第四話 悪の戦闘員

 悪の戦闘員が一人、セブンと自称している青年がいる。

 彼は、グレをこじらせた時にネットワークで見かけたを面白がって、戦闘員としてノルマ――住処直近の英雄種に対する戦闘行為――を行うのを楽しみにしているヒネた男子だ。

 今日も、仲間――独りだけの――と一緒に顔面まで覆った真っ黒全身タイツ正装で馴染みの山口佐登志におどりかかったセブンは。


「……やられたー」


 重々手加減された一撃で弾き飛ばされて、空き地で伸びるのだった。


「くそー」


 最近プライベートにてブラックベルトをいただいたことで得ていた自信を手の甲で木っ端微塵にされ、傷心を覚えたセブンは戦闘継続中の超人のことも人の目も気にせずその場でごろごろ。

 ムキムキマッチョのタイツマンがそんなことをしてるのは大変気持ち悪いものだが、しかし彼は耐えられず黒に土埃を塗布しているかのように、地面に向けて身じろぎしてままならない心地を存分に発散するのだった。

 真っ当に努力してもこれだよ、やってらんねえ、とこの世の不条理を彼は何時ものように嘆く。


「終わりだ」

「えへへー、楽しかったー」


 とそれなりに健闘していた仲間――先輩の戦闘員ファースト――もそんなことをしている間にやられていた。とすん、きゃっきゃと彼女は尻もちつきながら笑っている。

 きっと、佐登志はぴちぴちタイツで明らかな少女体型に攻撃しあぐねていたのだろう。セブンも英雄種様がこのちっちゃい悪の戦闘員をイジメたら問題だろうと気持ちはわかる。

 とはいえ高速裏拳一発で片付けられた自分と違ってファーストは、優しい手加減チョップなのはどうだろうとも思うのだ。

 そんなに女に甘いから、水上先輩が構って欲しくて度々遊び戦闘しにくるんだぞ、とタイツ生地に空いた二つジト目でセブンは見上げる。


「はぁ……」


 彼のそんなもの言いたげな目線に気づいたかどうかは分からない。

 とはいえ、川園市担当ヒーローである佐登志は、腐れ縁となった悪の戦闘員たちとの不定期な会敵への疲れを隠せなかった。

 襲ってくるのは毎週一度以上、果たしてこれで何度目か。最初は真面目に対応していたが、彼らにとって悪のノルマはただの腕試し的なものだと気づいてからは、佐登志にとってもう面倒でしかない。

 懲りない奴らだとため息一つついて、全身黒タイツのマッチョと幼女のナリをした自称戦闘員の変質者達に、青年は説くのだった。


「お前らもう来んなよ?」

「はっ、いやだね」


 しかし、セブンは取り合わない。嫌でも真面目に働くヒーローに、楽しく不真面目をする戦闘員はどうしたところで違うのだから。

 にらみ合う、青年と青年。過度な暴力は非推奨であるが、もう一度強めにお灸をすえた方が良いかと思う佐登志は背高の位置からセブンを見下ろす。


「また遊ぼうねー!」


 反して、もうオフな気分なのだろう、悪の戦闘員ファーストこと、水上はじめちゃんがマスクを外し両手を挙げて隣で手を振っていた。

 笑窪の隣にこけしに近いボブカットがきらきらと揺れている。彼女自身はこれでも色々謎で年齢不詳ではあるがどう見ても幼気な彼女の様に、男どもは毒気を抜かれた。


「はぁ」


 ため息は、どちらか。とりあえず、もうどうでもいいやと彼らの狙い通り不真面目な気持ちになってしまったヒーローは背を向けて。


「メンドくさ……」


 そんなことを言って、去っていったのだった。無駄のない体が、一切ぶれることなく遠くに向かうことをセブンはなんとなくむかつきながら眺める。


「じゃーねー! セブンも、また遊ぼーね!」

「はい。またよろしくお願いします……と」


 そして、今度は両手をこっちに向けてブンブン振って去っていく上機嫌な水上先輩を他所に真似して帰ろうと膝に力を入れ。


「あ……腰、超痛えじゃん。立てねえ」


 自業自得に地面に打ち付けた腰に思ったより痛みを覚えて、立ち上がるのに失敗するのだった。





「はぁ。こりゃ、次のノルマは延期だな……」


 空き地は公園近くで、自然水道も付近にあったために、セブンは痛めた腰を冷やして楽にすることに成功した。

 現在、ヒーローに空手で挑んだ青年は、全身タイツをびちゃびちゃに濡らしてしまっている。張り付いた衣類でその盛り上がった肉は更に目立ち、実にマッシブだった。

 これでも佐登志と比べてしまっては大して強くはないのだから、残念なものである。


「クソ、あんだけ練習した受け身に失敗するとは、オレらしくねぇ」


 ちなみに患部を冷やすために水につけたマスクを使ったセブンは、銀髪碧眼のイケメンである。面に走る苦味もアクセントになるくらいには、実は彼は格好良かったりするのだ。

 身体を包む黒のぴっちりしたタイツだって、その顔面の下にあればセクシーなものに映らなくもなかった。


「絞って……と。これでいいか。うわ、冷てぇ」


 とはいえ、そのことに本人が意味を見出していなければ、意味はない。やっぱ最高のデザインだよなこれ、とズレた美意識をもってびしょ濡れの変質者風マスクを彼はかぶり直す。


 そうして出来上がるのは、ベンチに座るてっぺんから爪先までびしょびしょに濡れた全身タイツマン。嫌に肉感的なマッチョであることもあいまって、通報ものの存在である。


「お。いたいた」


 しかし、そんな変態的見た目を気にせず、寄ってくる少女が一人。

 ぽややんとした表情を発見に更に緩めた彼女は、遠野邦美。ストレートヘアを走りとともにぴょんぴょんさせながら近くまで来て、あろうことかセブンを指でつんつんするのだった。


