを掻き集め生き延び書き綴るのみ。現時刻は日付を跨いで十二月。私に残された時間は後二十日しかない。


          ○


「こちら御坂二佐。現時刻を持って、彗星破壊シミュレーションを終了する。レッドフォックス及びグリーンラクーンドッグの搭乗員は速やかに退出し……なお訓練時の映像を見たい者は私の所まで来るように」


 私が誠心誠意で執筆を終えた時、これが巨大隕石に備えたダイバー型仮想空間による訓練であることが判明した……いや、思い出した。ポウンと音が鳴るや視界から宇宙空間は雲散霧消に消え去り、眩い光と共に私の寝ていたカプセルベッドの蓋が開いたのだ。


 ――記憶までもが偽りの世界だったのか


 しかし、原稿内容は頭に生きている。私は「重版出来、重版出来」と喚き散らし投稿に急いだ。


          ○


『この作品は他作と類似する点が多く……より認められません』


 私は林檎型通信デバイスを投げた。


          ○


 二か月後、特殊戦術作戦部作戦局第一課所属二佐、御坂宛に箱にギッチリと詰め込まれたロストテクノロジーが運ばれた。


「先輩、パクッてませんよね」

「私がパクる訳ないでしょ。まぁ、アンタにも一つくらいアゲルわよ。待ってて、お湯を入れてくるわ」


 ……ここで私に再び違和感が襲う。


「あの、先輩。パクッてませんよね?」


 御坂先輩のにはあろう事か絹のように滑らかなUDONの上にお揚げが二枚、気持ちよさそうに浮かんでいる。先輩は「私がパクる訳ないでしょ」と魅惑のブロンドヘアを靡かせ、私はUDONを啜った。

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