第204話 クーデター(後編)
離陸してすぐにステルスモードに移行したので、誰にも見られることはない。
王都エルサレーナまでは、直線距離にして約400kmである。
この船の最高速度450kmで飛べば、1時間弱で到着することになる。
その間、オレたちは同行者たちと情報交換を行った。
「リアンナ王女、フォマロート王国の軍事力はどれ位ですか?」
「軍事力とは、兵数を指しているのですか?」
「兵の他、騎馬、戦車、砲、銃など含めた全てです」
「私も正確な数は把握しておりませんが、
リアンナ王女が説明したフォマロート王国の軍事力は下記の通りである。
歩兵師団 8000名×3師団 24000名
騎兵師団 5000名×1師団 5000名
国境警備隊 800名×3隊 2400名
魔法部隊 120名×1隊 120名
馬が引くタイプの戦車 50両
大砲 24門
単発銃 500丁
大砲や銃も一応あるが、殆どは昔ながらの
歩兵師団を率いるのは3人の将軍、騎兵師団は1人の将軍である。
その他の部隊は、それぞれの部隊長が独自に率いているという。
その中のサルーテ将軍がクーデターの首謀者である事は分かっているが、他の3人の将軍が敵なのか味方なのか、現時点では不明なのだ。
「総兵数3万強と言ったところですな。
それにロズベルグ公爵の私兵2千名が加わって、敵兵力は最低でも1万。
既に潜入しているゴラン帝国兵を2千名と仮定すると、合計1万2千というところか…」
そう言ったのは、アプロンティア王国軍務大臣のシュトラーゼ伯爵であった。
長い経験から敵の戦力分析は得意分野なのだ。
「他の将軍が敵か味方かに依って、勢力図は大きく変わって来ますな…
仮に1万2千であるとすれば、王都を支配下に置くのは厳しい筈。
しかし、もう1師団が敵方だとすれば、総兵数は2万となりますな。
そうなると、王国軍と反乱軍の数は拮抗する」
外務大臣のライゼン子爵はそう分析した。
「大臣、部隊の構成が違うので、一概には比較できません」
そう言ったのは、王室近衛軍のアムラー少佐であった。
「まあまあまあ、今は仮定の話をしても仕方ないことです。
王国に恭順を示す王国派か反王国派か、早急にハッキリさせる必要があります。
何か切り分けられる上手い方法があれば良いのだが…」
オレはそう言いながら、あることを思い出した。
それは、ジェスティーナが盗賊団に襲われた時、オレの愛車アウリープ号に付いていた『レーダー』である。
あの『レーダー』は、半径4キロ四方の生体反応と構造物を感知し、フロントウィンドウのヘッドアップディスプレイに表示させ、味方は青い点、敵は赤い点で表示される、とても分かり易いシステムなのだ。
アウリープ号は、異空間収納に入れてあるので、取り出せばレーダーは使えるのだが、車なので地上を走らなければならないし、移動速度もせいぜい50kmが限界で現実的でない。
この飛行船にもレーダーが付いていればなぁ…っと、コンソールに並んだスイッチを何気なく見た。
あれ?、あるじゃん…『レーダー』のスイッチ。
オレは、そのスイッチを押してみた。
すると飛行船のコンソール上にある、約60インチの横長で透明なヘッドアップディスプレイにレーダーが表示された。
画面上の所々に青と白い点が見えた。
恐らく、これはこの辺に住む住民や旅人なのだろう。
「伯爵、これは何ですかな?」
オレがスクリーンを凝視して唸っているのを見て、シュトラーゼ伯爵が質問した。
「これはレーダーと言って、生体反応と構築物を感知し、画面上に表示させる便利な装置です」
「ほぉ~、それでは物陰に隠れていても発見できるという訳ですな」
「その通りです。
この装置の凄いところは、敵は赤い点、味方は青い点、敵でも味方でもない場合は白い点で表示されるところです」
「な、何ですとぉ!
