第164話 ハニートラップ

「な、何をしているんだ」

 オレは驚き、この状況に狼狽うろたえた。


「私を抱いて下さい…

 カイト様の女にして下さい」

 アランベルグの娘、マリエルは言った。


「何を言ってるんだ…

 そんなこと出来るわけ無いだろ。

 第一、君の父上が来たらどうするんだ」


「父は、来ません。

 これは、父も承知していることですから…

 カイト様に抱いてもらいなさいと言われました」


「え、何だって?」

 どこの世界に娘の体を男に差し出す親がいるだろうか。

 ひょっとして、この世界では当たり前のことなのか?


「とにかく、そんな話に乗れるはずないだろう」


「いえ、今ここで抱いていただかなければ、父に叱られます」

 そう言うと、マリエルはバスタオルを床に落とし、オレに抱きついてきた。


 こんな場面を誰かに見られたら大変なことになる。

「お、落ち着いて、オレの話を聞きなさい!」


 しかし、マリエルはオレの言葉に耳を貸そうともせず、オレの唇を求めて来た。

 座右の銘が『据え膳食わぬは男の恥』のオレであるが、これは如何にも危うい状況だ。

 オレの理性が、最大限の非常警報アラートを発している。

 もうこうなれば、自力でこの場から脱出するしか無い。

 オレは、覆いかぶさるマリエルの豊満な胸を押しのけ、そのままドアを開けて室外へと逃れた。

 

 後ろ手にドアを閉め、そのまま小走りで自分の部屋へと向かった。

 流石に裸のままでは追って来られないだろう。


 自分の部屋へ戻り、寝室に行くとベッドでジェスティーナが静かな寝息を立てていた。

 今夜はエレナと一緒に寝ると言っていたが、気が変わったのだろうか。

 ジェスティーナは、熟睡している様子だったので、電気を消して、起こさないようにそっとベッドへ潜り込んだ。


 全く、今日はとんだ災難だ。

 あの女は、裸で抱きつけば、オレを落とせるとでも思ったのだろうか。

 明日、あの父娘おやこを呼んで厳しくいましめなければならない。

 冷静になって考えれば考えるほど、脱出して正解だと思った。

 あのままマリエルを抱いてしまえば、オレが娘を手籠めにしたと父親から責任を問われ側室にとか、或いはプロジェクトで優位な条件を要求されたりするに違いない。


 これは所謂いわゆる『ハニートラップ』と言う手法だ。

 ハニートラップとは女スパイが色仕掛けで相手を誘惑し、弱みを握って脅迫したり、強要することを指す。

 今回はスパイの話では無いが、女の武器でオレを篭絡し、優位な立場に立とうと言う魂胆なのだから『ハニートラップ』と言えなくもない。


 それにしても、あのマリエルと言う女、なかなか良い体をしていた。

 彼女の豊満な胸を思い出し、オレは男の本能に火が付いた。


 その時、寝返りを打つ音がしてジェスティーナがオレに抱きついてきた。

 なんだ、起きていたのか。

 それなら、ジェスティーナにオレの男の本能を沈めてもらおうと、彼女を抱き締めた。

 それに呼応して彼女もオレを抱き締めた。

 お互いの唇を求め、着ているものを全て取り去った。


 後は行き着くところまで行くだけだ、オレたちに言葉は要らない。

 マリエルの一件で、男の本能に火が付いたオレは、いつもより激しくジェスティーナを求めた。

 それに合わせるジェスティーナの動きが、若干ぎこちない気がした。


 一連の愛の行為が終わり、ベッドの上で余韻に浸る。

 今日のジェスティーナは、いつもより可愛い声を出していた気がする。

 オレはシャワーを浴びようとベッドサイドの灯りを付けた。

 すると布団を被ったままのジェスティーナの金色の髪が見えた。

 いつものポニーテールではなく、今日はツインテールだった。


 ん?、ジェスティーナがツインテールって珍しいな。

 疑問に思いながら、布団を剥いで見ると、そこにいたのは、ツインテールの超絶美少女エレナであった。

 はにかみながら全裸でオレに微笑んでいるのは、まぎれもなくアルテオン公爵の長女エレナであった。

 背丈も体型もジェスティーナとほぼ同じ、容姿も従姉妹の中では特に似ているのだ。

「カイト兄ちゃん、私、初めてだったのに激しすぎ~」


 オレはその言葉を聞いて目眩めまいがした。


 そもそも、ジェスティーナはどこにいるのだ。

 エレナに聞くとジェスティーナは、自分が泊まっている部屋で寝ているとのことだ。


 オレは慌ててジェスティーナを呼びに行った。

 そして部屋へ連れて戻ると事の顛末を説明した。


 寝ぼけ眼ねぼけまなこでオレの話を聞いていたジェスティーナは、オレの説明が終わるとこう言った。

「やっちゃったものは、仕方ないんじゃない。

 今更もう元に戻せないんだし…

 それに悪いのはカイトじゃなくて、私のフリしてベッドで貴方の帰りを待ってたエレナでしょ」

 どうやら、これはエレナの計画的犯行であるらしい。


「ちょっと、エレナどういうつもり!

 私のカイトに手を出さないでよ」


「だって、ティーナ姉だけズルいんだもん。

 私だって、カイト兄ちゃんと、シてみたかったんだから」と頬を膨らませた。


 どうやらジェスティーナとエレナの女子トークの内容はHの話だったらしい。

 エレナはジェスティーナの話を聞く内に自分もHを経験してみたいと思ったそうだ。


「ねえ、エレナ、どうするつもり。

 もし公爵パパにバレたら、一大事よ。

 それにカイトも、タダじゃ済まないかもよ」

 なんだと、それはオレまで火の粉を被ると言うことか?


「いいもん、私、カイト兄ちゃんのお嫁さんになるから」


「そんなこと出来る筈ないでしょ。

 それにエレナ、まだ未成年じゃない」


 そう、この世界では16歳が成人年齢なのである。

 ということは、オレは淫行してしまったと言うことなのか?


「待つもん…

 16歳になったら、パパに言ってカイト兄ちゃんのお嫁さんにしてもらうから…

 ね、カイト兄ちゃん、責任取ってお嫁にもらってくれるよね」

 そう言ってエレナは、ベッドの上に寝転がり、頬杖付いてオレに笑いかけた。


 今夜、オレはハニートラップを回避したが、別のハニートラップに掛かってしまったようだ。

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