第140話 3時間半の空の旅

 領都シュテリオンベルグでの全ての予定が完了し、オレたちは真新しい飛行船に乗り込んだ。

 オレとジェスティーナ、秘書のサクラ、護衛のステラ、セレスティーナ、フェリンの6名とリーファ率いる『シュテリオンベルグ・ダンシングチーム(SDT)』13名を合わせて今日の乗客は19名だ。


 わざわざ見送りに来てくれたブリストール領主代行始め残留組の5名は、少し離れたところで手を降っている。


 サクラが全員乗り込んだのを確認してオレに『OKです』と合図してくれた。

 コンソールには、見慣れない装置が幾つかあったが、基本操作は今までと何ら変わらない。

 これまで蓄積した飛行船の航法データや気象データ、位置情報などは新飛行船にコピー済ですとパルム・シントラが言っていたので、ボタンひとつ押すだけで、後は自動操縦オートパイロットでアクアスター・リゾートまで飛んでくれる筈だ。


 電源スイッチを入れ、ハッチ開閉ボタンを押すとタラップが格納され、自動でハッチが閉まった。


 コンソールのヘッドアップディスプレイには現在の気象情報と周囲の地図が3Dで表示されている。

 離陸ボタンを押すとジェットエンジンが起動し、下向きの噴射を開始する。


 船体がふわりと浮かび上がると、初めて飛行船に乗ったリーファとSDTメンバーの歓声が船内に響いた。

「えっ、大丈夫?、これ落ちたりしない?」

「わ~、浮いた~、すご~い」

 などと13歳から17歳の少女たちの歓声と叫び声が入り交じり、遊園地の絶叫マシンにでも乗ったかのような感覚であった。

「ちょっとみんな、うるさいから騒がないの!」

 リーファはまるで引率の担任のようにメンバーをたしなめた。


 ゆっくりと地上30mまで浮上すると、あとは上昇速度を加速し、分速1500mで一気に地上6000mまで上昇した。

 新型飛行船の速度アップには、空気が薄い高高度を航行することで、空気抵抗が減少したことも関係しているのだ。


 飛行船は水平飛行に移ると最高速度の450kmまで速度を上げた。

 翼のジェットエンジンがすぐ近くにあるのでうるさそうだが、新型電動ジェットエンジンは前よりも更に静かで静粛性がアップしたようだ。


「やっぱり前より早いな~」とオレが感想を述べる。


「そりゃそうよ、だって2倍近く早いんだから」と何故かジェスティーナが自慢げに言った。

 計算ではシュテリオンベルグからアクアスター・リゾートまで直線距離で約1600kmなので最高時速450kmで飛べば、3時間33分で到着するのだ。

 今日は天気が良く、気圧も安定しているので、恐らく揺れは少ないだろう。


 ちょうどお昼になり、サクラがサエマレスタ・リゾートで作ってもらった弁当を配った。


「カイト様、王女様、お弁当とお茶をどうぞ」


「サクラ、ありがとう、いつもながら気がくね~」


「ありがとうございます、これも仕事のうちですから」と言いながらも、サクラはオレに褒められて嬉しそうだった。


「ねえ、この飛行船に名前付けないの?」とジェスティーナ。


「もう決めてるよ」


「え、どんな名前にしたの?」


「もちろん『空飛ぶイルカ号Ⅱ』さ」


「やっぱりね、そうじゃないかと思ったわ」

 ジェスティーナはオレの考えを全てお見通しのようだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「カイトっ、起きて、着いたわよ」

 オレはジェスティーナの声で目が覚めた。

 昨日の疲れのせいか、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 窓の外を見ると、下に湖が見えて、飛行船は既に垂直降下中だった。


