第132話 リゾート開発共同企業体構想

 セントレーニアの住人はオレの飛行船が総督府に着陸するのを何度も目撃しているので、それが空を飛ぶ乗り物であることは理解していたが、具体的なことは何も知らなかった。

 それはゼビオス・アルカディアも同じである。


 オレは飛行船の性能と定期航路開設の概略を説明した。

 重力を制御する特殊な仕組みで空に浮かび、想像を絶する推進力と舵を備え目的地まで無人運転フルオートで飛行可能であること。

 乗客100人と貨物9tを一度に搭載可能な大型飛行船であること。

 最高時速450kmで飛行し、セントレーニアと王都を2時間40分で結ぶこと。

 王都フローリアと国内18都市間を週6便運行すること。


 飛行船による定期航路就航で人流と物流が活性化し、王都から訪れる観光客は激増するだろうし、セントレーニアの特産品や周辺地区の新鮮な農畜産物や魚介類を、その日の内に王都へ届けることが可能となる。

 逆に王都にしかない商品をセントレーニアで販売することも可能となり、ビジネスチャンスは無限に広がるのだ。


「私が王都で懇意にしているバレンシア商会が、ビジネスパートナーを探しておりますので、もし宜しければご紹介しましょうか?」


「それは願ってもないこと、ぜひご紹介願いたい」


「分かりました、そのように取り計らいます。

 さて本題に戻りましょう。

 エメラルド諸島の開発は、共同企業体を設立して実施する計画で、領内の有力企業に参画を要請しますが、王室からも出資の内諾を得ています。

 この計画は、単なるリゾート開発ではなく、飛行船の定期航路開設とセットで考えており、人の流れ、物の流れ、金の流れを活性化し、雇用創出や所得水準向上など領内全体を豊かにすることを目指す壮大なプロジェクトなのです。

 プロジェクト名は、シュテリオンベルグ・リゾート開発共同企業体(SRDC)とする予定です」


 ゼビオス・アルカディアは返事をするのも忘れて、只々頷いていた。

 そして話を聞き終わり、全てが繋がったと言う会心の笑みを浮かべてこう言った。

「ぜひ、ぜひ私共アルカディアグループを伯爵様の共同企業体に加えて下さい」


「分かりました。

 ゼビオス殿、ご協力感謝いたします」


「ところで、当グループは如何ほど出資すれば宜しいですかな?」


「後日、この計画に賛同する企業を集めて設立準備会議を催し、その中で正式決定したいと考えておりますが、とりあえずアルカディアグループには、金貨30万枚(円換算300億円)の出資をお願いしたいと考えています」


「き、金貨30万枚ですか…

 それは途轍もない金額ですなぁ」

 ゼビオス・アルカディアは、唸りながら暫く考えていたが、考えを決めたようだ。


「分かりました、私も男です。

 このビッグチャンスにアルカディアグループの命運を賭けましょう」


 そう言って、ゼビオスは立ち上がりオレの手を握った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 次の日、サエマレスタリゾート社長のアンジェラ・サエマレスタに面会を求めた。

 サエマレスタリゾートは、現在オレたちが滞在しているホテルを含め、近隣地区にリゾートホテルを展開している旧サンドベリア地区最大の企業グループである。


 アンジェラは小さい頃に父親を亡くし、現会長である祖父からリゾート経営のノウハウを徹底的に叩き込まれ、つい最近社長に就任したばかりだと聞いている。

 元領主の悪政で生活に困窮していた人々に、ホテルの余剰食材で炊き出しを行ったり、生活物資の無償提供を行うなど、若いながらも篤志家とくしかとして人望も厚く、先日は旧サンドベリアの現状を把握する会議に出席し、オレとは既に面識があるのだ。


 約束の時間にドアがノックされ、秘書のサクラがアンジェラを部屋へ迎え入れた。

 彼女は20歳になったばかりで、清楚な容姿、サファイアブルーの瞳に知性を宿す、才媛の誉れ高き美女である。

 アンジェラは床に片膝を付き、臣従の礼を取りこう言った。

「シュテリオンベルグ伯爵閣下、ジェスティーナ王女殿下、当ホテルの社長を務めますアンジェラ・サエマレスタでございます。

 この度は、拝謁はいえつの機会をお与え下さり、また私共のホテルにご滞在の栄誉を賜り、誠に光栄に存じます」


「わざわざ、お呼びだてして申し訳ない」

 オレは、そう言いながらアンジェラに対面の席を勧めた。


「いえいえ、滅相もございません。

 このホテルに滞在されて、何か不都合はございませんか?」


「いや、とても洗練された設備で、眺めも良く、快適で素晴らしいホテルだと思います」


「過分なお褒めの言葉、恐縮でございます」


「先日の会議での貴女の意見、とても参考になりました」


「いえ、ただ現状をご報告させていただいたまでのこと…

 私のような若輩者が会議のメンバーに選ばれましたこと、とても名誉なことと思っております」


「よほど厳しい薫陶くんとうを受けられたのでしょうね」


「はい、父を早くに亡くしましたが、代わりに祖父から厳しく躾けられました」

 その時、アンジェラは少し悪戯いたずらっぽく微笑みオレにこう言った。


「実はわたくし、前に伯爵閣下にお会いしたことがございます」


「え、そうなんですか?」


「以前、私共のヴィラに滞在されたことがございますね」


「確かに数泊滞在しましたが……」


「その時、客室係として皆さまをヴィラへご案内したのが私です」


 オレはアンジェラのその言葉を聞いて驚いた。

 そう言えば、あの時に客室係の女性、随分美人だなぁと思ったのを今でも記憶している。

「え、そうなんですか、あの時の客室係が貴女だったとは…」


「はい、その時は祖父に命じられ、客室係スタッフとして修行中の身でございました。

 その時も伯爵閣下は、美しい女性を3名お連れで、とても素敵な男性だったと記憶していたのです」

 そんな経緯があったとはつゆ知らず、オレたちはヴィラで美女3人と甘く濃密なリゾートライフを満喫したのだが、それはジェスティーナには内緒の話だ。


「ところで、私にお話があるとのことでございますが…」


「実は貴女に折り入ってお願いしたいことがありまして」


 オレは、ゼビオス・アルカディアに話したエメラルド諸島のリゾート開発計画と飛行船の定期航路開設、共同企業体への出資の話をアンジェラに丁寧に説明した。


「それは、とても壮大なお話ですね」

 アンジェラは暫く考え込んでから、こう答えた。


「これは私の一存では判断できない内容ですので、会長と相談してからお返事したいのですが、宜しいでしょうか?」


「ええ、かまいませんよ」


 そう言うと、アンジェラは『失礼します』と一度部屋を退出し、1時間後に会長を連れて戻ってきた。

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