第35話 奇襲

 盗賊団の首領ドム・シルモレーは、王国の兵士が何れはこのアジトまでやって来ると予測していた。

 一国の王女が乗った馬車を襲撃し、本命の王女こそ取り逃がしたものの、護衛の兵士を多数惨殺し、女は全員捕縛したのだ。


 恐らく旅人たちが、隠れてこの様子を見ていたに違いない。

 国境守備隊に通報され、救援部隊が派兵されれば、何れこのアジトも見つかるだろう。

 それは当然計算に入っている。


 しかし、ソランスター国境からこの砦までは100kmもあるのだ。

 王女襲撃を見た人が国境まで辿り着き、守備隊に報告するまで早くて2日、すぐに救援部隊が派遣されても、歩兵で2日、騎兵であっても丸1日は掛かるだろう。

 つまり、王国兵士が現れるのは、早くても明後日ということだ。

 捕虜の女兵士と女官、周辺の村落で攫ってきた女たちは、明日の昼には馬車でデルファィのアジトへ移送する手筈となっている。

 王国兵士が来る頃には、このアジトはもぬけの殻という訳だ。


 得体の知れない技を使う女剣士のせいで、王女は取り逃がしたが、捕虜の中には王宮仕えの上等な宮女も居るし、男を唆らせるエロい体付きの女兵士が何人もいた。

 あの御仁なら、この女たちを、さぞや高値で買ってくれることだろう。

 その前に味見したいところだが、その辺はやけに煩いから止めておこう。

 どうせ、明日にはこのアジトともオサラバだし、デルファイのアジトに戻れば、女は抱き放題だからな。

 ドム・シルモレーは自分が思わずニヤけているのに気付いた。

 あそこは安全だし、ほとぼりが冷めるまでノンビリしよう。

 暫くすると酒の酔いも手伝って、いつの間にか彼は眠りに落ちていた。


 その頃、カイトの館では、最後の作戦会議が行われていた。

 作戦会議と言うよりは、手順の確認だ。

 捕虜救出が最優先で、盗賊の討伐は捕虜救出完了後とすることが再確認された。

 戦力外のジェスティーナ王女とアスナは館で待機。

 午前0時二人の見送りを受けて、オレたちは盗賊のアジトへ向け出発した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


