赤派の姉と、緑派の妹
諸麦こむぎ
赤派の姉と、緑派の妹
「お姉ちゃん、私お姉ちゃんに言わなきゃいけないことが二つあるんだ」
「何、藪から棒に」
こたつに潜り込み顔だけ出した状態で携帯ゲーム機をカチカチ弄っている妹が、ゲーム画面から目を離すこと無く、そして何の前触れも無く話し始めるた。
姉はちょうど風呂から上がったばかりで、髪も乾かさずに冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出しているところだった。妹がこうやって話題を切り出す時は、大抵がどうしようもなくくだらない話だったりするので、姉は生返事をしてからペットボトルに口を付けた。
「私、彼氏できた」
ぶふーっと勢い良く水を吹き出す姉。予想外の妹の告白に度肝を抜かれ、勢いよく振り返ると、妹はゲーム機で顔を隠して小さく”へへっ”と笑っていた。
「いつから?! 誰と?! お父さんとお母さん知ってるの?!」
ずんずんとこたつに向かいながら、姉は早口で捲し立てる。
「まだ言ってない。お姉ちゃんに言ったのが初めて」
もじもじしながら妹は起き上がる。
「同じクラスの人で、一昨日から付き合ってる」
「ほう。どっちから告白したの?」
「私から。1年生の時から片思いしてた相手なんだ」
「青春ねぇ……良かったじゃない。それで? 相手はイケメン?」
姉は興味深げにぐいぐいと質問をする。
「待って、その前に。もう一つ言わなきゃいけないことが」
可愛い妹の初めての彼氏について、相手のことや馴れ初めなどをもっと詳しく聞きたかった姉だったが、もう一つあると言われると途端に不安が湧いてくる。多感な年頃の妹の大事な話。これ以上の衝撃に耐えられる自信がない。
「ちょ、ちょっと待って、一旦落ち着かせて」
すぅー、はぁーっとわざとらしく深呼吸をし、覚悟を決める。
「よし! 何でも来い! お姉ちゃんはすべてを受け止める!」
少々間を置いてから、妹はゆっくりと口を開いた。
「実は私、緑のたぬき派なんだよね」
至極真面目な顔で妹は言い放った。決まった……とばかりに瞼を閉じ口角を上げている。
「へぇ、そうなんだ。私は赤いきつね派。で? で? 彼氏とはどこまでいったの?」
「ちょっと! 適当に流さないでよ! しかもきつね派だったのね! この間緑のたぬき食べてたから仲間だと思ってたのに! 裏切り者!」
「うどんかそばかの話より、妹の恋愛事情の方が大事でしょうが」
「なんでよ! 大事なことだよ! あおげか天ぷらか、きっちり白黒、いや、赤緑つけましょうや!」
その時、玄関の扉が開く音がした。
「ちょっと~何騒いでるの? 外まで聞こえるわよ~」
ガサガサとスーパーの袋をぶら下げて、仕事に出ていた母が帰宅してきたのだった。
「お母さん、この子彼氏できたんだって」
「待って! 自分で言いたかったのに!」
「あら、そうなの? なになに~お母さんにも詳しく聞かせてよ~」
そう言いながらキッチンのカウンターに買ったものを並べていく母。人参、レタス、冷凍食品にお菓子、そして赤いきつね。
「お母さんまで裏切り者!」
「何の話?」
「この子緑のたぬき派なんだって」
「あらそう。そんなことより彼氏の話を……」
「彼氏ってなんだ?」
「げ、お父さん……」
女性三人がわいわいとやっているところに、”彼氏”というワードを聞きつけて在宅勤務で書斎にいた父も加わった。
「誰に彼氏ができたって?」
「この子! 同級生なんだってさ」
「今度うちに連れていらっしゃいな。今日疲れちゃったからみんな夕飯カップ麺でもいい?」
「ま、待ってくれ、彼氏できたのか」
「そうだってば。そんなことよりお父さん赤いきつね派? 緑のたぬき派?」
「あ、戸棚に緑のたぬきもあるわ。お湯沸かすからお父さん好きな方取ってくれる?」
「私赤いきつね~」
「断固として緑のたぬき!」
「彼氏なんてお父さんは認めん!」
仲の良い家族の夕飯時は会話が大渋滞する。恋愛話が聞きたい姉、派閥をはっきりさせたい妹、夕飯の支度をしたい母、そして末娘に彼氏が出来ショックを受ける父。賑やかな団らんの夜は、優しいお出汁の香りに包まれるのだった。
後日、妹が連れてきた彼氏は、父に似てたぬき顔の優しそうな好青年であったことに、家族一同ほっこりとした気持ちになるのであった。
赤派の姉と、緑派の妹 諸麦こむぎ @Moromugi
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