第45話 空飛ぶイルカ号で遊覧飛行

 飛行船が到着する日が来た。

 オレは朝から子供のようにソワソワして落ち着かなかった。


 それはアスナも同様で『空を飛ぶ船』が来ると言う、自分の想像を超える出来事が、嬉しくて仕方ないようだ。


 そして、それは唐突にやって来た。

「異世界宅配便で~す」

 音もなく現れた配達員は、普通にダンボールでも運んできたかのような軽いノリだった。


「ハヤミ・カイト様にお届けものです」

 ラウンジで待ち構えていたオレが平静を装い出ていった。


「はい、私がハヤミですが…」


「こちらにサインをお願いします」

 はやる心を抑えながら、差し出された伝票にサインする。


「はい、ありがとうございます、キーと取扱説明書マニュアルはこの箱に入ってます」と小さめの箱をひとつ渡された。


「飛行船は外に置いてありますので、ご確認下さい。

 ありがとございました~」

 そう言うと配達員は音もなく去っていった。


「アスナ、届いたよ」


 待ってましたとばかりにアスナが走って来る。

「飛行船、届いたのね」


「うん、外に置いてあるから、見に行こう」

 オレはアスナの手を引いてエントランスから外へ出た。


 そこには陽光を反射し、ダークブルーに輝く、イルカ形の飛行船が停泊していた。

 流線型の船体を下部の着陸脚で支えている。

 翼部には、小型ジェットエンジンが両翼に2基ずつ合計4基付いていた。

 尾翼は小さ目で、少し跳ね上がっており、まるで本物のイルカの尾びれに見える。

 背びれは飛行の安定性維持の目的の他、センサーとレーダーの機能も備わっているのだ。


「え、なんか、想像より大きいわね」


「うん、全長18m、全幅12m、全高6mだから、やっぱり大きいね」


 早速、中に乗ってみよう。

 ノブに触れるとロックが解除してハッチが開き、中に収納されていたタラップが自動で降りてきた。


 オレとアスナがタラップの手すりに掴まりながら5段ほど登ると、そこはもう船の内部である。

「お~、新車の匂いがする」

 正しくは新船だが、確かに新車のような真新しい塗装の匂いがする。


 中は思ったよりも広い。

 船内には座席が両サイドに1列ずつ、シートと同じ高さに大きめの窓があり、全席窓際で外が見えるように配置されている。

 前後のシートピッチは1mほどで足元もゆったり、手すりを含めたシート幅は約80cmで、左右に回転したり、リクライニングも可能でフライト中もゆったり過ごせそうだ。


 上半分が透明の壁で仕切られた船体最前部に行ってみた。

 最前列は3席あり、大きな窓から外が見渡せる。

 自動操縦時オートパイロットには、最前席は客席としても利用できるそうだ。

 取扱説明書マニュアルの手順に従い操作すると、前面の壁から操作卓コンソールと真ん中に操縦桿が出てきた。

 自動操縦時オートパイロットには操作卓コンソールは、壁面に収納されて操作できなくなるようになっている。


 操作卓コンソールを見てみると、ホログラフィ技術を使ったという40インチほどの横長で透明なヘッドアップディスプレイがあり、電源スイッチと操縦桿の他には離陸、着陸、ハッチ開閉、ステルスモード、自動運転ボタンがあるのみ。

