第202話 クーデター(前編)

 翌日の夜明け前、突然オレのスマホが鳴った

 見ると情報省統括官のリリアン・ブライデであった。


「どうしたリリアン、こんな時間に…」

 オレは眠い目を擦りながら電話に出た。


「大臣、朝早くにすみません」

 画面の向こうのリリアンは、緊張した面持ちで、何か有ったことは容易に想像できた。

 因みにリリアンは、情報省の情報統括官であり、オレの直属の部下である。

 彼女は、元財務省官僚で若干21歳のエリートであり、オディバ・ブライデ博士の孫娘でもあるのだ。


「手短に申し上げます。

 フォマロート王国の王都でクーデターが発生しました。

 これは国外情報本部のフォマロート王国潜入班からの情報です。

 クーデターの背後には、ゴラン帝国の影があるようです。

 その証拠にゴラン帝国から3万を超える兵が、フォマロート国境を越え、王都へ向かっていると言う情報があります」


 リリアンの報告を要約すると、下記の通りだ。

 昨日深夜、フォマロート王国軍の一部兵士がクーデターを起こし、王宮を占拠の上、王族を捕虜とした。

 市内は反乱軍に掌握され、外出禁止令と移動禁止令が発令され、王都の出入りは制限されている。

 この情報は、フォマロート王国に潜入している諜報グループ(SGU011とSGU027)によるものである。

 クーデターを起こした軍の詳細は不明。


 一方、ゴラン帝国に潜入している諜報グループ(SGT033)によると、昨日ゴラン帝国国軍が密かにフォマロート国境へ進軍し、深夜国境守備隊を襲撃・撃破した。

 そのまま越境し、フォマロート王国の王都エルサレーナへ向かっているとのことだ。

 ゴラン帝国軍の兵は3万以上であるのは確実との情報だ。


「分かった、新しい情報が入ったら、都度報告して欲しい」


「国王陛下への報告は、如何致しますか?」


「君から陛下に一報を入れてくれ。

 オレは、まず先にアプロンティア国王とフォマロート王国の関係者に伝える。

 その後に、陛下に電話するから、そのことも一緒に伝えて欲しい」


「了解です」


 時間は、まだ午前3時だ。

 オレはすぐに服を着て、身だしなみを整えると、迎賓館長を叩き起こした。


「シュテリオンベルグ伯爵閣下、こんな朝早くに何事ですかな」


「フォマロート王国の王都でクーデター発生との情報が入りました。

 至急、フォマロート王国の王女殿下に、その件をお伝えしたい」

 オレは使節団の代表であるリアンナ王女への面会を求めた。


「分かりました。

 早急にお伝えしますので、ラウンジでお待ち下さい」


「それとレオニウス国王陛下に、至急お目に掛かり、この件をお伝えしたいのだが、その取次もお願いしたい」


「畏まりました、すぐに使いの者を王宮に向かわせます」


 オレがラウンジで待っていると、15分ほどでリアンナ王女が側近を数名伴いやってきた。


「シュテリオンベルグ伯爵、危急の用があると侍女から聞きましたが、こんな早朝に何事ですか?」

 リアンナ王女は早朝に叩き起こされて、ご機嫌斜めの様子だ。

 ナイトウェアにガウンを羽織り、肩にショールを掛けた状態で、まさに急いで来たと言う感じである。


「リアンナ王女殿下、お待ちしておりました。

 貴国の王都エルサレーナでクーデターが発生し、王宮が反乱軍に占拠されたと、私の部下から報告が入ったのです」


 オレの言葉を聞いた王女は、信じられないと言った表情で目を見開いた。

「えっ…?

 何故、貴方にそのような事が分かるのですか?」


「それは、フォマロート王国に滞在中の私の部下から、電話で報告があったのです」


「電話って、何ですの?」


「これは、遠く離れていても、お互いの声が聞こえて話が出来る魔道具です」

 オレは、現物を見せながら、こういう時の説明に重宝する『魔道具』と言う言葉を使った。


 リアンナ王女は、オレの説明に納得した様子だ。


「王宮が…、占拠された…ですって?

