第237話 睡眠ポーションと結束バンド
その日、ゴラン帝国皇帝ミアゲーテ・ゴラン4世は激怒した。
軍務大臣であるアベノハ・ルーカスの報告が気に食わなかったからだ。
ルーカスが言うには、この侵略戦争の勝利を確実にするため、皇帝の肝入で設立したワイバーン部隊が一瞬にして全滅したと報告したからだ。
「全滅?、ワイバーン部隊が?
30mの巨体だぞ…
それが50体も一遍にだと……
そんな事、有り得るかぁぁぁぁぁ!」
ゴラン皇帝は、血相を変えてルーカスに怒鳴り散らした。
「へ、陛下、そう申されましても……
エルドバラン将軍からの報告にございますれば、間違いないかと存じます」
因みにエルドバラン将軍は、智将として知られるゴラン帝国軍の最高司令官である。
「ば、馬鹿を申すなぁぁぁ~!
どのような攻撃で全滅したと言うのだぁ、も、申してみよ!」
「はぁ、報告によりますと、リーゼンベルグ上空に3隻の飛行船が待機しておりまして…
ワイバーンが一斉に
その後、飛行船から眩い光線と多数の砲弾が打ち出され、それが
恐らく、敵方の『神の御使い』による仕業ではないかと、エルドバラン将軍は申しております」
「か、神の御使いだとぉ…
うぬぅぅぅ~。
おのれぇ~、そやつを殺せ、殺せ殺せ殺せぇ~!」
ミアゲーテ・ゴラン皇帝は、聞き分けの悪い子供のように喚き散らし、怒り狂った。
「ルーカス、エルドバランに命ぜよ!
今すぐ敵に全軍総攻撃を掛けよ、これは勅命であると!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゴラン帝国軍総司令官として連合軍の全権を任されているエルドバラン将軍は、鷹便で届いたゴラン帝国皇帝から勅命を手にして、溜息を付いた。
有能な3人の兄が相次いで急逝し、たまたま生き残ったバカ息子が皇帝の座に付き、状況判断もできないのに、無茶な勅命を下したことを嘆いているのだ。
長い間掛けて準備してきたフォマロート、アプロンティア、ソランスター3王国の侵攻作戦がクライマックスを迎えようとした矢先、先代皇帝ノゾイーテ・ゴラン3世は急逝し、あのバカ息子に代替わりしたのである。
しかし、腐っても皇帝である。
勅命を
ソランスター王国に侵攻したデルファイ軍からは、その後どうなったか音信が途絶えた。
恐らく、鷹便で連絡も取れぬ状況にあると言うことだ。
捕らえられたか、或いは全滅したのか、今は確かめようもない。
敵軍には、考えも及ばない奇策を使う『神の使い』がいると言う専らの噂だ。
油断していると相手の術中に嵌るとエルドバラン将軍は用心していた。
皇帝の勅命もあるし、さてどうしたものか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
遂に決戦の日がきた。
フォマロート王国救国連合軍は、オレの立案した戦術に基づき配置に付いていた。
今回は15万人もの部隊が動く、大きな戦であるが、味方はもちろん、相手にも極力死傷者は出したく無いと考えていた。
その為には相手を戦わずに戦闘不能にする戦術を考えたのだ。
しかし、それは机上の空論であり、実際に戦いが起これば、臨機応変に対応せざるを得ないし、その場合は現場司令官の判断に任せることとなっていた。
王国の一大事と偽って、王都フローリアから借りてきたクジラ型飛行船5隻を遠隔操作で、フォマロート王国の主要地点上空にステルスモードのまま配置した。
各飛行船には、上空から動画を送信するためのビデオカメラと通信装置を搭載し、オレの乗る『空飛ぶイルカ号Ⅱ』でリアルタイムに各地点の状況が把握できるようにした。
また、フォマロート王国救国連合軍の各部隊と即時連絡を取るための通信手段も確保し、上空からの画像を見ながら即時に指示が出せるよう準備した。
因みにこのライブ映像は、リーゼンベルグ司令部、アクアスターリゾートのクラウス国王の部屋、アプロンティアのクリスタリア王宮のレオニウス国王が見ている。
金曜日の午前0時、決戦の火蓋は切って落とされた。
クジラ型飛行船5隻とイルカ型飛行船1隻でフォマロート王国内を飛び、上空から敵兵が多くいる地帯に、トリンが作ったあるポーションの投下を開始した。
その時間、フォマロート王国の王都エルサレーナ王宮には約2000名の見張りが、夜通し寝ずの番をしていた。
