おいかけてくるもの

紗音。

いつも通りの日常

 今日もいつも通りだった。

 いつものように目覚めて会社へ向かい、いつものように業務をこなし、いつものように昼食を取り、いつものように定時上がりで会社を退勤し、いつものように家への帰路についている。


 これまで平凡な人生を生きていた。

 幼少期から中学校までずっと一緒にいた友人とは本当の家族のように仲が良かった。よく悪戯いたずらをして担任の先生に怒られたり、放課後は下校時間まで話をしたり、コンビニでお菓子を買って友人の家に入り浸る毎日だった。

 両親とも仲が良かった。

 行事の折は必ず二人で来てくれて、親子イベントも積極的に参加してくれた。運動会では母親が大きなお弁当を準備してくれて、友人たちを含めて円を描くように座って楽しい時間を過ごしてきた。美術で描いたヘンテコな絵が賞を取った時は大袈裟おおげさなほど喜んでくれた。

 高校生になって、世界が一変した。

 親と仲が悪いことが当然のように話す子達に合わせるかのように反抗期に入り、両親とは話もしない状態になった。友人とは同じ学校に進学したものの、クラスやグループが異なったため徐々に疎遠となった。

 そのまま高校を卒業し、大学へ進学し一人暮らしを始めた。

 初めてのアルバイトや大学生活は順風満帆じゅんぷうまんぱんで、毎日が楽しかった。この頃には両親と連絡を取ることもなくなり、たまに来る仕送りを見ては早く社会に出てもう関わらないとも思っていた。

 長い反抗期が終わったのは最近のことだ。

 大学も無事に卒業し社会人になって入社した会社は、誰が見てもわかるほどのブラック企業だった。入社した当初にいた数え切らないほどの同期は、研修の時に半数になり、半年で五人まで減ってしまった。

 サービス残業は当たり前で一時間前出社と出勤三時間前退勤に身体を壊す人は後を絶たなかった。教育担当の先輩も酷いもので、用があれば休日など関係なく、私用で呼び出すことも多かった。

 まだまだキリがないほどひどい話はあるが、そんな過酷な状況に私ももれなく体調を崩し家で動けなくなってしまっていた。

 今までであれば、大学の友達に連絡をすればすぐに駆けつけてくれて看病をしてくれたが、卒業後はお互いに連絡を取ることはなくなっていた。一度だけ集まろうと話が出たものの、仕事の都合がつかずに集まりが流れてしまってからは、誰も連絡することはなかった。

 もう死んでしまうのではないかと、全身が冷たくなる感覚に襲われているとき、何故かわからないが実家に電話をかけていた。そこからは記憶がなかったが、夜中なのに両親は私の家まで来てくれたようだった。最悪なのか幸いなのかわからないが、家の鍵が開いていたため、部屋に入ってきた両親が私の状態を確認してすぐに救急車を呼んでくれたのだ。

 過労と診断されたときは病気ではなくて安心したものの、両親が涙を流しながら抱きしめてくれた。その時、今まで自分がやっていたことがとても情けなくなり、この年になって大泣きをしてしまった。

「ごめんなさい。」

 この一言しか声を出せなかったが、両親に大丈夫と言われてそのまま眠りについた。

 それからすぐに転職をして、次の会社では問題なく過ごすことができている。最初は実家に戻るように言われたが、自分なりのけじめをつけてから顔を出すと約束して今に至るのだ。

 明日、約五年ぶりに実家に帰るのだ。

 今までの酷い態度やそんな自分を見守ってくれた優しさへの感謝、この前のお礼も含めてすべて話すには明日だけでは足りないと思うが、まだまだ時間があるからゆっくり話していこうと考えていた。


 前の会社の時は家から近くて商店街を通る道なので、人通りがあり街灯の数も多かった。だが、転職先は電車で通わなければいけないので商店街とは逆側の道となり、街灯の数も少なかった。家賃の安い場所を選んだので、この辺りに住む人は車を所持しているのが普通で、電車を使う人がほとんどいなかった。そのため、通勤ラッシュはなかったものの少しでも遅い時間になると、人一人通らないような寂れた場所なのだ。

 不審者が出る等の話はあまり聞かないが、お化けが出そうなほど暗く怖い道なのだ。そんなことを思って足を止めた。

 社会人になってもお化けなんて思うなんてと、誰もいないのに笑い声を殺しながら笑った。

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