第115話 美人秘書サクラのスランプ
オレは、アクアスター・リゾートの設備とサービス改善提案を検討する会議に出席していた。
次は、アスナとサクラが考案した女性向けブティックの案件だ。
アスナは、議長を務めているのでサクラが説明した。
「アスナさんと私の共同提案ですが、リゾートに滞在される女性客向けのブティックを作って、服を販売してはどうかと言う提案です。
このリゾートに来られるお客様は、富裕層の方が多く、ファッションにも敏感で服飾に掛ける費用も当然多いと思います。
そこで王都で流行りの最新女性ファッションを、このブティックに置けば売れること間違いなしだと思うんです」
珍しくサクラが熱弁を奮った。
「サクラ、ちょっといいかな?
なぜ、女性向けブティックなの?、男性向けは無いの?」
「今のところ、男性向けショップは考えていません」
サクラが困惑の表情で答えた。
「え、それはちょっと男性客を軽視してるんじゃないかな?
このリゾートに訪れるお客様の半分は男性客なんだよ。
それじゃ、男性客に喧嘩を売ってるようなもんだよ」
オレがそう言うと横からジェスティーナがオレの脇腹を肘で突いた。
柄にもなくオレの言葉がキツくなってしまったようだ。
「兎に角、女性だけとか、男性だけとか言う企画は頂けないな…
それに王都で流行りの最新女性ファッションとか具体性に欠けるよ。
着眼点は悪くないけど、これはまだアイデアの域を脱していない感じだな」
オレの一言で、この案は差し戻し継続審議となった。
会議は進み7番目の議題『エステ&リラクゼーション施設の設置』となった。
これもサクラの提案である。
先ほどのオレの言葉をまだ引きずっているようで、サクラの発表は精彩を欠いた。
「リゾートにはスパ&マッサージは無くてはならないアイテムです。
女性にも男性にも心と体の癒やしは必要だと思いますので、このリゾートにもエステとリラクゼーション施設を設置しては如何かと思います」
サクラはリラクゼーションの必要性と設置予定の場所、設置コスト、費用対効果などを説明した。
「それは分かったけど、肝心のマッサージ技術者の当てはあるの?」
オレがそう質問したとたんサクラはシドロモドロになった。
「え~っと、それはこれからメイドたちに徐々に覚えてもらおうと考えてます」
「え、でもその技術、誰が指導するの?」
オレがそう言うとサクラは押し黙ってしまった。
どうやら、そこまでは考えていなかったらしい。
「う~ん、サクラの目の付け所は悪くないんだけど、詰めが甘いかな~」
オレがそう言うとサクラの顔が一層曇ったような気がした。
その様子を聞いていたジェスティーナが手を上げた。
「ちょっといいかしら、部外者だけど、私にひとつ提案があるの。
王室にもスパがあって、そこで働いているのは王室専属のマッサージ師なんだけど、私が陛下にお願いすれば、何人か派遣してもらうのは可能だと思うの…
2年くらい何人か交代で来てもらって、その間に技術を教わるって言うのはどうかしら?」
「なるほど、それは良い案だ。
それならマッサージ技術者の問題も一挙に解決するな」
ジェスティーナの提案に一同は納得していたが、サクラの顔を曇ったままだった。
そのようなやり取りがあって議事は進み、協議の結果、今回は下記の案件にゴーを出した。
1.新たな源泉を掘削し、ホテルの屋上に露天風呂を作る→即日実施
4.予約システムの改善(部屋毎の予約状況をカレンダー形式で表示したい)
→可及的速やかに実施(担当:カイト)
6.飛行船による遊覧飛行サービス→即日実施
8.敷地内のトレッキング&ハイキングサービス→内容を詰めて実施
9.湖の中島まで往復ハイキング→即日実施
10.湖畔でバーベキュー→即日実施
会議を終えて8階の自室に戻る途中、エレベーターの中でジェスティーナがこう言った。
「サクラさん、カイトにキツく言われて落ち込んでたわよ。フォローしてあげないと…」
オレとしては、そんなにキツく言ったつもりは無いのだが、言い方に問題があったのは確かだ。
会議が終わった直後にアスナからも同様のことを言われ、さてどうしたものかとオレは考えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日、招待客たちは思い思いにリゾートライフを満喫していた。
『踊る銀ねこ亭』の女将とソラリア師は、昨日のウェルカムパーティの席上、酒好きと言う共通点で意気投合し、一緒に温泉に入った後、ラウンジで世間話に花を咲かせていた。
ちなみに『踊る銀ねこ亭』の女将の名前はマリアと言うのだそうだ。
その娘がマリンなので、きっと女将から2字もらって付けた名前なのだろう。
アルテオン公爵は昨夜、深夜まで湖畔の混浴露天風呂に入り、メイドたちや他の女性が誰か入って来ないかと待ち続けたせいで、すっかり
公爵夫人は公爵につきっきりで面倒を見ているのでどこへも行けないそうだ。
オディバ・ブライデ博士夫妻は温泉に入ったり、庭園や果樹園、湖畔を散歩したりしてゆったりと過ごしていた。
リカール・バレンシアと『踊る銀ねこ亭』の亭主は、朝早くからカヌーで釣りに出かけ大物の虹鱒を釣り、今夜は釣った虹鱒を焼いて食べるのだと言っていた。