飛行船で上空を飛ぶだけで、敵か味方か判別し、しかも陣形まで把握できると言う事ですな」
そのやり取りを聞いていた同乗者達は、一様に驚きの声を上げた。
オレは飛行船のマニュアルを引っ張り出し、その詳細を確認した。
【生体探知レーダー】
◎本機能は、標準装備である自動マッピングシステムの拡張機能である。
◎生体探知レーダーは、飛行ルート上の生体反応を自動的に解析し、操船者の敵対勢力は赤、友好勢力は青、
◎構築物に近づくと内部構造と内部の生体反応の位置を探知する。
◎飛行ルート上の生体反応を自動的に記録し、生体反応勢力マップを出力することが可能。
◎点が密集している地点は、その勢力毎に色の付いた数字でマップ上に表示する。
◎マッピンク対象範囲は、飛行ルート上の幅20kmの範囲である。
◎自動追尾機能があり、ロックオンした追尾対象(同時に最大3人まで)を自動で追尾可能。
※V型ツイン電動ジェットエンジン搭載船に標準装備
なるほど、新型のV型ツインエンジン搭載機から、自動マッピングシステムの拡張機能として標準装備になったのか。
今まで気付かなかったのが不思議なくらいだが、何ともタイムリーで便利な機能を見つけたものだ。
それにアウリープ号のレーダーよりも、数段機能が強化されている。
オレは同乗者にレーダーの機能を分かり易く説明した。
「とりあえず、フォマロート王国の王都周辺上空を飛んで、勢力図を作りましょう。
人数までカウントするのですから、対策が立て易いですよ」
「おお、それは良いアイデアだ」とシュトラーゼ伯爵が言った。
「それより、私は王宮がどんな状況なのか気になります」
そう言ったのは、リアンナ王女であった。
確かに、それは一理ある。
勢力図は後にして、王宮の様子を探るのが先決か。
「リアンナ王女の心配は、至極当然です。
最初に王宮の上空を飛行して、今どんな状況なのか確認しよう」
王都エルサレーナの外縁部に近づくに連れ、青い点が増えていった。
王都の西門から城壁に掛けては、王国軍と思しき部隊の青い点が多く、城内に入れまいとする赤い点の反乱軍兵士と戦闘となっていた。
赤と青の分布を比べると勢力的には青が2倍近くに見える。
と言うことは、反乱軍は1個師団と言うことか。
しかし、王宮を攻めるのは並大抵のことではない。
高い城壁に囲まれ、上から弓や鉄砲で狙われ、攻める側は2倍でも足りない位の戦力が必要である。
その王宮にいとも容易く侵入し、陥落させたのだから、余程周到な計画を立てていたに違いない。
いよいよ、飛行船が王宮の真上まで到達した。
ステルスモードなので、下からは見えないし、太陽の影も出来ないのだ。
ステルスモードの原理は詳しく分からないが、飛行船に当たる光を歪曲させ、見る者に飛行船の背後にある景色を見せているそうだ。
王宮内は、
一部残っている青い点は捕虜となっている者であろうか。
青い点が誰か特定できれば、自動追尾機能でロックオンして、人を回避しながら救出できるのだが、現状では難しいだろう。
飛行船が王宮前広場の真上に来た所で、高度を下げて肉眼で辺りを確認できる高度100mまで下げた。
王宮前広場には、たくさんの赤い点と僅かな青い点があった。
地上の様子を食い入るように見ていたリアンナ王女が、突然狂ったように泣き叫んだ。
「いやあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ~!」
何事かと思い、その方向に目を凝らすと、10人ほどが首に縄を掛けられ、吊るされているではないか。
それは高貴な服装で、ひと目で王族であると解った。
「ちちうえ……、ははうえ……、あにうえ……、おじじさま……、おばばさま……」
リアンナは消え入りそうな、か細い声で肉親に呼びかけているのだ。
「これは
ライゼン子爵は絞り出すような声で呟いた。
刑を執行して、やや時間が経った頃であろうか。
動く気配は無く、レーダーの生体反応も無い。
ゆらゆらと風に揺られているのは、フォマロート王国の王室一家と親族に違いない。
その奥で、1人の若い女性が、手足を縛られ声を上げて泣き叫んでいるのが見えた。
誰だろう、レーダーの反応を見ると友好勢力である青い点で表示されている。
「レイナ!
あれは妹です、私の妹なんですっ!
お願いです、お願いです。
助けて下さい、助けて、たすけてぇぇぇ~…」
リアンナ王女は護衛たちに支えられながら、髪を振り乱し、眼を剥き、窓を叩きながらオレに訴えかけた。
もはや尋常な精神状態でない。
「助けたいが、この状況じゃ無理なんだ…」
オレは、唇を噛んだ。
ステラは並外れた対人戦闘力を持っているが、策も無しに突っ込めば、自滅するのは自明の理である。
オレの護衛たち4名は窓にへばり付いて、眼下の様子を見ているが、如何に訓練された
1人の男が高笑いしながら、レイナに近づき、激しく抵抗する彼女の腹に一撃を食らわすと、ぐったりしたレイナを肩に担ぎ、城内に連れて去ろうとしていた。
オレは咄嗟にレイナを示す青い点にロックオンを掛けた。
リアンナは窓に顔を押し付け、妹の名前を繰り返し呼んでいたが、その姿が見えなくなると狂ったように絶叫し、その場で気を失ってしまった。
あまりに凄惨な場面を目の当たりにして、飛行船内には重く沈んだ空気が漂った。
リアンナに、ここまで
オレは、飛行船で勢力図を作るよりも、唯一生き残ったリアンナの妹を救出するのが最優先であると思った。
その事を同乗者に
ただし、策もなく無闇に救出に向かっても、きっと失敗するに違いない。
オレたちは、王女レイナ救出の為に作戦会議を開くことにした。
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