【第二部】村長(♂)と勇者(♀)

1、宿屋の定義



「‥‥‥何故、宿なのに風呂とトイレが無いのだ?」


 椅子に座り足を組みながら魔王。


「うちの宿屋には昔から無い!」


 驚くような顔で勇者マルチナ。


「料理の提供も何故しない?それにベッドも無く、毛布一枚で寝なければいけない宿など聞いたことがない」


「それは祖父の代からの方針だ!」


「‥‥‥野宿と変わらんではないか」


 ここは勇者マルチナの実家の宿屋。

 宿屋の経営状況を確認しながら、帳簿片手に魔王は頭を抱えていた。


「‥‥‥そんなに酷いのか?」


 勇者マルチナは俯いて魔王を見た。


「‥‥余なら泊まらん」


「‥‥そんな!」


 凄く傷つく勇者マルチナ。


「勇者マルチナの母よ、経営方針とやらを改善しても良いか?」


 魔王は自分の正面に座る女性を見つめた。歳はいってそうだが、美しい顔をしている。


「魔王君、エリーゼって呼んでね。私は魔王君に全て任せるわ」


 エリーゼは艶っぽく微笑む。


「では勇者マルチナの母よ、色々変えさせて貰うぞ」


「魔王君、エリーゼって呼んでね」


「‥‥まず宿を移転する」


 エリーゼの言葉を聞き流し、魔王は部屋を出て行った。

 勇者マルチナも後を追う。

 




 カークス村。

 数十件の民家が中心の広場を囲むように軒を連ね、その周りには畑が広がっている。

 店もなく、村人は畑を耕し生活していた。


「‥‥何故、広場で行商人がバザーを開いているのだ?」


「冒険者が多くなったからだろ?」


「‥‥いや、何故村で店を開かん?行商人が儲けても村には何の得にもなるまい」


「‥‥皆、畑が忙しい!」


 宿だけでなく村ごと駄目だ。


「村長に話がある、案内せよ」


 魔王は後ろを歩く勇者マルチナに言い放つ。


「私の母が村長だ!」


「‥‥‥‥‥案内せよ」


 宿屋に戻る魔王。





「村長、話がある」


 椅子に座り足組みの魔王。


「魔王君、エリーゼって呼んでね」


 艶っぽい村長。


「この村を移転したい」


「この村の事は魔王君に任せるわ」


「では村長、村ごと引越して貰う」


 魔王は真っ直ぐ村長を見つめた。


「魔王君、エリーゼって呼んでね」


 魔王は立ち上がると軽くお辞儀して部屋から出た。

 




「魔王様、新婚生活は如何でございますか」


「‥‥‥結婚しておらん」


 村の外に呼び出された、跪くガーゴイル。


「先に一つ報告が、邪神のいる冥界に入る方法は未だ掴めておりません」


「‥‥‥そうか、引き続き頼む」


 頷くガーゴイル。


「して、本日はどうされました?」


「流離のダンジョンの入り口に街を作れ、この村ごと移住させる」


「‥‥‥何の為にでございますか?」


「村ごとまとめて儲けさせる」


「‥‥‥‥何の為にでございますか?」


「村が繁栄したら宿屋が儲かるであろう?」


「‥‥‥はっ!」


 街の設計図を受け取り飛び去るガーゴイル。





「其方、ずっと付いてこないで良いのだぞ」


「駄目なのか?!」


「‥‥‥駄目ではない」


「ならば良し!」


 ニコニコする勇者マルチナであった。




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