第二話 下らない
山田
静はありきたりの当たり前。前屈を行えば、大して曲がらず、けれども確りと平均値に届き、頭を働かせれば大抵の人に並ぶことは可能で、しかし天才には届かない。
少女は人の得意には届かずに、しかし苦手だってろくになかった。
普通。そんな、セカイを常に半分こに見える位置に立ち続けた彼女にとって、全てはどうにもつまらない。上も下も大差なく、ならばどうでもいいだろう、と。
「何をしたところで、変わらないですし」
だが、そんな彼女は顔面ですら瑕疵一つない中央値、つまり絶世の整いを保持している。
美しいわけではなく、おかしくないからこその満点。綺麗、と静はどれだけ思われたことか。
普通であるからこそ、貴ばれる。当たり前に、山田静という女の子は人間の基調。ドレミファソラシド、それだけでも美しさは奏でられた。
「私としては、変調こそが大切ですが」
さて、そんなセカイを嫌った普通に綺麗な女の子は、実は大層セカイに嫌われてもいたのである。
みんな違って、みんないい。けれども一人だけ変わらないのであれば、それは悪いのかもしれなかった。セカイは少女に苦味を覚える。
まあ、不味くても体にいいならば、我慢して口に含むことは可能だろう。とはいえ、それも不調であれば続けていられやしない。
ましてや、所属していたのが全身ずたずたのボロボロで、今にも終わってしまいそうなセカイだったならば。
セカイが他所に向けてぺっ、と彼女を吐き出してしまったのは、仕方のないことだったのかも知れない。
「あらあら」
そうして、今や山田静は異世界の空の上。眼下に、大差ない全てを望んで呆れ返る。
この星が地球だったのは重力に引かれる前に確認したし、そして今落ちて向かっているのは前のセカイの日本と大差ない形をした島国の中心付近。
更に言えば、このままだと勝手知ったる川園市に落下していくのだろう。上から下に認めてみても静の好きなどどめいろなど無く、感動するには足りないまま前と変わらない予定調和に向かっていることを、少女は実感する。
「ゲームオーバーになったらホームポイントに戻されるのは、ゲームと同じなのですね」
言って、少女はなんとなく自分がゲームの中の勇者になったような気がして、しかし己はそんな大したものでないことにちょっと落ち込むのだった。
落下の勢いに、びろうどには届かない程度に整った長髪が靡く。けれども、それくらいで、彼女は辛くもなんとも感じない。
なぜなら綺麗でしかないその顔は、風圧のような強力な自然法則にすら歪まされていないのだから。
まあ、それはそうだろう。この中心点の少女が違ってしまうことなんてそう、あり得ないのだ。何しろ。
「当たり前が、なくなるわけがない」
そういうことである。
有為転変な弾力を持ったセカイと違って、カチコチな法則に山田静は守られている。縛られているといってもいい。
不変。自称、どこにでも居る少女は、両手で抑えたスカートをばさばささせながら真っ直ぐに落ちていって。
「げふ」
「あら。ごめんなさい」
倒れ伏した青年のみぞおちをつま先で踏み抜くのだった。
白。気を失う寸前に観たその光景を、山口佐登志はしばらく大事にすることになる。
「わわっ、今度は女の子に踏まれてサトくんがぺちゃんこに!」
そんな普通がただ当然に落っこちてきただけの事態。けれども、知らない人間には女の子が空から落ちて、男の子を踏み潰したように思える。
柔らかな全身をびくりとさせてから、遠野邦美は唐突な追い打ちを食らった彼を診に近寄っていこうとした。
「わ」
「待ちなさい!」
けれども、少女の拙速はツンツンしながらも柔らかな掌によって停められる。
そう、それは陽子がスケベな面して気絶している青年の安否よりも尚、落ちてきた少女を警戒したための行為。
牙のような八重歯を見せながら、ぐるると彼女は全身怒らせ叫んだ。
「っ! 何よあんた!」
そう。なんなのだお前は。見ない制服とか、度を越した綺麗さとか、なんか私より強そうだとか、そんなの全てどうでもいい。
こいつはこんな唐突に私達の愛おしい日常に闖入してきて、そして。
そんなにつまらなそうな顔をしちゃって。
笑えばきっと可愛いだろうに、むかつく。
「ごめんなさい。私は――」
初対面の少女に睨まれている。静にはそれが不思議で、少し心地良い。
プラスもマイナスも、中間は受け慣れている。けれどもこれほどまでのとびっきりの敵意は久しぶり。だからこそ、ちょっと勿体ぶった。
「なによ」
すると、当然のように視線は熱量を増す。射殺さんばかりに強い陽子のがんくれを彼女は面白がって。
その所作は、舞には届かない気づかない程度の綺麗に対する工夫。
けれども、彼女の身じろぎはそれだけでわくわくするほど、冒険を感じさせる。
だから、思わず感動にぼうっとしてしまった陽子の前で、ゆっくりと少女は常識的な愛らしさの唇を開いた。
「山田静。どこにでも居るような、くだらない女の子よ?」
静は改めて、セカイに向けて自己紹介。そのまま窮屈にも下手っぴなカーテシーを行う。
場違いに、けれどもそれはぴったりと当てはまる光景。つまり、絵になる綺麗だ。
「む……」
そして、短めのスカートが際どくまくれ上がるのを見た陽子は、あ、白いのね、と思うのだった。
「わ、真っ白だ! ……あ」
反して、素直に過ぎる邦美は眼前のパンツの披露を素直に表現してしまう。良くないと、言ってから口をチャックしたが、その声は、性格同様に、辺り一面に耳障りよく響いた。
そしてざわりざわりと声が上がる。
「白? 倒れてるヤツの顔色か?」
「いや、山口はむしろ鼻血で真っ赤だが」
「なら白ってなんだ?」
何事かと倒れ伏した彼のことを気にしだした登下校中の周囲は、奇しくもその音を拾って。
白、白って、と口々にざわめくのだった。
彼らはまさかと、どうしてか倒れた青年のそばで顔を真赤にしている少女がその色を履いていることを想像できない。
「うう……」
ただ、普通な感性を確り持ってしまっている山田静という女の子は、周囲の探索と自分の行動を振り返ったところで照れを覚えて。
少女は邦美がごつんとしばかれる姿を余所目に、ぎゅっと、プリーツスカートの端を握りしめる。
「忘れて下さい……」
やがてそう消え入るような小声で言って、衆人環視の中、顔を覆う。
静は、ごめんね、と陽子が自分の肩を慰めるために擦ってくれたことを、流石にありがたく思わずにはいられなかったという。
そう、思わずその面を隠してしまうのは。下らない、そんな相手だからこそ。
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