ハッピーエンド以外は認めねぇ
イル
テーマ『ゴールデンスランバー』 2013年作
『やられたらやり返す。倍返しだ! 』
間違いなく流行語大賞になるであろうこの言葉、痺れるくらい粋な言葉だ。
社会には様々なしがらみがあり、たとえいわれのない濡れ衣やとばっちりを喰らおうと黙って耐えざるをえない状況などいくらでもあるだろう。そんな抑えられた魂の鬱憤を晴らすような、清々しさが感じられるだろう。
私はこの言葉が好きだ。座右の銘といってもいい。それだけに、この作品の終わり方には納得できない。最後に真犯人を突き止め、自らが無罪であることを白日の下にさらし、元カノと並んで、花火でも見てほしかった。
だが、青柳は顔を変えて、別の人間として生きることを選んだ。私は逃げだと思った。
戦うことを諦め、濡れ衣を脱ぐことを諦め、日の当たらない暮らしに落ち着こうとしたのだと思った。
それならばいっそ、オズワルドのように殺されるべきだ。何故ならそれが、負けた者の終わり方だからだ。ハッピーエンドでないならバットエンド。それが私の持論だ。
ところで、ハッピーエンドとは誰にとってのハッピー、『幸せ』なのだろうか。
大抵は主人公、つまり青柳となるだろう。では、青柳にとって、この終わり方はどうだったのだろうか。当然幸せとは言えないだろう。かといって不幸せとも言えない。やはり中途半端な終わり方である。
では、なぜ、『たいへんよくできました』のハンコを押してもらえたのか。何が、『たいへんよくできました』のか。
それはきっと、生き延びたからだろう。
「どんなにあさましい姿になっても、生きてくれ」
旧友、森田にたくされた命の火を消さなかったこと。それは、真犯人を見つけ出すことに比べれば、普通に当たり前のことで私には、大したことには思えなかった。
ところで、青柳は多くの人に助けられて生き延びることができたが、なぜ、指名手配犯が人に助けてもらうことができたのか。それは、ひとえに人柄なのだろう。
確かに、よくテレビでも、「そんなことをするようには見えませんでした」なんて、言う犯人の知人がいるが、その後も次々とその人が犯人であるという証拠が報道される中でもその人が犯人でないと信じ続けるのは簡単なことではないだろう。そして、その時に判断材料として使われるのが信頼や人柄だろう。
彼らは別に青柳が真犯人を突き止めること望んでいたわけではないだろう。ただ、青柳に生きていて欲しい。たったそれだけのために大統領暗殺者という世間の敵の共犯者になったのだ。ならば、青柳が生きたということは彼らにとって幸せだったのではないだろうか。そしてそれは、青柳にとっても、幸いだったのではないだろうか。
それを裏付けるのは、「痴漢は死ね」の文字を読んだ両親の顔や整形した青柳の手に押された『たいへんよくできました』のハンコであり、それを見れば自ずとわかることだろう。
誰にでもできることではないだろう。運もあったのかもしれない。所詮フィクションだと割り切ることもできる。だが、目指すべきなのは確かだ。まぐれだろうがフィクションだろうが、目標に据えるのは自由でありそれに向かって努力するのは自分なのだ。
なにはともあれ、大団円とまではいかなくとも小団円、十分には達せなくとも七分ぐらいにはハッピーなエンドを迎えたのではないか。
私がこの本を読み終えたのは、中学一年生の頃だ。まだまだ、ガキくさい勧善懲悪を信じていた自分にとって、この結末は決して好ましいものではなかった。しかし今になって読み返してみると、なかなかに綺麗な終わり方であることがわかった。三年もたてば人生観が変わりもするだろう。しかし、月日以上に私たちの人生観を揺るがす出来事が二年前にあっただろう。恐らくあの出来事があったからこうも読んだ印象が違うのだろう。
『命あればこそ』
生きているということは当たり前のようでいて実は奇跡である。だからこの結末は勿論ハッピーエンドだ。
更に月並みなことを言えば、生きているという奇跡に恥じることのない結末を迎えなくてはいけないのではないだろうか。
ただし、敢えて付け足すならば、誰に恥じないようになのかと言えば、それは自分自身であり、誰にとってハッピーエンドなのかといえば、それもまた自分自身なのである。
要するに、自分が後悔しないように全力で生きたなら、それは、間違いなくハッピーエンドであるということだ。
ハッピーエンド以外は認めねぇ イル @ironyjoker
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