「つんつん。ヒロちゃん、大丈夫?」

「邦美……この姿の時は、後藤宏じゃなくて、セブンと呼んでくれよ……大丈夫だ」

「そうだった、この衣装の時はななちゃんだったね! ななちゃん、お手々いる?」

「ん? あー、手を貸して起こしてくれるんなら、助かる」

「はい!」

「よいしょ、っと」


 そして、ヒーローのズッ友は悪の戦闘員を起こす。もう痛みは引けたようで、セブンこと宏も気持ちよく起き上がることが出来た。

 気になり楓の樹の下、にこにこの邦美を前に宏は、問う。


「そういえば、どうしてオレがここに居るって分かったんだ?」

「え、サトくんが教えてくれたよ? あのタイツ腰やったかもしんないから、フォロー頼むって。ねえ、私冷却シート持ってきたけど、いるかな?」

「熱冷まし用で別に湿布じゃないんだな……今は要らないがまあ、せっかくだから風邪ひいた時用に貰っとくか」

「はい!」

「更には子供用だな、これ……ちっちゃ」


 言い、宏は子ども用熱冷ましのシートの束を邦美から貰う。

 熱に苦しむ子供がシートを額に乗っけている図案が確りとそこに描かれていることを確認してから、宏は続ける。


「にしても、佐登志のヤツ、オレのことちゃんと気にしてたのな……ツンデレだ」

「んー? そうかもだけど、ツンデレなら陽子ちゃんの方がもっと似合うかも!」

「陽子……あー……あのスーパー系の女か。あいつは確かにそんな感じだったな」


 ツンデレ談義の中、びしょ濡れマスクの奥にて宏は陽子の姿を思い出す。

 佐登志のようなスーパーヒーローに近い系統の少女。ただのスーパー系でしかない、一般人。

 普通を愛しているのに、それに一々噛み付く変わった子。彼にとって陽子はそんな印象だった。


 あいつ笑えば可愛いのにな、と思いながら――意外にも宏は女性の趣味は普通である――確かにあっちの方がそれっぽいかと彼は思い直す。

 とはいえ、殴った相手を隠れて気遣う佐登志がツンデレかどうかといえば、ツンデレだろう。そして、宏は男のツンデレが嫌いである。苛立ち隠さないまま、彼は言った。


「ったく。やっぱり佐登志はいけ好かねえわ。あんなのがモテてハーレム作ってんのがムカつくわ」

「ハーレム? そんなにサトくんモテてるっけ?」

「え? だってその陽子とやらに、お前も仲いいみたいだし、最近綺麗な女と一緒に居るの見たぞ?」

「あー……どっちかというと、サトくんがハーレムの一員で、だからそう見えちゃってるのかな?」

「うん?」


 首をひねる、黒張りマッチョ。宏には、引力の中心が陽子であるとは思えない。

 何しろ。


「え。だって佐登志、なんだかんだ格好いいし、モテて当然だろう?」


 宏にとっては、彼が一等星なのだから。だから目が離せずに挑んで、オレを見ろとしてしまう。

 オレをヒーローが、そうであるからこそ救われる側になって欲しいとセブンは戦うのだった。

 佐登志も戦闘員のそんな内心を察していて、だからこそ粗雑過ぎる扱いはためらわられる。


「あはは……ななちゃんから見たら、そうなんだろうね……」


 男の子の、男の子に対する複雑な情。

 そんなこんなを全てまるっと知っている邦美は、困ったように微笑むのだった。


 おとこのこかけるおとこのこ、ってちょっと私には敷居が高いなあ、と思いながら。





「ふむ……」


 悪の戦闘員を自称している青年、セブンこと後藤宏。

 そんな彼にもオフがある。いや、本来ならば学生の彼にとっては悪の戦闘員をしている時こそオフなのだろうか。

 ならば、頑張りスイッチをオンにしている今は当然宏は緩んでいないということになる。


 そして、立場に依って特注された白い学ランを羽織って、責務に励む彼は、明らかに勤めてもいた。

 背中を柔らかな椅子に深く預け、少しその整った面をしかめながら、彼は文章を読んだ感想を言う。


「なるほど、ね。嘆願書は確かに目を通したよ。成果と結果、そして運動に文化、それぞれ部費のバランスに関して、ここまで意見が出せるのは多田野君、キミが全部の部活動に励んできた成果でもあるだろう。誇っていいよ」

「なら……!」

「でも、やはり予算の紐はどうにも硬くてね……この嘆願通り、というわけにはいかない」

「そう、ですよね……」


 何時もの奔放な髪束すらしんなりと。陽子は宏の前で項垂れる。

 どうやら部費に関する嘆願書を届けたようだったが、旗色の悪さを彼女は気にしているようだ。

 自分が無理を通そうとしていることを承知しているからだろう、陽子も何時ものはっちゃけぶりはどこへやらだった。

 それを見、これが本当にあの噂のツンデレなのかねぇ、という内心を残念イケメンフェイスで隠して宏は諭す。


「しかし、だね。硬いといえども決してどうしようもないわけじゃない。そこをどうにかして嘆願に近づけてみるのが、オレの役目なのだろうね」


 そうして宏は微笑んだ。

 それは変質的格好で特定人物に襲いかかることを趣味にしている人間とは思えないほどに、爽やかなもので。


「ありがとうございます! 後藤!」


 そうしてすっかり、陽子は宏のことをいい人だと思い込んでしまうのだった。



 そう、生徒会長が悪の戦闘員であることを知っている人間は、意外なほどに僅かなのである。

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