『早朝』と言うには、まだ早すぎる午前3時半、ソランスター王国国境守備隊240名が盗賊のアジトである海沿いの古い砦を取り囲んだ。

 見張り以外の盗賊たちは、まだ深い眠りについている時間だ。

 十分な数ではないが、国境守備を任されたソランスター王国軍の精鋭部隊である兵士たちが命令に備えて待機している。


 オレとソニアとステラ、それに王国軍兵士5人は捕虜救出に備え、砦近くの草叢で待機していた。

 夜明け前の暁闇ぎょうあんを突いて午前4時、捕虜救出作戦を決行した。

 昨日のステルスモードでの偵察で砦の間取りは、ほぼ把握済だ。


 最初にオレとソニア、ステラの3人が薄暗い中、砦の中に侵入した。

 本来なら真っ暗なのだがオレが持ってきたペンライトの灯りを頼りに進んで行く。

 ステルスモードが便利な点は、ステルス範囲内の灯りは外に一切漏れないということだ。


 見張りに気づかれることなく、砦の中へ侵入し、地下牢へと通じる階段を下りる。

 地下牢の前では2人の牢番が眠さをこらえながら、壁際の椅子に座っていた。

 篝火かがりびで辺りの様子は十分に窺える。


「ステラ、その2人は任せた」


「承知」とステラが無愛想に答える。

 すると目にも留まらぬ速さで牢番たちを切り捨て、声を発する間もなく彼らは絶命した。


 その様子に気付いた捕虜たちが、何事かとざわめいた。

「静かに、味方だ!」

 ステルスモードを解除してオレが言う。

「王国軍が助けに来た」

 そう言うとどよめきが起きた。


 合図を送ると、階段の下り口で待機していた王国兵が3人降りてきて捕虜救出に加わる。

 残りの2人は階段の降り口の見張りだ。

 牢番が持っていた鍵で牢の扉を全て開ける。

 38人の捕虜たちが次々と牢の外へと出て来る。


「落ち着いて、焦らず、急げ!」

 捕虜の中には怪我人が数名いて、それを介助しながら階段を上がる。

 階段の上では王国軍の兵士が、辺りを警戒しながら誘導してくれた。


 捕虜全員を開放して外へ出る、辺りは少し白み始めてきた。

 オレとステラが最後尾を警戒しながら、草叢くさむらと砂浜の境界付近を歩く。


 捕虜の逃亡に気づいた数名の見張がオレたちを追ってきた。

 ステラがそれを待ち構え、瞬殺した。


 捕虜救出成功の報は、その様子を監視していた王国兵に寄り、すぐに隊長に伝えられた。

 国境警備隊隊長ルイス・エルスタインは、それを待ち構えていたかのように号令を下した。

 号令一下、最初に動いたのは弓兵だ。

 砦の上に立つ見張りに矢を射掛け、次々と排除していく。


「敵襲だ、敵襲ぅ~!」

 襲撃に気付いた見張りが叫ぶ。

 盗賊団の首領ドム・シルモレーは、その声に驚いた。

「早い、早すぎる、こんな早いなど有り得ない」

 そう独り言を言いながら、慌てて武器を取り、窓から様子を伺う。

 見ると、砦の周囲は既に取り囲まれているようだ。


 寝所しんじょから盗賊たちが起き出し、慌てて武器を取り戦闘配置に付く。

 砦の周囲のあちこちで怒号と剣戟の音が響き、戦いが始まっていた。

 間もなく、太陽が昇り、辺りは明るくなった。

 国境守備隊は奇襲の効果もあり、依然として優勢を保っている。


 太陽が昇ると、徐々に空気が温められる。

 すると山から海に向かって風が吹き始めた。

 頃合いを見てルイス・エルスタインは、部下に煙幕弾を発射するよう命じた。

 それは夜明けの時間帯、陸地から海へに向かって吹く朝風を利用して燻り出そうという作戦である。

 砦の手前側と砦の中に向け放たれた煙幕弾は刺激性の煙を放ち、辺りはあっという間に煙で覆われた。

 海側は風下となっているので煙が容赦なく襲う。

 王国兵は煙が来ない風上と砦の側面方向の3面に立ち取り囲んでいる。


 戦闘中の盗賊も、砦に残っていた盗賊も煙で目が開けられないほどの状態で、当然戦闘どころではない。

 国境守備隊は砦の三方を取り囲んで、あぶり出された盗賊を打ち取れば良いのだ。

 盗賊は取り囲まれ、煙で目が開けられない程で、新鮮な空気を求めて飛び出すと王国兵に打たれると言う、正に袋の鼠状態である。


 オレたちが救出した捕虜は街道に設置した急ごしらえの療養テントで休ませ、怪我をしている者数名はヒールポーション(怪我治療薬)で治療を行った。


 その日の8時過ぎには、王国の応援部隊300人が到着した。

 先発の兵士と合わせると540人だ。


 王国軍は増援部隊到着の勢いを借り、煙攻めで疲弊した盗賊共に最小限の被害で勝利した。

 首領を含む盗賊団の8割は死亡または重症、60人ほどを捕虜として捉え、王国へ連行することとなった。


 救出作戦を終了したオレたちは、捕虜だった侍女と女官を連れ、館へ戻った。

 出迎えたジェスティーナ王女は、自らの側近である侍女たちと再開し、涙を流し喜びあった。

「王女殿下、よくぞご無事で、心配しておりました」


 侍女の声に王女も声を詰まらせる。

「私も皆のことを心配していました」

「盗賊の犠牲になった者たちも多くいるのに、その中で助かった者がいるのは不幸中の幸いです」


 今回の盗賊団の襲撃事件と捕虜救出作戦を通じて犠牲になった兵士は37人、捕虜は女性兵士12人、王女の侍女など女性6人で、その中には女性文官2人も含まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る