 通常は、これで用が足りると言うことだろう。

 ドローンの操縦よりも簡単そうだ。

 取扱説明書マニュアルには、オプションの使用方法も載っていたが、後で見ることにしよう。


「それじゃあ、早速試験飛行と行こうか」

 そう言うとアスナが満面の笑みで子供のように頷いた。


「せっかくだから、みんなも乗せてあげよう」

 そう言ってアスナにステラとソニア、ローレンを呼びに行ってもらった。


「私たちも乗せていただいて宜しいのでしょうか」

 ローレンが恐縮して聞いた。


「うん、せっかくだから遊覧飛行を楽しもう。

 あと13人乗れるから、手の空いているメイドが居たら呼んできて」


「かしこまりました」

 そう言うとソニアがメイドたちを呼びに行った。


 メイドたちが飛行船に乗り込んできて、キャーキャー言いながら興味深げに辺りを見回している。

 まるで女子高生の集団の中にいるみたいだ。


 オレの左隣にアスナが座り、右隣にはステラが借りてきた猫のように大人しく座っている。

 全員のシートベルトを確認し、電源スイッチを入れ、ハッチ開閉ボタンを押すとタラップが格納され、自動でドアが閉まった。


 コンソールのヘッドアップディスプレイには、現在の気象情報と周囲の地図が3Dで表示されている。

 離陸ボタンを押すとジェットエンジンが起動し、下向きの噴射を開始した。


 船体がフワリと浮かび上がると『わ~』とか『きゃ~』など絶叫に使い歓声が船内に響いた。

 ゆっくりと地上30mまで浮上すると上昇速度を加速し、一気に地上3000mまで上昇した。

 翼のジェットエンジンが、すぐ近くにあるのでうるさいかと思ったが、電動ジェットエンジンの静粛性と船体に施された防音装置で思ったよりも静かだ。


 反重力発生装置の影響で室内は無重力状態になるかと思ったが、船上では人工重力発生装置で地上と同じ重力が保たれ、船内を歩いたり、船尾にあるトイレも普通に使えるのだ。


 飛行船は雲の上に到達し、眼下には湖と周囲の山々、湖畔にオレの館、遠くに街道や海も見える。


 地上3000メートルに達したところで電動ジェットエンジンは停止し、反重力発生装置だけで空中に浮いている状態となる。

 エンジンが90度回転し、水平飛行に移る準備が完了した。


 今回は手動飛行なので、操縦桿の操作で飛行する。

 操縦桿を引くと上昇、押すと下降、右に回すと右旋回、左に回すと左旋回する。

 速度は操縦桿の右に付いているスロットルレバーの上げ下げで調整する。

 速度は0kmから最高250kmまで無段階で飛行が可能。

 0kmでも空中に浮いていられるのは、反重力発生装置があればこその芸当だ。


 この飛行船が、どのパラレルワールドの商品かは知らないが、地球よりも遥かに優れた高度な技術力を持つ世界であるのは間違いない。


 速度を徐々に上げて時速200kmで湖の周りを遊覧飛行する。

 後ろを見ると、みんな窓からの景色に見とれていた。

 太陽の光がキラキラ反射し、コバルトブルーに輝く湖面は、息を呑むほど美しかった。


 湖の上まで来ると徐々に高度を下げ、地上10mで静止する。

 上から見る湖は透明度が高く、湖面近くの魚が見えた。


 今度は上昇し、館の上まで行って、高度100m上空をゆっくりと旋回した。

 飛行船が近づいてきたのを見て、メイドたちが空を見上げて手を振っている。


 館の上空を3周し、海へ針路を変えた。

 操縦桿を引き高度1000mまで上昇し、最高速度の250kmで海まで飛ぶと、僅か3分で海岸線まで到達した。

 眼下には、先日盗賊たちを討伐した砦も見えている。


「この船速いわね~」

 アスナが興奮状態で話す。


「そうだね~、これなら本当に王都まで2時間半で行けそうだね」


「わたしが王都へ帰る時、これで送って欲しいな~」とオレの方を媚びるように見ている。


「うん、いいけど、この船どこに着陸させよう。

 いきなり、これで飛んで行ったら、王都の人たち大騒ぎだよ」


「う~ん、そうねぇ~。

 うちの中庭パティオなんてどうかしら…

 建物の内側だから、周りから見えないし、広さ的にも十分だと思うけど」


 なるほど、バレンシア邸なら中庭パティオも広いし、周囲からの目隠しにもなる。

「それはいい考えだ。

 ステルスモードにすれば誰にも気付かれずに着陸できるしね。

 でも自慢の庭園、傷つかないか心配なんだけど…

 多少は仕方ないけど、あとはカイトの腕次第ね」


「それは責任重大だ、それまでに着陸の練習しておかなきゃ」


「ねえ、この船に名前付けないの?」

 唐突にアスナが聞いてきた。


 オレはしばらく考えてからこう答えた。

「そうだな『空飛ぶイルカ号』なんてどう?

 見たまんまだけど、イルカの形をしてるし、親しみ易いと思うんだよ」


「いい名前だわ」

 アスナも賛成してくれた。


 オレたちは、30分ほど遊覧飛行を楽しんで館の上空に戻った。

「空飛ぶイルカ号の専用ポートも作らないとな」


 高度を下げ、地上100mのところで離着陸ボタンを押した。

 船が着陸可能なスペースを勝手に見つけて完全自動で着陸してくれるのだ。


 着陸時は下降にジェットエンジンは使わず、反重力発生装置を調整し、風の影響による誤差をジェットエンジンの微噴射で調整するのだ。


 自動で垂直離着陸できるし、360度全方向の自動衝突回避など安全装置も充実しており、確かに免許はいらないかも知れない。

 これなら湖の遊覧飛行をリゾートのアクティビティとして組み込めそうだ。


 オレたちが『空飛ぶイルカ号』を降り、ラウンジでお茶を楽しんでいると、1人のメイドが慌てた様子でやって来た。

「ご主人さま、王都からの使者と仰る方が面会を求めておられます」


「え、王都から?」

 エントランスへ行くと、そこには見知った顔があった。

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