第14話 錬金術師トリンの身の上

 その日の夕食の時間となった。

 今日はトリンと一緒に食事する予定なので楽しみだ。

 オレが1階のメインダイニングに行くと、既にトリンは座ってオレを待っていた。


「ご主人さまがご到着されました」

 ソニアにそう言われて、トリンは立ち上がってオレを出迎えてくれた。

 今度はメイド服ではなく、足まで隠れる白いドレスのようなワンピースを着ている。

 どこかで見たこと有ると思ったら、ベトナムの民族衣装アオザイに似ている。


「カイト様、こんばんわ。

 本日は夕食にお招きいただき、ありがとうございます。

 私のような者が、カイトさまと席をご一緒させていただいて宜しいのでしょうか」


「逆に大歓迎だよ。

 せっかくの美味い料理だし、ひとりで黙々と食べるのは味気ないからね。

 これからは毎日一緒に食事しよう」


「はい、ありがとうございます。

 私も一緒にお食事できて嬉しいです」


「ところでその服、よく似合ってるね」

 着席すると向かいの席に座ったトリンの胸に自然と目が行く。

 そんなに大きくないが、出るところはちゃんと出ているし、細身の割にはスタイルも悪くない。

 昨日は髪を結んでフードに隠していたから少年のように見えたが、今は肩まで黒髪を垂らし、笑うとドキッとするくらい可愛い、とびきりの美少女に変身していた。


「ありがとうございます。

 この服はソニアさんが、今夜のために用意してくれたんです。

 シンプルで、動きやすいし、このドレス気に入りました」


「そうなんだ、ソニアは優秀だから、姉だと思って何でも頼るといいよ」


「分かりました、それじゃ色々と甘えちゃいますね」

 そう言ったトリンの笑顔がヤバいくらいに可愛い。

 昨日は海岸に打上げられた流木だと思っていたのに、それがこんな美少女に変身するとは思いもしなかった。


「今日の夕食は中華料理のフルコースでございます」

 ソニアがそう言って合図するとメイドたちが次々と料理を運んできた。


「さあ、遠慮なく食べて。

 今日はトリンの歓迎会も兼ねてるんだから…」


「はい、ありがとうございます。

 どれも私が食べた事のない料理ですが、とても美味しそうです」

 トリンは目を輝かせ、メイドたちが取り分けた料理を食べ始めた。


「これ、ピリ辛だけど、とっても美味しいです」

 そう言ってエビチリを口いっぱいに頬張っている。


「そんなに頬張らなくても沢山あるから」

 何日も食べてなかったんだから、まあ仕方ないか。


「遭難して大変だったね」


「そうなんですよ、もう死んだと思いました」

 いきなりダジャレかよ?

 オレが苦笑していると、トリンはそれに気づかず真顔で続けた。


「私は、東の大陸からソランスター王国のサンチュラ港に向かっていたんです。

 その日は、晴れていて船は陸地から見える所を航行してました。

 その内、突風が吹き始めて、見る見る内に大きな竜巻になって、あっという間に船が飲み込まれてバラバラになったんです。

 それで気が付いたら、大きめの破片に乗ってて、そのまま5日くらい漂流しました。

 船に乗る前に水と食料を少し買っていたので、それで数日間凌いだんです。

 周りには船の残骸がたくさん浮かんでいましたが、人は見えなかったです」

 トリンは、目に涙を浮かべながら、その状況を説明した。


「それで夜に大波が来て海に投げ出されて、私このまま死んで魚の餌になるのかなって思いました…

 そのまま気を失っている内に砂浜に打上げられたみたいなんです。

 それで誰かがコンコンってノックするから、煩いなぁって振り払ったら海鳥で、もう立つ気力もなくて、何回も振り払ってたら、大丈夫かってカイト様が助けてくれたんです…

 これって奇跡ですよね、スゴクないですか?

 私、あそこで見つけてもらえなかったら、鳥さんの餌になってました~」

 トリンはニコニコと呑気に笑っている。

 芯が強いのか、根が明るいのか、トリンは前向きな性格のようだ。


「トリンは強いな~、普通だったらメゲルんだけどな。

 まあ偶然にしても、あそこでトリンを助けられて本当に良かったよ」


「でも、あの竜巻で遭難したお陰で、こうやってカイト様にお会いできたし、それに錬金術師として雇っていただいて結果的には良かったと思ってます」

 トリンは笑顔で中華を食べ続けた。


 本人にとっては辛い話には違いないから、これ以上この話は聞かないで置こう。


「ところで部屋は気に入ってもらえたかな?」


「はい、豪華すぎて私には勿体ないくらいです。

 ベッドはフッカフカでお布団も羽毛布団だし、嬉しすぎて今日は寝られないかも知れません。

 それにお部屋に洗面台やシャワーまで付いてるんですよ、贅沢過ぎません?

 あんなに豪華な部屋じゃなくても良かったんですが、私があの部屋を使っても、いいんでしょうか?」


「ああ、他の客間も全部似たような感じだし、それに誰も使ってないからね。

 トリンとは主従契約したし、報酬の一部と思って使うといいよ」


「ありがとうございます。

 私、その分お仕事ガンバリマスね」

 トリンは、そう言ってまた笑った。


 ホントに、この娘の笑顔キラキラしてて素敵だなぁ、いつまでも、ずっと見ていたい笑顔だなぁとオレは思った。

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