 王宮には陛下や母上、それに兄たちも居る筈です」

 リアンナ王女の顔は血の気が引き、放心状態である。


「戻らないと…、王都に戻って…、みんなの安否を確かめないと…」

 リアンナ王女は悲痛な面持ちで独り言のように呟いた。


「今は無理だと思います。

 王都は反乱軍が占拠し、外出禁止令と移動禁止令が発令されているそうなので」


「そんな…、私はどうすれば良いのです…」

 リアンナ王女は、その場に崩れ落ちた。

 側近と侍女たちが、王女を支えて、ソファに座らせた。


 リアンナは、フォマロート王国の第1王女であり、今年18歳になったばかりの英邁えいまいの誉れ高き才媛である。

 王位継承権は3人の王子に継ぐ第4位であるが、その才能を見込まれて今回アプロンティア王国への外交使節団の代表に抜擢されたのだ。


「私の部下から定期的に連絡が入る事になっていますから、連絡を待って対策を練りましょう。

 これからレオニウス国王陛下へ、この件を報告に行くのですが、リアンナ王女も同席されるのが、宜しいかと思います」


 王女は、何事か考えていたが、オレの提案が適切と判断したようだ。

「分かりました、貴方と一緒にレオニウス国王陛下にお会いしましょう」


「それでは、私は着替えてきますので、30分後にここに再び集合しましょう」

 オレと王女は一旦自室に戻り、着替えて国王へ謁見する準備を整えることとした。


 オレは自室に戻り、メイド長のソニアと護衛の2人に事の次第を説明し、まだ夢の中にいるであろうアリエスとジェスティーナに伝言を頼んだ。


 部屋で正装に着替えると、護衛のステラとセレスティーナを連れて、ラウンジでリアンナ王女を待った。


 ほどなく、リアンナ王女が共の者と護衛を伴い現れた。

 オレはリアンナ王女一行と一緒に、迎賓館の前庭に停泊させていた飛行船に乗り込んだ。


 飛行船に乗り込む前にリアンナ王女はこう言った。

「これって…、落ちたりしないでしょうね…」

 リアンナ王女は、少しは落ち着きを取り戻したようだ。


 飛行船『空飛ぶイルカ号Ⅱ』に全員乗り込むとハッチを締め、王宮へ向けて飛んだ。

 クリスタリア王宮までは、迎賓館から5キロほどの距離なので、僅か2分で到着した。

 王宮の広い前庭に飛行船を着陸させると、衛兵が現れ周りを取り囲んだが、迎賓館からの連絡が既に届いていたようで、丁重に城内へ案内された。


 クリスタリア王宮の豪華な内装が施された長い廊下を進んでいくと、謁見の間の扉が開いており、中でレオニウス国王が玉座に座り、オレたちを待っていた。


「レオニウス国王陛下に於かれましては、急な申し出にも拘わらず、謁見の栄を賜り、恐悦至極に存じます」

 オレとリアンナ王女は、国王の前に進み出ると型通りの口上を述べた。


「うむ、形式的な挨拶など不要である。

 それより、リアンナ王女も一緒だが、火急の用とは、どのような事なのだ?」


 レオニウス国王は、緊張した面持ちでオレに聞いた。

 こんな早朝に謁見を求めるなど、どうせ碌でもない事に決まっているとでも言いたげな表情だ。


「実は、私の部下がフォマロート王国の王都エルサレーナに滞在中なのですが…。

 クーデターが発生し、反乱軍の手により王宮が占拠されたと報告があったのです」


「な、なんじゃと…」

 国王は、オレの言葉に眉をひそめ、口をへの字に曲げた。


「して、国王陛下はご無事なのか?」


「それは分かりませぬ…

 部下によりますと、深夜にクーデターが勃発し、反乱軍と王国親衛隊との間で戦闘の末、王宮を占拠したとの報告を受けております」


「ところで伯爵の部下からは、どのようにして連絡が入ったのじゃ?」


「これでございます」

 そう言ってオレはスマホを見せ、リアンナ王女に説明したように、離れた場所でも会話ができる魔道具だと説明した。


「なるほど、それは便利な魔道具じゃ、我が国にも欲しいものじゃ」


「陛下、話はまだ続きがございます」


「伯爵、申されよ」


「実は、ゴラン帝国にいる私の部下からも連絡がありまして…

 ゴラン帝国軍がフォマロート王国との国境を越えようとして、国境守備隊と戦闘となり、国境守備隊は抵抗虚しくほぼ全滅。

 少なくとも3万以上の兵が、フォマロート王国内に侵入したとの事でございます」


「な、なんじゃと…それは一大事!」


 フォマロート王国は、アプロンティア王国とゴラン帝国の間にあり、言わば緩衝地帯の役目を果たしていたのだ。

 今、それが破られ、ゴラン帝国の兵がフォマロート王国内に侵入したと言うことは、緩衝地帯を失ったと同意義なのだ。


「急いで国境に派兵せねば」


「恐らく、エルサレーナ王宮のクーデターは、反乱軍がゴラン帝国軍と呼応して起こしたものと推察致します」


もありなん」

 国王はオレと同意見のようだ。


 その時、リアンナ王女が国王に言った。

「レオニウス国王陛下、お願いがございます」


「リアンナ王女、遠慮なく申されよ」


「私に兵をお貸し下さい。

 私が自ら兵を率いて、反乱軍の手から父を救って見せます」


「う~む、リアンナ王女の気持ちは、よく解る。

 しかし、状況がはっきりとせぬと手の打ちようがないのは、理解できるであろう。

 それに女子おなごのそなたに兵を、しかも他国の兵を率いるのは無理だと思うのじゃ」


 レオニウス国王の言葉にリアンナ王女は肩を落とした。

 自分が無茶なことを言っているのは十分理解しているが、そうでも言わないと心が収まらないのだ。


「とりあえず、至急兵を派遣して情報を探らせるとしよう。

 シュテリオンベルグ伯爵、また情報が入ったら知らせてくれぬか」


「畏まりました、逐次ご報告致します」

 そう言って、オレはリアンナ王女を連れて謁見の間を退出した。


 リアンナは、気の毒なほど肩を落とし、顔面蒼白で見ていられなかった。

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