第24話 バレンシア商会の娘

 バレンシア商会はソランスター王国第3位の業容を誇る商家であり、代々商業ギルドの中心メンバーたる名家だ。

 冒険者ギルドの受付嬢クラリスが紹介してくれたのは、そのバレンシア商会の当主リカール・バレンシアだった。


 バレンシア商会本館を兼ねる邸宅は、ぜいの限りを尽くした造りながらも、センスの良さを感じさせる建物であった。

 オレたちは当主のリカール・バレンシアに面会を求めたが、残念ながら外出中とのことであった。

 しかし、クラリスの紹介状を見せると代理の者が応対しますと、応接室へ通されたのだ。


 この日はソニアとトリンが同行し、メイド2人は宿で待機させていた。

 広い応接室には、テーブルを中心にロの字に配置されたフカフカのソファがあり、その座り心地は抜群だった。


 室内の家具・調度品はどれも格調高く、気品にあふれていた。

 応接室で待っている間にメイドが紅茶を運んできてくれて、オレたちは紅茶を飲みながら当主の代理と言う人物を待った。


 15分くらい過ぎて、ドアが開き若い女性が入ってきた。

「たいへん、お待たせ致しました」

「レオンハルト・ミラバス様、お初にお目にかかります」

「私は、当主リカール・バレンシアが長女アスナ・バレンシアでございます」

 背中までのブラウンカラーの髪、理知的に輝く大きな黒い瞳、人を魅了する美貌の持ち主だ。


「冒険者ギルドからの紹介と、お聞ききしました。

 只今、父は外出中でございまして、お急ぎでしたら、私がご用件を伺いますが」


「急な訪問にも関わらず、お会いいただき、ありがとうございます」


「お話しを伺う前に、身分証を拝見したいのですが…」

 アスナは、そう言うと真顔でオレの眼を見た。


 オレはローレンが持たせてくれた身分証をアスナに渡した。

「デルファイ公国から来られた商人の方ですね」

 アスナがそれを確認し、オレに返した。


「それでは、ご用件を伺います」


「実はポーションを買い取っていただきたいのです。

 ここにおりますトリンは、若いながらも優秀な錬金術師で、ポーションを造る特殊技能を持っております」


「なるほど、そちらの方が造られたポーションをお持ちなのですね…

 では、現物を拝見したのですか?」


「はい、こちらでございます」

 オレは予め用意していた4種類のポーションの小瓶をテーブルに置いた。


「拝見致します」

 アスナはポーションを順に手に取り、1種類ずつ小瓶の中身を光に翳し、食い入るように見ていたが、暫くすると感心したように頷いた。

「これは、相当純度の高いポーションですね」

 アスナは、ひと目見ただけでポーションの質を鑑定できるらしい。


「これを何本お持ちなのですか?」


「はい、こちらにリストがあります」

 オレは持ってきたポーションのリストをアスナに渡した。

 ・スタミナポーション(体力回復薬) 3級200本、2級10本

 ・マナポーション(魔力回復薬)   3級100本、2級5本

 ・ヒールポーション(怪我治癒薬)  3級100本、2級5本

 ・キュアポーション(病気治癒薬)  3級100本、2級5本


「え、なんですか、この量は」

「3級が全部で500本、それに2級ポーションを25本もお持ちとは…」

 アスナはオレたちが持ってきたポーションの数に驚いていた。


「この他に薬草やハーブ、スパイスもお買い取りいただきたいのです」

 そう言って別の紙をアスナに渡した。


「こんなに大量に?…

 一体どこにお持ちなんですか?」


「こちらにあります」

 オレは異空間収納から商品の一部を取り出した。


「え、ミラバス様は、ストレージ魔法をお使いになられるんですか?

 あなたは魔法使いなのですか?」

 アスナはオレの異空間収納を見て驚いていた。


「いえ、これは私のスキルの1つというか、魔道具とでも思って下さい」


「ミラバス様が、素晴らしい能力をお持ちなのは良く分かりました。

 お買取りのご希望商品は以上でございますか?」


「あ、あとはワインもあるのですが、それはまた別の機会にします」


「分かりました、それでは別室にて査定して参りますので、少々お待ち下さい」

 そう言うとアスナ・バレンシアは部屋を退出した。


 オレたちは、また暫く待つこととなった。

 メイドが来て、お茶を替えてくれた。


 30分ほど待たされ、ようやくドアが開くと、アスナと今度はもう一人、40代後半と思しき男が一緒に入ってきた。


「ミラバス様、たいへんお待たせ致しました。

 当家の当主が同席させていただきます」


 なんと、今度は当主も同席するのか。

 あれ、確か外出中のはずだが、帰ってきたのか?


「ミラバス様、初めてお目にかかります。

 私は、バレンシア商会の当主を務めますリカール・バレンシアでございます」


「まず、最初にお詫びせねばなりません。

 外出中と言うのは偽りでして、隣室であなたと娘の会話を聞き、その真贋を計らせていただいたのでございます」


 なるほど、娘に話を聞かせて、別室からオレたちの様子を窺っていたと言うことか。


「初めてのお客様には、私の娘、または代理の者が対応し、その様子を当主が覗い判断するのが私共一族の古くからの教えでございまして、たいへんご無礼致しました」


「先ほどまで、別室で娘とミラバス様の申された内容について、摺り合わせを行っておりました。

 貴方様の申されたことは、概ね信ずるに値すると、娘とは一致しておりますが、ただ1点どうしても確認したいことがございまして、まかり越した次第でございます」

 バレンシア家当主は、そこで一呼吸置きオレの目をじっと見つめ、更に先を続けた。


「この度、あなた方がお持ちになられた、4種類のポーションと薬草、ハーブ、スパイスの数々、何れも高品質で、当商会としては、ぜひとも欲しい商品でございます。

 そうは思っておりますが、商売は信用が第一です。

 真に信用が置ける方でなければ、取引はできないと考えております。

 これは、あなた方がお作りになった商品であり、盗品でないと言う確証が欲しいのです」


 バレンシア家の当主は、どうやらオレが何か嘘をついていると思っているようだ。

 思い当たるとすると、レオンハルト・ミラバスと言う偽名のことか?


「私どもは王国の後ろ盾の元、デルファイ公国とも、太い商売のパイプを持っております。

 ミラバス様は、娘にデルファイ公国から来られた商人であると身分証を見せられましたが、私の知る限り、ミラバスと言う商人の名は聞いたことはございません。

 しかも、このような高品質の商品の数々、私どもに情報が入って来ない訳がございません。

 ミラバス様、私に何か隠されていることはございませんか?」


 なるほど、バレンシア商会の当主はオレが偽名を使っていることを、お見通しのようで、それを使う理由を明らかにせよ、という事らしい。


「参りました、降参です」

 オレはあっさりと白旗を上げることにした。


「レオンハルト・ミラバスは確かに偽名です。

 ご当主様が、デルファイ公国の事情について、これほどまで精通しているとは思いませんでした」


 オレは覚悟を決め、自分のことをカミングアウトした。

「本当の名前はハヤミ・カイトです。

 私は、別の世界から、この世界に転生した者です」

 黙って聞いていたバレンシア父娘おやこはオレの一言に驚愕した。

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