第4話 赤嶺夕
藍川の件以外、何の変哲もない一日が終わる。
定時で帰って、藍川支援の細かいルールなんかも考えるべきか……と思いつつ会社を出たら、駅に向かう途中で声をかけられた。
「青野君、たまには一緒にご飯でもどう?」
「ん? ああ、赤嶺さん。俺に社外で声をかけてくるなんて珍しいね」
なお、赤嶺は俺と同期で入社した最後の生き残り。同期入社は五人いたのだが、他の三人は三年以内に転職していった。同期が全員揃っている頃には一緒に食事に行ったりカラオケに行ったりもしたけれど、今は社内でたまに話をする程度。
「たまたま帰りも一緒になったし、こんなときくらいは声をかけてもいいかな、ってふと思ったからさ」
「そっか。まぁ、飯くらい構わないよ」
「構わないよ、だって? なんて上から目線。誘ったのはこっちだけど、独身貴族路線をひた走る青野君からすると、是非お供させてください! って泣いて喜んでもいいくらいじゃない?」
「……赤嶺さんは大変魅力的な女性だとは思いますが、泣いて喜ぶ程拗らせてはいません」
「バカ丁寧にどうも。じゃ、どこ行く? どうせお酒は飲まないんでしょ?」
「俺は飲まないけど、赤嶺さんは好きに飲んでいいよ?」
「一人だけお酒って言うのもね。そもそも、私もそんなにお酒好きじゃないし」
「そかそか。なら、無難にファミレスでいいんじゃない?」
「えー? せっかくだからもうちょっと奮発しようよ。二人で一緒にご飯なんて、数年に一回あるかどうかだよ?」
「じゃあ、定食屋」
「美味しいパスタの食べられるカフェね。はいけってー」
「……俺の意見なんて聞く気ないじゃないか」
「青野君がもっといい提案をしてくれればそっちに行ったけど?」
「はいはい。俺はどうせモテない男だよ」
「モテようとも思ってなかったら、そりゃモテないでしょ」
「わかってるわかってる。モテる男は、モテるための努力を怠らない奴。重々承知しているとも」
そんな話をしつつ、俺たちは会社から徒歩十五分程のところにある『朝香』という名前のカフェに入る。
昼は純喫茶だけれど、夜にはお酒もだしているカフェアンドバーという風情。会社が都心にあり繁華街も近いので、帰り道に色んなお店に寄れるのは人によってはメリットだろう。俺はあまり寄らないから関係ないのだけれど。
店内は落ち着いた雰囲気で、ややレトロな内装が趣深い。自分一人では来ない場所だな。でも、甘い空間でもないので、こうして単なる同期の女性と一緒に入ることにも抵抗はない。
店の奥の四人席に向かい合って座り、メニューを眺めながら話をする。
「別にそんなに興味があるわけでもないんだけど、青野君って彼女とか作らないの?」
「……興味がないのに訊くのか」
「どうしても知りたいことじゃないけど、気にはなるってこと」
「なるほどね。俺は今のところ彼女が欲しいとは思ってないよ。他人と歩調を合わせるのが苦手で、彼女とかいてもだんだん窮屈に感じてしまうのは目に見えてる。それに……本当に気が合って、理解し合える相手じゃないと、俺ってたぶんダメなんだよな……。昔の彼女ともそうだった」
「それ、大学生の頃の話だっけ? 入社した頃にちらっと聞いたけど、詳しくは教えてくれなかったよね。どんな相手だったの? っていうか、写真とか持ってるなら見せてくれない?」
「それは単なる興味本位?」
「もちろん。それ以外の何者でもない」
「あ、そ。……写真はクラウドにいくつか残ってたかな。見せてもいいけど、会社では他言しないでくれよ」
「大丈夫大丈夫。私だって、社内にプライベートで特別に親しい相手とかいないから」
「……社会人になると、友達なんてなかなかできないもんだよな」
「本当にそれ。先輩相手だとどうしてもどこか気を遣わないといけないし、後輩だと逆に気を遣われちゃうし。変に気遣いなく話せるのって青野君くらいのもんなんだよねー。で、写真は?」
「はいはい」
俺はスマホを操作し、過去の写真を引っ張り出す。もう六年以上も前の写真で、まだ青年と呼んで良い頃の自分と、当時の彼女が一緒に写っている。何回目かのデートで行った、遊園地の観覧車で撮った奴だな。
自分の若かりし頃なんぞに微塵も興味はないが、大学三年生の彼女は今見ても可愛い。ミスなんとか大学とかいうような子ではないけれど、愛嬌があり、笑った顔がとても印象的だった。このときはまだ黒髪のセミロングで、後に控えめな茶色に染めたりショートカットにしていた。
写真を見せると、赤嶺はほほぅと興味深そうにする。
「これが青野君の元カノかぁ。ファッションを頑張りすぎないところとか、青野君と相性が良さそうだね」
「それは彼女をディスってるのか?」
「違う違う。お似合いの二人ってこと。おしゃれを追求する人って、相手への要求も強いから、おしゃれ好きな男の子じゃないと合わないでしょ。毎月何万円分も服を買って、同じファッションは二回しないのが普通、かつそれを相手にも求める相手と付き合える?」
「俺は無理」
「私も無理。女だってね、ファッション大好きな子ばっかりじゃないの。私はそこそこ楽しめれば十分だし、この子は私よりもラフでいたいんじゃないかな。この子と服を買いに行ったこと、あんまりないんじゃない?」
「季節ごとに少し……くらいだったかな」
「だろうねー。青野君にはそういう子が合ってるよ。ちなみに、どうして別れちゃったの?」
「ぐいぐい来るなぁ……」
「いいじゃんいいじゃん。とても話せない理由があるわけじゃないんでしょ?」
「まーな。ってか、先に注文しようか」
「あ、逃げた」
「逃げたわけじゃねぇよ」
ともあれ、まずは二人で注文を決める。俺はキノコパスタのサラダセットで、赤嶺は海鮮スープパスタのサラダとケーキのセット。店員が下がると、赤嶺の追求が続く。
「で、何で別れたの?」
「……そうだなぁ」
当時のことを思い出す。少しずつ、別れる方向に進んでいった、きっかけの出来事……。
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