第20話 レポート
十一月六日土曜日
最初のレポートを提出します。
今日は朝から青野さんのお部屋にお邪魔しました。昨夜、鞄を預けっぱなしにしてしまったので、それを取りにうかがったのです。
そのついでに、青野さんのお部屋にある絵の資料やパソコンも見せていただきました。まずはたくさんの資料があることに驚きました。私はあまり資料などを見ないでなんとなく絵を描くことが多かったですが、それでは不足しているのだと痛感しました。私よりもよほど絵の上手い人でもたくさんの資料を必要とするのですから、私のような初級者には当然必要になるものですね。
……それにしても、やはりというべきかなんというか、女性のヌード資料などもあったことに少しドキドキしてしまいました。あえて開くことはしませんでしたが、そういうもので絵を学ぶこともあるのでしょうね。
(私がモデルになれば青野さんの力になれるでしょうか?)
また、初めて触れるデジタル機材も新鮮でした。初めてなので当然ではありますが、全く上手く描くことができません。青野さんはすいすい描いていくので、練習が大事なのだと思います。いずれは青野さんに追いつけるように頑張ります。
それと、今日は青野さんが私のバイト先であるコンビニに来てくださいました。ちょうど私がお客様とのトラブル対応をしていたときで、颯爽と現れてくださった青野さんがヒーローのようでした。(本当にそう思っちゃいました。まさか、ずっと様子をうかがっていて、あのタイミングで現れたとかじゃないですよね? こっそり見られると恥ずかしいのですが……)
トラブル対応の様子を見て、やはり青野さんは大人だと思いました。きちんと相手の話をうかがって、状況を整理して、責任が誰にあるのかなども説明して、今後どうすれば良いのかもまとめて。
私一人ではどうにもできなかったところを助けてくださって、本当にありがとうございました。また、私の落ち度もきちんと指摘して、こうするべきだと教えてくださったことにも感謝しています。
バイト終わりには、青野さんに食事に誘っていただきました。『幸せ工房』というイタリアンのお店で、パスタもピザもサラダもとても美味しかったです。
料理も特別でしたが、私たちのためにたくさんの支援をいただけると約束してくださったことにも、感謝の念に絶えません。私一人の稼ぎでは行き詰まっているのはわかっていて、これからどうすれば良いのかと不安で良く眠れない日々も続いていました。
青野さんが現れてくださって、私に手を差し伸べてくださって、私の間違いを指摘してくださって、私は救われました。
それに、食事の際にも、たくさんのためになるお話をしていただけて、元気が沸いてきました。
……本当はもっとたくさん書きたいのですが、既に規定の時間を大きく過ぎてしまっています。本日のレポートはここまでとします。
本日は本当にありがとうございました。今後とも宜しくお願いします。
***
夜十一時頃にメールで送られてきた藍川のレポートを読み、俺は気恥ずかしい気持ちで一杯になる。ベッドに寝転がりながら、ふぅー、と長い息を吐く。
色々と突っ込みどころがある。藍川はまさかヌードモデルでも引き受けるつもりなのか、とか、俺をヒーローと称するなんて止めてくれ、とか。
ただ……やはりというか、藍川はどうも俺に対してかなりの好意を持っているように見受けられる。ただのスポンサーとしてではなく、一人の異性として意識している感じがあるのは否めない。
そのことを嬉しく思う部分はもちろんある。おっさんの身分で女子高生に好かれるなんて夢のまた夢みたいな状況だと思っていたし、女子高生とは二度とまともに会話をすることもないのだと思っていた。
それなのに、藍川は俺と必要以上の交流を求めている。いったい何を考えているのやら。こんなおっさん相手に、どういう関係を築こうとしているのか。程良い距離感で接するのなら他人に文句を言われる筋合いもないが、接近しすぎれば俺は犯罪者として認知される可能性もある。それは非常に良くない。淫行などで警察のお世話になって、それが会社や家族にも伝わるとか嫌すぎる。
「……あんまり二人で会わない方がいいよな」
藍川があまりにも俺に接近しようとしてくれば、俺だって何をしでかすかわからない。今はまだ理性を保っていられるが、相手は若々しい女子高生。いずれは手を出したくなってしまうに決まっている。俺は自分の理性をそこまで信用していない。
ただ、距離を取ろうとすると、藍川がどう思うか心配ではある。相手はまだまだ不安定な女子高生で、変な拒絶の仕方をすれば傷ついてしばらく立ち直れないなんてことにもなりかねない。……と思うのは俺が純情だからだろうか。女子高生ならそれくらいでいちいち凹みやしない、なんてのがリアルか。
「藍川はどっちだろうな……。すれた感じはないし、結構純情そうに見えるからなぁ……。拒絶されたら落ち込みそう……」
はぁー、と溜息を一つ。妙な悩みを抱えちまったものだ。
それにしても、俺は藍川とどうなりたいのだろうか。当初は、ただの支援者として藍川を支えてやれれば十分だった。アパート近くですれ違ったら笑顔で挨拶をしてくれるとか、たまにちょこっとだけ雑談をしてくれるとか、それで良かったのだ。
それが、今は距離感がかなり近くなってしまっている。相手が求めてくれるなら、それに応えたい気持ちはある。藍川のことはもちろん気に入っていて、だからこそ支援すると申し出た。
しかし、男女の付き合いにまで至ってしまうと問題だ。最低でも後二年はそういう関係になるべきではない。
「逆に言えば、あと二年すればどうなってもいい……か」
とはいえ、藍川は花の女子高生。貴重な十代の二年間を、曖昧な関係のおっさんのために費やすことはあるまい。今はどうか知らないが、半年もしないうちに俺のことなんて忘れて、別の誰かと付き合い始めるのではなかろうか。
……もやっとする気持ちはあるが、それで良いのだと思う。相手は女子高生で、俺と深く関わるべきではない。
今後も、藍川がもし過剰に接近してこようとするのなら、俺は引いていくべき。それが俺たちの関係を長続きさせるために必要なことだ。
「……とりあえず、返信しておくか」
今後の接し方も決めて、俺は藍川に簡単な返信を出す。
『レポート読んだ。早速ありがとう。楽しめたよ。また明日も楽しみにしてる。とりあえず、モデルをしてもらおうとは思っていないから、そこだけは言っておく』
長々と書いて、文通しているみたいになっても良くない。藍川が書き手で、俺は読者。それでいい。
『確認ありがとうございます。……モデルの話、いつでもお待ちしてますから、気軽に言ってください。では、おやすみなさい』
すぐに返信が来た。フリック入力のはずだが、入力速度が速いな……。
それにしても、藍川はモデルをしたいのか? 明確にはされてないけど、たぶん、ヌードでもやるって意味で言っているよな? 気を許しすぎだろ……。まだ交流が始まって四日くらいだぞ……。
何かのスイッチが入ると一直線になってしまう。そういう性格なのかもしれない。俺が上手く制御していかないと何をしでかすかわからないな。十分に気をつけよう。
『おやすみ』
至極簡潔にメールを返す。こちらが藍川に好意を持っていると思わせてはいけない。
藍川とのやりとりはそこで終わり、俺は就寝まで少しだけイラストを描いた。
ここ数年、絵を描く時間がめっきり減っていたのだが、藍川の情熱に当てられて、自分も少しだけ感化されている。今から本格的にプロになろうなんて思ってはいないが、小銭稼ぎくらいは考えてもいいのかもしれない。
ともあれ、描いたイラストがまた藍川似の美少女になってしまったのは、俺の煩悩のなせる業なので仕方ない。
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