第339話 ティンバーランドの恵み

 ティンバーランドは、ティンバーレイクと周辺の広大な森から構成される地域の総称である。

 オレたちは、昼食をとった後、ティンバーランドの中を案内してもらった。

 案内人は、族長のバルテスと娘のアリスが努めた。

「まずは、ティンバーレイクをご案内致します」


 ティンバーレイクはティンバーランドの北側にある周囲3kmほどの神秘の湖である。

 ティンバーブルーと呼ばれるエメラルドグリーンからコバルトブルーへと変わるグラデーションが美しい湖で、最深部は10m、平均水深は3mと、湖と言うより沼に近い感じだろうか。

 ティンバーレイクの北岸には、標高1300mのティンバーマウンテンが聳え立ち、この辺りの標高が約700mと高いこともあり、12月中旬から1月下旬くらいまでは雪が降るそうだ。

 既に頂上辺りが冠雪したティンバーマウンテンを背景に、神秘の湖ティンバーレイクを見ると、まるで絵画のような美しさであった。

 因みにティンバーレイクの水源は、ティンバーマウンテンで、豊かな伏流水が湧き出ており、ティンバーランドの森に恩恵を与えているそうだ。


「次は、温泉にご案内致します」

 オレたちが案内されたのは、ティンバーレイクの湖畔にある『ホワイトスパ』と言う白濁した源泉が湧き出る露天風呂であった。

 脱衣所は男女別に別れているが、露天風呂の中は混浴となっているそうだ。

 露天風呂の入り口には、目隠しの仕切りがあるが、湖畔側に行くと仕切りは無く完全に混浴となっている。


「ご領主様、実はこの他にブラックスパ、レッドスパ、グリーンスパ、ブルースパ、イエロースパ、クリアスパと全部で7種類の温泉がございます。

 どの温泉も湯量が豊富で、温泉に入ることが我々一族の楽しみの1つとなっております」とアリスが説明してくれた。


「それは、つまり泉質が違う7種類の温泉があるということでしょうか?」

 アンジェラがオレの聞きたいことを代わりに質問してくれた。


「その通りです。

 7つの温泉の泉質は、このような感じです」

 アリスが手元の温泉成分表を見ながら説明してくれた。

 ①ホワイトスパ  単純硫黄泉(乳白色)

 ②ブラックスパ  モール泉(黒褐色)

 ③レッドスパ   炭酸水素塩泉(赤褐色)

 ④グリーンスパ  硫黄成分を含む硫酸塩泉(透明な緑色)

 ⑤ブルースパ   明礬みょうばん硫黄泉(乳白青色)

 ⑥イエロースパ  ナトリウム・マグネシウム-硫酸塩・塩化物泉(黄色)

 ⑦クリアスパ   アルカリ性単純硫黄泉(無色透明)