アーロン・リセット、ヴァレンス、レガートの男性3人組は、揃ってインフィニティプールで泳いだり、サマーベッドに寝転がり、リゾートを満喫していた。
交代の空き時間には腕が
ジェスティーナと公爵家の長女エレナは、ラウンジでアイスやケーキを食べながらお喋りに興じていた。
2人をこうして見ていると15歳と16歳の年相応の女子なのだと思わせられる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夕食後、オレとジェスティーナが部屋で寛いでいると、ドアをノックする音が聞こえた。
ジェスティーナがドアを開けると、そこに立っていたのはサクラだった。
「サクラさん、中へどうぞ」
ジェスティーナはサクラを招き入れた。
「カイトとサクラさん、2人で話した方がいいと思って、私が呼んだの」
会議の後、オレとサクラが気まずくなっているのを心配して、話し合いの場をセッティングしてくれたという訳だ。
ジェスティーナは、オレとサクラを応接室へ誘導した。
「ありがとう、ジェスティーナ…」
「お礼なんていいから、お互いに思っていること2人でじっくり話し合ってね、私はリビングに居るから」
そう言ってジェスティーナはドアを閉めた。
サクラは応接室に入り、立ったまま俯いている。
「サクラ、とりあえずそこに座りなよ」
オレはサクラに応接セットの向かいの椅子を勧めた。
「ありがとうございます」
サクラは相変わらず俯いたまま席に着いた。
「まず最初に謝るよ、今日はホントに悪かった。
あんな言い方するつもり無かったんだけど、サクラならもっと出来る筈という思いが先に立って、ついついキツい口調になってしまったんだ、本当に申し訳ない」
オレはサクラに頭を下げた。
「カイトさま、頭を上げて下さい。
悪いのは私なんです…
十分に検討もせず、思い付きで提案してしまうなんて、カイト様に指摘されて当然です。
女性客のことしか考えず、独りよがりな提案になっていたのをカイト様に指摘されるまで気付かなかったんです…
カイト様に認めてもらいたくて、功を焦るあまり一番大事なことを忘れてしまうなんて、自分が不甲斐ないんです.....」
サクラの目から一粒の涙が頬を伝った。
「確かに、いつものサクラなら、そんな事見逃さない筈、一体どうしたんだろうと思って、その反動でつい厳しい口調になってしまったんだ」
「私は、カイト様に厳しく言われた事に落ち込んでるんじゃありません…
カイト様に指摘されたことが図星で、それに気付けなかった自分が情けなかったんです…」
サクラは目に涙を溜めながら、今まで見せたことのない悔しそうな表情を見せた。
「スパ&マッサージの件もそうです。
自分では完璧な計画だと思って提案したのに、肝心な点がスッポリ抜け落ちてるなんて、カイト様に指摘されるまで全く気づきませんでした……
王女様に助け舟を出して頂いたのに、お礼も言えないくらいショックだったんです」
秘書として完璧なまでに仕事を
思えば、このリゾート化計画では、サクラに様々な仕事を任せており、それがいつの間にか
『一を聞いて十を知る』では無いが、察しの良いサクラは、常日頃オレの思っていることを汲み取って、卒なく形にしてくれた。
期待に答えたいと言う気持ちとは裏腹に、一人で処理できる仕事量は
オレが旅に出ている間もサクラはリゾートに残り、社員のOJTや部門間の調整など、開業準備全般をアスナと2人で仕切ってくれたのだ。
オレは、それに見合うだけの労いの言葉も掛けずに、彼女が一生懸命考えてくれた提案の揚げ足を取っただけではないかと、自責の念にとらわれた。
「サクラ、悪いのはオレの方だ。
オレは、いつの間にかサクラに頼りすぎて、知らず知らずにプレッシャーを掛けてしまったようだ」
オレは、サクラに旅行で不在中に開業準備全般を仕切ってくれたことに感謝の言葉を述べ、自分の気遣いの足りなさを改めて詫びた。
その時、ドアが開いてジェスティーナが入ってきた。
「はいはい、話はそこまで。
ドアの向こうで聞いてたけど、どっちもどっちね…
カイトは、サクラさんを頼りすぎて、仕事を振り過ぎて配慮に欠けてた。
サクラさんは、カイトに認められたいと言う思いが強すぎて、功を焦りすぎた。
もうお互い十分話しあったみたいだし、辛気臭いのはお終い!」
あと2人に足りないのは『愛』だと思うの…」
「愛?」
「そう、体を重ねて愛を確かめ合って、お互いの隙間を埋めるのよ。
これ以上にいい方法は無いでしょ」
そう言うとジェスティーナはオレとサクラの手を取り、寝室へ引っ張って行った。
「はい、それじゃあ、邪魔者は消えるわね、あとは2人でごゆっくり…」
そう言うとジェスティーナは寝室を出て行った。
いきなり寝室に放置されたオレとサクラは呆然としていたが、やがて顔を見合わせて笑った。
ジェスティーナは、オレとサクラの仲直りにお節介を焼いてくれたのだ。
その気遣いを無駄にすることは出来ない。
お互いを見つめ合う2人にそれ以上の言葉は要らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます