第72話 クリスマスイブ(エピローグ)
少し時間が過ぎて、今日は十二月二十四日、クリスマスイブ。今日は金曜日なのだが、俺は有給を取って休みにした。そして、希星は今日が終業式なので午後には学校が終わっている。
これから冬休みに入るということで、その懐かしい響きが羨ましくもあった。俺だって冬休みは経験してきたはずなんだけど、学生はずるいなぁ、とか考えてしまうのは何故だろう。
ともあれ、俺は以前約束した通り、今日は希星と過ごしている。過ごしているのだが……。
「私は、青野さんと二人で過ごすつもりだったんですけどね」
希星が不服そうに呟くのは、赤嶺も一緒にいるからだ。
午後二時過ぎの今、俺たちは喫茶店『アンバードリーム』へと向かっている。最寄り駅から降りて、あとは徒歩で少々だ。
「私だって諦めたわけじゃないって言ったでしょ? 二人きりでクリスマスイブを過ごすなんて許さないよ?」
希星と赤嶺が睨み合う。俺を巡って二人の女性が火花を散らしているなんて、本当に慣れないな……。
「……むぅ。でも、二人きりじゃないとできないこととかあると思うので、時間で少区切りませんか?」
「うーん、それも悪くないかなぁ。私も二人で話したいことあるし」
「じゃあ、そうしましょうよ。『アンバードリーム』では三人一緒に過ごしますけど、二人で過ごす時間も作る、と」
「了解。あ、青野君、そういうことだから宜しくね?」
「俺に選択権はないわけだな?」
「あるわけないじゃん。何言ってるの?」
「別に文句はねぇよ。あるのは戸惑いだけさ」
そんな話をしていたら、目的地にたどり着く。
店内に入ると、店主矢代が俺たちを出迎えてくれる。……サンタコスをしていることには触れないでおこう。
「わ、サンタですね! 似合いますよ!」
「あれ、もしかして何かプレゼントをもらえるんですか?」
触れないでおこうと思ったら、希星と赤嶺は思いきり触れていた。喜んでもいた。女性受けはいいみたいだな。男のサンタコスなんて……とか思うのは俺だけか。
「プレゼントはできないが、今日はケーキを注文してくれた人にイチゴをおまけで付けるようにしているよ。あと、似合っていると言ってもらえて嬉しいね」
ほっほっほ、とサンタっぽいイメージで笑う店主。まぁ、楽しんでいる人がいるなら、これも良いサービスなんだろう。
注文を先に済ませて、俺たちは店の奥へ。そして、クリスマスイラストコンテストで展示されているイラストを見に行く。三十枚ほどのイラストが綺麗に並べられていた。
俺と希星のイラストもきちんと展示されていて……店主の配慮なのか、二つは隣同士で展示されている。
希星のサンタ少女。
俺の、プレゼントを手にして喜ぶ小さな女の子のイラスト。
明示はしていないが、俺のは希星のサンタにプレゼントをもらった、というのをイメージして描いている。
俺と希星しか知らない連作だが、隣同士にしてもらえると感慨深い。
「これが青野君と希星ちゃんのイラストかぁ。なるほどなるほど。希星ちゃんの可愛くて楽しいイラストで、青野君はほっこりするロリコンイラストだね」
「ロリコン言うんじゃねぇ。至って健全だろうが」
「でも、今までで一番年齢の低い女の子のような……」
「何もいやらしい意味はねぇよ」
「そうですよ。赤嶺さん。青野さんが一生懸命に描いたイラストを、簡単にロリコンだなんだって貶さないでください」
「ごめんごめん、ちょっと冗談が過ぎたね。私、青野君のイラスト好きだよ。身内贔屓じゃないけど、一枚欲しくなったね」
「……私のはどうですか?」
「希星ちゃんのも素敵だよ。技術的には青野君に劣ってるのわかるけど、この雰囲気は好き」
「……良かったです」
希星がむにむにと唇を緩ませる。自分のイラストを褒められれば当然嬉しいものだ。
「あとは……あ、これもいいね。サンタにお礼を用意する子供たち。作者は……すずしぐれ? 確かこの子って……」
ガタン、と椅子が動く音。振り返れば、すずしぐれがこちらの様子をうかがっている。
「あ、火鈴! 久しぶり!」
希星がすずしぐれのところへ歩み寄る。すずしぐれは希星の顔を見て嬉しそうに笑い……また、俺の方を見てから気恥ずかしそうに視線を逸らした。ちょっと気まずい、かな。
「ふぅん……青野君、あんまり色んな子に手を出すものじゃないと思うけどなぁ」
赤嶺が眉をひそめながら言った。
「なんのこっちゃ」
「しらばっくれちゃって。ま、でも、そっか。同い年くらいでも……やっぱりイラストの上手さって全然違うんだね……」
赤嶺が改めて希星とすずしぐれのイラストを比べる。すずしぐれのイラストの方がクオリティも高くて印象的なのは、イラストに特別な興味がなくてもわかるようだ。
「希星ちゃん、これから大変な戦いになりそうだね」
「ああ、そうだよ。生きていくだけなら、ただ普通に勉強していく方がよほど簡単だ」
「それでもあえてイラストとか絵の道を行くのか……。すごい情熱だ」
「本当にな」
「でも、青野君だってそうしたかった時期があるんでしょ?」
「ああ、あるよ。そんで挫折した」
「そっか……」
「挫折は悔しいが、それも悪いことばかりじゃないと、今は思っているよ」
「あ、ちょっと、何を二人でこそこそとおしゃべりしてるんですか!?」
すずしぐれの元から希星が戻ってきて、不満そうに俺と赤嶺の間に割って入る。
「希星ちゃんが勝手に離れたんでしょ?」
「……そうですけど。それはそれ、です」
「都合がいいんだから」
「私も少し大人になったってことですよ」
「嫌な大人になっちゃったものね」
「真正直に戦うだけでは追いつけませんから」
それから、希星が改めて展示されているイラストを見ていく。そして、深い深い溜息を吐く。
「はぁ……わかっちゃいましたけど、私って絵を描く人の中では全然上手くないんですよね……。凹みます……。っていうか火鈴上手過ぎ……」
「諦めるか?」
軽く問いかけると、希星はキッと俺を睨んでくる。
「諦めません。そんなことは微塵も思いません。火鈴にだっていずれ追いつきます」
「……負けない」
ぼそりと呟いたのはすずしぐれ。まだまだライバルと呼ぶには希星の実力不足だが、意識しあえる同年代がいるのは良いことだ。
「私だって、すぐに上手くなるから。ちょっと待ってて!」
「待たない。置いていく。引き離す」
二人のやり取りに、おっさんの俺は心底嬉しくなってしまう。
青春だよなぁ。
「いいね、こういうの。側で見ていられて、本当に楽しいわ」
赤嶺も楽しげに微笑んでいる。
「そうだな」
「ちょっと、また二人で勝手に共感し合わないでください!」
「忙しいな。落ち着けって」
「落ち着くなんてもったいないじゃないですか。今日はクリスマスイブですよ? 浮かれててもなんとなく許される特別な日ですよ?」
「……それもそうか」
希星に釣られて、俺も普段より気持ちが高揚してきた。
俺たち三人がこの先どうなるかはわからないが、楽しい未来が待っていると無責任に思っていよう。なんたって、今日はクリスマスイブだからな。余計な悩みなど忘れてしまえ。
俺たちのことだけじゃなく、クリスマスプレゼントとして希星の似顔絵を送ったご両親のことも、上手く関係が修復できると信じたい。
今のところはまだ反応もないが、自分でも良く描けたと思う。詩遊からの評価も良かったから、たぶん自画自賛だけではない。
さて、ある程度でイラスト鑑賞は切り上げ、三人でテーブル席に着く。また、希星の提案で、すずしぐれも同席することになった。すずしぐれは恐縮していたが、希星と赤嶺のコミュ力のおかげですぐに緊張も解れた。
じきに注文していたケーキセットが三人分届いて、確かにイチゴもついて来たのだが……俺のだけ、何故か毒々しい赤いソースがかかっていた。芸がないが、今回も激辛に違いない。
「青野さんのめちゃくちゃ辛そうなんですけど、なんですかそれ!?」
希星は所見なので驚いている。俺と赤嶺は苦笑するばかり。
「まぁ……店主の遊び心だ」
「……青野さん、食べるんですか?」
「……食べ物は粗末にできんさ」
仕方なく、俺はその毒イチゴを口に放り込む。口内を蹂躙する激辛にむせながら、どうにかこうにか胃の中に落とし込む。
「あ、青野さん、これ、どうぞ!」
「青野君、こっちがいいんじゃない?」
希星と赤嶺が、フォークで掬ったケーキの切れ端を俺に差し出してくる。
……これは、どちらを選ぶのが正解だ?
迷う俺。口内は大火事。そして、俺たちの様子を見ているすずしぐれは苦笑。
「……これ、なんてラブコメ?」
ぼやく声に応える余裕はなく、俺はただ目の前に差し出された二つのケーキを見比べるばかりだった……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
後日談。
イラストコンテストの結果、俺も希星も入賞はしなかった。入賞はすずしぐれだ。
ただ、俺と希星のイラストを気に入ってくれた人もいて、五十人の投票の結果、俺は十二票、希星は七票を獲得。
なかなか悔しい結果で……悔しいと思うなら、俺もやっぱりまだやるべきことがあるのかもな、と思った。
希星もかなり悔しがっていたが、まだまだ努力するべきことがあることに燃えていて、良い素質を持っていると思った。
希星の今後の成長に期待だ。
ああ、それと、希星の母親からプレゼントした似顔絵の反応があり、「こんな笑顔の希星を見たのは何年ぶりかしらね?」とのこと。
まだまだ和解にはほど遠いかもしれないが、希望は持てる反応だと思う。
最後に、希星と友達も既に関係を修復している。向こうから謝ってきて、それで解決だ。
ともあれ、希星と赤嶺との関係は、まだまだまだまだ続きそう。分不相応な幸せに戸惑いはあるが、まずは希星の人生を買った分の責任は取らないとだな。
一人で過ごしているときの気楽さとはもう無縁になっているけれど、この幸せは手放したくない。
楽をするために生まれてきたわけでもあるめぇし、と自分を奮い立たせて、じっくり頑張っていこうと思う。
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