彼らは反乱軍の兵士でクーデターの首謀者サルーテ将軍とロズベルグ公爵の部下だ。
巡視の下級将校が部下数名を連れ、王宮正門の城壁にある側防塔へやって来て、眠そうにしている兵に定時報告を求めた。
「そこのお前、状況を報告せよ」
「は、はい、王宮正門、異常ありません!」
「そうか、油断するなよ…
いつ何があるか分からんからな。
貴様ら、絶対に寝てはならんぞ!」
下級将校がそう言った瞬間、足元でガラスが割れる音がした。
見ると、小さなガラス便が、城壁の石畳に当り粉々に砕けていた。
どこから降ってきたのかと、上を見ても夜空には上弦の月が出ているだけで、他には何も見えなかった。
もう一度、足元を見たが砕けたガラス瓶には何も入っていない。
空瓶か?、そう思い瓶の欠片を拾いあげようとした瞬間、猛烈な睡魔が襲った。
抗おうとしても抗えないほどの強烈な睡魔だ。
下級将校とその部下、見張りの兵たち12人は、全員が睡魔に襲われ、その場に倒れ込むと、深い眠りに落ちた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王宮上空をステルスモードのまま低速で飛行し、低空から人が居る場所に一定間隔でガラス瓶を投下していたのは、護衛のステラ、セレスティーナ、アンジェリーナ、それに錬金術師のトリンだ。
トリンは自分が作ったポーションの効果を確かめたいと、無理矢理付いてきたのだ。
「カイト様、ポーションの効果はどうですか?」
トリンがソラリア師の錬金術秘伝書で見つけたのは、周囲の人間に強烈な睡眠を誘発するポーションであった。
瓶の中にある時は液体であるが、瓶が破裂し空気に触れると一瞬で気化し、気体になると言う変わった性質を持つポーションなのだ。
気化したポーションの成分を吸い込むと強烈な睡魔が襲い、10秒以内に眠りに落ちると言う代物だ
オレは『気化睡眠ポーション』と名付けた。
成分を調整して睡眠作用は気化してから約60分で消え、睡眠の持続効果は約6時間に設計してある。
「側防塔の上に落としてみたが、1本だけでも十分効果はあるみたいだよ。
取り敢えず、等間隔で投下し続けてくれ」
他で何本か試してみたが『気化睡眠ポーション』の効果が及ぶ範囲は、風向きにも寄るが半径15mほどであることが分かった。
王宮各所で見張りの任についていた反乱兵は、空から降ってくるガラス瓶が「パリン」と音を立てて破裂するのを見て、辺りを警戒したが何も起きず、直後に猛烈な睡魔が襲い、眠りに落ちるのであった。
作戦開始から、1時間が経過した深夜1時、エルサレーナ王宮にオレが設置した3箇所の『ゲート』が開き、リーゼンベルグから完全武装のフォマロート王国軍正規兵2万4千人が続々と転移し、決められた配置に付いた。
この『ゲート』はオレのスキルアップにより、使えるようになった新型の『ゲート』で、誰でも通れるが、一方通行で後戻りできないのが特徴だ。
フォマロート王国軍正規兵は、『気化睡眠ポーション』で眠っている反乱兵を次々と武装解除した。
そして『結束バンド』で兵の手首を後ろ手に縛り、同様に足首も縛った。
これで逃げることは出来ない。
因みに『結束バンド』とは、某アニメに登場するロックバンドの名称ではなく、配線などを結束するための樹脂製のバンドのことを指す。
バンドの片端に歯状のノッチがついており、これに反対側の端を通して結束するが、一度ロックすると逆には戻らず、緩まない。
結束したら元に戻らないという性質を利用して、拘束具の代用品として利用している。
結束バンドは軽くて大量に持ち運べ、しかも強度があり、道具入らずなので、今回のようなケースには、うってつけなのだ。
後は、反乱兵が目覚めるのを待ち、足首の結束を解き、牢へ歩かせ監禁するのみである。
フォマロート王国軍正規兵と『気化睡眠ポーション』の影響を受けなかった一部の反乱兵との間で戦闘となった。
しかし、深夜の奇襲であり、フォマロート王国軍正規兵は圧倒的な兵数の差も有り、午前3時半過ぎにはエルサレーナ王宮を完全に制圧し、首謀者であるサルーテ将軍とロズベルグ公爵、その他幹部を全員捕縛した。
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