「あ~、いつの間にか、寝てしまったよ」

 オレはジェスティーナに寄り掛かりながら寝ていたのだ。


「も~、気持ち良さそうにしてたから、そのままにしてあげたけど、重かったんだからね」と文句を言っている。


「ごめんごめん、でもお陰でぐっすり寝られたよ、ありがとう」

 ジェスティーナは頬を膨らませていたが、目は笑っていた。


 そうしている内に『空飛ぶイルカ号Ⅱ』は、アクアスターリゾートの飛行船ステーションに着陸した。

 飛行船が完全に停止してからハッチ開閉ボタンを押した。

 ハッチが開くと爽やかな風と共に濃密な緑の匂いが船内に流れこんだ。


 オレがゆっくりとタラップを降り地上に着くと横から猛烈なタックルを受けた。

「カイトさまぁ~!」とオレに抱きついてきたのはトリンだった。


「おいおい、トリン、ずいぶん手荒な歓迎だな」


「お帰りなさい!」とトリンは、満面の笑顔でオレの顔を見上げた。


「ただいま、トリン」


「カイト様、お土産ある?」


「もちろんあるよ、後でみんなに渡すから楽しみにしておいで」


「は~い」とトリンは素直に答えてオレの手を握った。


 2週間も不在にしたのだから、これくらいは許してやってもいいだろう。


 他に出迎えに来てくれたのは、執事長のローレンとメイド長のソニア、アスナ・バレンシア、それにスーとオディバ・ブライデの5人だけだった。

 いつもは36人のメイド全員で出迎えてくれたが、アクアスター・リゾートが営業中なのでそうも行かないのだろう。

 恐らくエミリアも同様だ。


「お帰りなさいませ、ご主人さま、長旅お疲れ様でした」とソニア

「無事のご帰還、祝着に存じます」とローレン

「お兄ちゃん、おかえり~、海、楽しかった?」とスー

「カイトどの、向こうの情勢はどうでしたか?」とオディバ・ブライデ

「カイト、お帰りなさい、意外と早かったのね」とアスナ

 などと、オレの到着を待ちわびていた人々が口々に声を掛けてくれた。


「早速で悪いけど、相談したいことがあるんで、これから時間ある?」とアスナが畳み掛けて来る。

「あ~、ごめん、後で聞くから、一度部屋に行ってもいいかな?」


「しょうがないわね~」と不満げだが顔は笑っている。


 オレに続いてタラップを降りてきたジェスティーナとサクラ、リリアーナ、フェリンは再開を喜び、みんなと握手している。


 最後にタラップを降りて来たのはリーファたちだ。

 リーファはタラップの上段で立ち止まりこう言った。

「何これ、すっごく綺麗なところじゃない。

 想像していたより、ずっ~と綺麗」

 それを聞いたSDTのメンバーも降りてきて風景を見て感動していた。


「彼女たち13名がオレたちの仲間になったダンシングチームのメンバーだ」

 オレは出迎えの5人にリーファとSDTのメンバーを紹介した。


「ローレン、頼んでおいた宿舎は準備できたかな?」


「はい、既に完成し、入居準備は整っております」


「ありがとう…

 それじゃ、ソニア、彼女たちを従業員宿舎に案内してくれ」


「はい、かしこまりました」


 リーファとSDTメンバー12人はソニアに連れられて従業員宿舎に向かった。


 夕食の時に、各々から現況報告して貰うことにして、一度解散し、オレとジェスティーナは自分の部屋へ向かった。

 エントランスへ入っていくと滞在客数名とすれ違った。

 まだフル稼働ではないとは言え、リゾートは十分に賑わっているようだ。


 オレたちは、リゾート8階のプライベートエリアにある自室に戻った。

「やっぱり、自宅は落ち着くな~」とリビングにあるソファに体を預けた。


「そりゃそうよ、だって自分のテリトリーなんだもの、落ち着くに決まってじゃない」とジェスティーナもオレの横に腰掛け、体を預けてきた。

 オレが抱き寄せると、ジェスティーナからフローラルブーケのような得も言われぬ良い香りがしてきた。

 今まで、忙しすぎて夜の方は暫くご無沙汰だったから、今夜は頑張っちゃおうかなと、よこしまな思いが脳をよぎった。

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