「へ~、まるで温泉パラダイスだね」

 とオレが感心して言った。


「ご領主様、良くご存知ですね。

 この温泉の総称は『パラダイス・スパ』と呼ばれております」

 アリスが頷きながら、オレに説明してくれた。


「なるほどね~、誰でも思うことは一緒なんだ」

 『パラダイス・スパ』とは、実にインパクトのあるネーミングだ。


「次は、森をご案内致します」と族長のバルテスがオレたちを先導した。

 バルテスが案内してくれたのは、落葉樹の森の遊歩道であった。

 どこまでも続く平坦な森となだらか丘は、木々の濃い緑と薄い緑、所々に黄色と赤い色が混じり実に美しかった。

 この遊歩道には、春は桜が咲き乱れ、それは見事だそうだ。


 森の中に入ると緑の香りが強く、所謂いわゆる『フィトンチッド』を感じられた。

 ちなみに『フィトンチッド』とは樹木が発散する殺菌力を持つ揮発性物質のことを指し、癒やしや安らぎを与える効果もあるとされる。

 清々すがすがしい森の生気せいきを深呼吸し、『フィトンチッド』を体一杯に吸い込むと、体がリフレッシュしたように感じた。


「もう後1ヶ月ほどで紅葉の時期となります。

 その時期になると、辺り一面が紅葉のグラデーションとなり、それはそれは壮観です。

 また落葉してからは、地面が黄色と赤に埋め尽くされ、辺り一面が落ち葉の絨毯となります」


「ほ~、それはぜひ見てみたいものだ」


「はい、もし宜しければ、またその時期にお越し下さい」


 オレたちが次に案内されたのは、果樹園であった。

 良く手入れされた果樹園では、四季折々の果物が収穫できるそうだ。

 今の時期は、リンゴや梨、葡萄と言った秋の果物の出始めであり、森の奥では様々な種類のキノコが穫れるそうだ。


「うわ~、この葡萄、美味しそうですね~…」

 エミリアが指を咥えて物欲しげに見ていた。


「もし宜しければ、お召し上がり下さい」

 バルテスは、オレたちに大粒の葡萄を一房ずつ取ってくれた。


 その葡萄は巨峰のような大粒の黒葡萄で、食べてみると甘くて程よい酸味があり、とても美味しかった。

「これは実に美味い、この葡萄は何という品種ですか?」


「これはティンバー・ブラックパールと言う品種で、この地方でのみ栽培されている希少品種です」


「ほ~、それは希少な葡萄をありがとうございます」


「少し寒くなってきましたので、そろそろシャトーに戻りましょうか」

 因みにシャトーとは『シャトー・ティンバーランド』の略称で、オレが度肝を抜かれた、巨大なログハウス建造物のことである。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 オレたちが『シャトー・ティンバーランド』に戻ると、アリスが今日宿泊する部屋へ案内してくれた。

「こちらが、ご領主様のお部屋です」


 オレの部屋は、5階にある『プラチナム・スイート』で、特別なお客様のみが宿泊できると言う貴賓室である。

 部屋の広さは150平米もあり、ベッドルームが3部屋、広いリビングダイニングと、その湖畔側にはウッドデッキのオープンテラス、その脇にはサウナとバスタブがあり、ティンバーランドの美しい景色を独り占めできるのだ。


「なんか、この部屋を1人で使うには申し訳ないな」


「私どもに出来ることは、これくらいしかございませんので…」

 バニー・ガールズバーの白バニーとして接してくれた時のアリスは、もっとフランクに話しかけてくれた。

 しかし、今は領主と族長の娘、就職先の会長ボスと新入社員という関係なので、会話が硬くなるのは止むを得ないが、もう少し砕けた話し方でも良いのにとオレは思った。


「アリス、ご領主様と言う呼び方、硬すぎるから、せめてカイト様って呼んでもらえるかな?、みんなそう呼んでるし…」


「畏まりました…、今後はカイト様と呼ばせていただきます」


「アリスのご両親にも、そう呼ぶように伝えておいてくれ」


「分かりました、お伝え致します。

 カイト様…、夕食ですが、

 18時から昼食を召し上がられた同じ場所にご用意致しますので、時間になりましたらお越し下さい」


 夕食まで、1時間ほどあったので、オレはシャトーの中を見て歩くことにした。

 それにしても、こんな巨大なものを短期間でよく作り上げたものだと感心した。

 これを作るには、木材を伐採して乾燥させ、丸太の長さ・太さに切り揃え、ノッチと呼ばれる切込みを入れ、積み上げて行く筈である。

 しかし、こんな高さまで人力で木材を担ぎ上げるのは、到底困難なので何かしらの重機を使ったに相違ない。

 何れにしても、ラビティア族の建築技術は大したものだ。

 中央の六角形の塔屋にしても、20mの高さの耐火レンガで作られた暖炉にしても、彼らの技術水準の高さを感じさせた。


 気が付くと、既に6時近くになっており、オレは急いで食堂へ向かった。

 階段を駆け上がり、席に向かうと既にメンバーが全員揃っていた。


「遅れて申し訳ない」


「カイト様、シャトーの中で迷子になったのかと、みんな心配してましたよ」

 サクラが心配そうな表情でオレを見た。


「いや、シャトーの中を見て歩いてたら、あまりに素晴らしくて時間を忘れてしまったんだよ」

 それを聞いたオレの連れたちは、みんな呆れ顔であった。

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