第340話 シャトーでの晩餐
遅れてきたオレが席に付くと、それを待ち構えていたように前菜と食前酒のスパークリングワインが運ばれて来た。
隣の席のアリスが、フルートグラスにワインを注いでくれた。
全員のグラスにワインが満たされると、族長のバルテスが立ち上がった。
「僭越ながら、乾杯の音頭を取らせていただきます。
本日は、ご領主のカイト様、市長のアーロン様を始めとする皆さま方を、我がティンバーランドにお迎えできましたこと、たいへん喜ばしく存じます。
また、併せて我が娘アリスをカイト様の会社に採用いただきましたこと、改めてお礼申し上げます。
それでは乾杯させていただきます。
シュテリオンベルグ公爵領並びにエッセン市の更なる発展と、本日ご出席者の皆さま方のご健勝を祈念してカンパーイ!」
バルテスがグラスを掲げると、全員がカンパーイと唱和し、隣や向かいの人とグラスを合わせワインを飲み干した。
「バルテス殿、これはとても旨いワインですなぁ」
アーロンが早速、褒めに掛かった。
確かに美味いワインであるが、こういう時アーロンは、実にさり気なく褒めるのである。
社交辞令なのか本音なのか分からない時もあるが、今日はおそらく後者であろう。
「さすがはアーロン様、このスパークリングワインは、ティンバーランド特産のワイン専用品種で作った『ティンバー・ミラージュ・プレミアム』でございます」
バルテスの話によると『ティンバー・ミラージュ・プレミアム』は年間500本のみ限定生産される高級スパークリングワインで、王都などでも滅多に出回ることがないそうだ。
瓶内2次発酵方式で造られ、ほのかな甘みと程よい飲み応えが絶妙なスパークリングワインである。
「もし宜しければ、お土産に皆様1本ずつお持ち下さい」
「えっ、宜しいんですか?
なんか、催促したみたいで申し訳ありません」
アーロンは嫌味のない笑顔でバルテスに礼を言った。
後で聞いた話だが『ティンバー・ミラージュ・プレミアム』は店頭で買えば、大銀貨1枚(2万円)は下らないそうだ。
最初に運ばれて来たのは、卓上七輪とキノコの盛り合わせであった。
卓上七輪に焼き網をセットし、キノコを炙って焼き立てを食べて貰おうと言う趣向らしい。
アリスと、うさ耳ウェイトレス2人が、付きっきりでキノコを焼いてくれて、ちょうど良い焼き加減のものを各々の皿に乗せてくれた。
キノコの焼けた旨そうな匂いが辺りに漂い食欲をそそる。
「ちょうど、季節でございますから、焼き松茸をご賞味下さい。
振り塩をしておりますが、お好みでレモンをお絞り下さい」
「ま、松茸ですって!」
オレは突然松茸を出されて驚いた。
この世界に松茸があるとは知らなかったが、確かに匂いも味もホンモノだ。
サクラも驚いた様子で、元の世界では滅多にお目に掛かれない松茸の旨さに感動していた。
「カイト様、そんなに珍しいのですか?」
秘書のセレスティーナが、オレの驚きようを不思議がった。
現代日本からの転生者であるオレには、100g1万円もする松茸は滅多に口に入らなかった。
しかし、この世界で松茸は、さほど高級なキノコではないらしい。
「いや、久しぶりだから驚いただけだ」
「宜しければ、松茸もお土産に致しましょうか?」とバルテスが気を遣ってくれた。
「あ、ぜひお願いします」
聞く所では、ティンバーランドには松茸や舞茸が自生する山が幾つもあり、天然物が比較的容易に手に入るそうだ。
続いて登場したのは、エッセン市名物のあの料理『アロイアロイ』だ。
この地方特産のアロー豚と言う黒豚の薄切り肉を、沸騰したダシに数秒間潜らせ、ほんのりピンク色になったところを引き上げ、ゆで野菜を巻くのだ。
それに刻みネギや細く切った生姜、おろしニンニク等の薬味を乗せ、お好みのタレを付けて食べるという料理だ。
その他にもバーニャカウダソースの生野菜サラダ、牛ヒレステーキ、鮎の塩焼き、松茸のチーズリゾット、舞茸と秋鮭のホイル焼き、秋のフルーツ盛り合わせ、3種のフルーツシャーベットなどが供され、オレたちは満腹になった。
「バルテス殿、どの料理もとても美味しくて大満足です。
心からのおもてなし、感謝致します」
「田舎料理ですので、皆さまのお口に合うか心配しておりましたが、カイト様のお言葉を聞き、安堵致しました」
「ところで、今回の訪問は新リゾート候補地視察の一環なのです。
ティンバーランドも候補地の一つに考えておるのですが、如何でしょう」
オレは頃合いを見て本論を切り出した
「そのお話は、アリスに託されたアーロン様からのお手紙で知らせていただきました。
リゾート開発と観光を核に地域振興を行う計画であるとか…」
「その通りです。
エッセン領は、旧領主の謀反や、旧ギルド連合や市立大学での不正で、発展が阻害され、地域経済が閉塞状態にあります」
その状態から脱却し、地域活性化のカンフル剤として、リゾート開発と観光は、有効な手段であると考えます。
ティンバーランドには、ティンバーレイクやパラダイススパ、そして豊かな森と果樹園もあり、リゾートとして十分なポテンシャルを秘めていると感じました。
バルテス殿には、我々の趣旨に賛同いただき、ぜひ協力願いたいと考えております」
「カイト様、とても有り難いご提案ありがとうございます。
私共も、ぜひご協力させていただきたい考えておりますが、1つだけ要望がございます」
「その要望とは、何でしょう」
「はい、リゾート開発や観光で、我がティンバーランド地区、ひいてはエッセン市全体が発展して行くのは、とても望ましいことでございます。
しかし我々一族は、この地で生活しておりますので、観光客が我々の生活圏に入ってくると、生活が脅かされるのではないかと懸念しておる者がおるのです。
出来ますれば、リゾートとして立入可能な範囲を予め決めていただきたく存じます」
「なるほど、それはもっともな要望です。
リゾート開発が本決まりになった時点で、その辺を含めてじっくり話し合い致しましょう」
「カイト様、ありがとうございます。
私どもは、ティンバーランドのリゾート化計画に賛同し、全面的にご協力したいと考えております」
「バルテス殿、私からも要望があるのですが、よろしいですかな…
ぜひ、この『シャトー・ティンバーランド』のようなログ建築で、宿泊施設を建てていただけないでしょうか。
私は、ティンバーランドに建設する建物は、ログ建築であるべきだと思うのです。
景観に配慮する必要もあるし、あの素晴らしい建築技術を存分に披露いただきたいと思うからです」
「なんと…、有り難いことです…
そこまでお考えいただけるとは、このバルテス、感服致しました」
「リゾートの全体設計は、私の要望をアリスに伝えて、バルテス殿が監修していただく共同設計の形を取りたいと考えております」
この地に来るまで、ティンバーランドがこれ程までに豊かで、リゾートに適しているとは思っていなかった。
オレはラビディア族の族長バルテスと、ティンバーランドに於けるリゾート開発について基本合意し、今後は打ち合わせを重ね、詳細を詰めていくこととなった。
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