親孝行

とーとろじー

親孝行


 睡魔と戦うだけの授業がやっと終わった。とはいえ、今日は3限のみだった。昼夜逆転しているために、午前中は爆睡していて、正午ごろに腹がすいてやっと起きた。支度が面倒くさくてダラダラしていたら授業に10分くらい遅刻した。あともう5分遅れていたら欠席扱いだった。危ない。もうすでに15回の授業の内、4回は欠席になっているので、あと一回欠席したら落単だ。

 雪が降る気配は全くなく、快晴の日が続く近頃、日光の暖かさのありがたみを感じる一方、強い光線が低い角度で目を直撃してくるので眩しくて不快だ。サークルや部活に入っていない悠太は大学生活を満喫している奴らから逃げるようにキャンパスを出て、日陰に沿って帰った。

 ばたん。薄暗いアパートの玄関でほっと溜息をつく。やっぱ家が一番落ち着く。床に散乱する物をまたいで小さな一室の中で悠太が拠点としている布団に倒れこむ。ああ、疲れた。

 布団にくるまってスマホゲームをする。一日24時間の内、大半はゲームに費やされる。やらなければならないこともいろいろあるが、ついつい後回しにしてしまってなかなか手が付けられず、課題など期限ぎりぎりになって慌てて半端なものを仕上げるのだった。

 ふと思った。こんなゲームして何になるんだ。一生の時間は限られている。なのに俺はゲームばっかやって、莫大な時間を浪費している。焦燥、後悔、虚しさ。スマホを置き、枕に顔をうずめて溜息をついた。前にも何回も似たようなことを思ったことがある。しなければならないことをほったらかしにして、ゲームばっかやって、親が授業料を払ってくれて、仕送りもしてくれているのに、俺は何をやっているんだ。情けない。申し訳ない。そう思っても、しばらくするとまたゲームをやり始めるのが常だった。

目を開けて布団に突っ伏したまま乱雑な部屋を眺める。片付け、しなきゃな。何回もそう思ったことはあったが、やはり面倒くさくて掃除ができず、部屋の汚さは増すばかりだった。

物の山の向こうに、紙袋の取っ手が見えた。新潟の名物の一つである河川蒸気だった。悠太は起き上がって、紙袋から菓子の入った箱を取り出した。裏の成分表示等の書かれたラベルを見てみた。賞味期限は1週間前に過ぎていた。悠太はもてなしのためにきれいに包まれた箱を雑に開けた。


3か月ほど前、悠太はバイトを始めた。引っ越しのバイトで、ひょろい悠太には肉体的にしんどかった。翌月、初めての給料をもらった。一歩おとなに近づいた気がして、少しうれしかった。自分で稼いだ最初の金を何に使うかをまだ決めていなかった。悠太は、子供が大人から見たらしょうもないようなものをきらきら輝く宝物のように大事にしまっておくかのように、その金をそっと箪笥の底にしまっておいた。そんなに多くない金の入った封筒は、しばらくすると持ち主の記憶の中から消え、一か月放置された。

洗濯をさぼっていたために、箪笥の中身が底をつきそうになった時、その封筒は持ち主によって発見された。悠太は、封筒を開けてみて、お、結構入ってるじゃん、と思ったほどの馬鹿だった。

布団に腰を下ろし、力仕事をする男の手に近づきつつあるごつごつした手に持った封筒を見つめて少し考え、この初給は親のために使おうと決めた。親にはこれまで育ててくれたことに感謝しているし、今も授業料と仕送りをしてくれていることを有難く思っていた。そのお礼と言っては微かだが、何かしら感謝の意を示したかった。しかし、何をすれば親が喜ぶのか、よくわからなかった。色々考えた末、結局ここの名物を買って送ろうと決めた。母親は甘いものが好きだったので、河川蒸気を買った。買ったはいいものの、無知な悠太は郵送の仕方がわからなかった。ネットでググればいいのに、悠太は面倒でつい後回しにしてしまった。ほったらかしにし続けて一か月。やっと思い出して重い腰をあげたが、すでに菓子は賞味期限切れだった。

丁寧に作られた菓子をひとつ食った。甘かった。一日ひとつずつ食べようと思っていた。おやつには少し贅沢だったから。だが、もうひとつ食った。またもう一つ。止まらなくなって、一瞬で全て食べつくしてしまった。また無気力になった。何をやっているんだ、俺は。手から空箱が滑り落ち、狭いアパートにからんと音が響いた。


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