始まりの日(旭)

旭視点


「旭、今何時?」

「もうすぐ7時。起きる?」

「起きたくないけど、起きる……起こして?」

「うん。シャワー浴びる?」

「連れてって」

「ふふ、喜んで」


裸のままの唯華ちゃんを抱き起こして、お風呂場に連れていく。

いつ見ても綺麗な身体だよなぁ……こんなに綺麗な身体に触れられるなんて、幸せです。


「洗ってあげようか?」

「襲われそうだから大丈夫」

「さすがにもう襲いません……」

「本当かなぁ? まだえっちな目してるよ?」

「えっ……」

「ふふ、連れてきてくれてありがとう。降ろして?」

「あ、はい……っ!?」

「隙ありー」


ちゅ、とキスをされて、ドアが閉められた。えー、可愛い。好き。

唯華ちゃんの夢の話を聞いたからか、付き合った日から翻弄されっぱなしだな、と昔が懐かしく思えた。



*****

「旭! 唯華先輩は⁇」

「旭、唯華先輩と知り合いだったの? 初めて近くで見たけど、綺麗だったな~!」

「ちゃんと会えた?」


先輩と別れて、教室に戻ればなんだかクラスメイトが盛り上がっているけれど、いまいち状況が分からない。


「なんの話……?」

「え、もしかして会ってない?」

「唯華先輩が旭を探しに来たんだけど……」


先輩が探しに来た……? ここに?


「会ったけど、なんで皆そんなにテンション高いの?」

「なんで、って……唯華先輩だよ? 生徒会長で、優しくて美人で頭も良くて、運動神経も良くて。完璧ってああいう人のことを言うんだろうね」

「生徒会長……?」


え、生徒会長なの? 知らなかった……


「うちのクラスに来るとか、旭と同じクラスで良かった~!」

「うわ、部活の先輩から関係性を確認するように、ってメッセージ来たんだけど!?」

「私も来てる! さすが情報早いね」


え? 先輩、そんなに有名なんですか⁇


「「「で? 唯華先輩とどういう関係!?」」」

「こわっ!!」

「授業始めるぞー」


初めて授業が始まって嬉しいって思った……

なんか、早まったかもしれない……


早速、一緒に登校しようってメッセージが来てるけど、お断りしよう。そうしよう。



「旭ちゃん、おはよう」

「おはようございます」

「待っててくれないかと思った」

「先輩がクラスに行くからねって言うから」

「ふふ、ごめんね? そんなに来られたくない?」

「はい」

「わー、即答。ちょっと傷つくなぁ……」


目の前には、昨日彼女になった先輩。なんとうちの高校の生徒会長、らしい。


早い時間とはいえ、生徒も居て周りからの視線が痛い。他校の生徒にも人気があると聞いているから、そんな風に落ち込むのは本当にやめて欲しい。呼び出されたらどうしてくれるのか……


昨日、周りからの視線が集中するこの人と、お試しで付き合うことになった。


近いから、という理由だけで選んだ高校に入学して、まさか彼女ができるなんて思わなかった。

先輩はよく話しかけてくれたけれど、まさか彼女に、と考えていたなんて。


周りが誰と付き合った、という話を聞いても興味がなかったけれど、先輩から付き合って、と言われた時に自分でも驚く程すんなり受け入れられた。

まぁ、付き合うといっても直ぐに飽きるだろうし、今までと変わらないでしょ。


「旭ちゃん、いこ?」

「うえっ!?」


早速今までと違うらしい。手を取られて、咄嗟に振り払ってしまった。やばい。絶対傷つけた……


「あの、すみません……」

「ううん。突然ごめんね? じゃあ、改めて」


はい、と目の前に差し出された先輩の手と顔を交互に見てしまった。……繋ぐの?


「嫌?」

「い、やでは無いですけど」

「じゃあ、はい」

「……先行きますね!」


無理。いやいや、無理でしょ。恥ずかしくて無理。

先輩を置いて歩き出した私の後ろで、くすくす笑う声がして、なんだか反応で遊ばれている気がした。


「旭ちゃーん、あさひー? 怒ったの?」

「怒ってないです」

「こっち向いて?」

「……」

「ごめんって」

「なんで先輩が謝るんですか」


小走りで隣に並んで、私の様子を伺ってくる先輩。傷つけたのは私なのに、なんで謝るのかな……


「私が急ぎすぎたから。少しずつ慣れてね」

「……はい」


優しく笑う先輩のことを見ていられなくて、目を逸らしてしまった。


「じゃあ、またね。ちゃんと授業出るんだよー」

「……はい」


学校に着くと、先輩は笑顔で手を振って自分の教室へ向かっていった。もしかしたらついてくるんじゃ、って身構えたけれど、そんなことは無かったらしい。



付き合うようになって変わったことは、登下校を一緒にするようになった事と、手を繋ぐようになったこと。


まだまだ慣れないけれど、最初振り払っちゃったことを考えれば進歩だと思う。


待ち合わせ場所に行けば先輩はもう待っていて、優しく微笑みかけてくれた。


「旭、お疲れ。帰ろ」

「お疲れ様です。お待たせしました」


先輩との登下校は最初は騒がれたけれど、最近は周りも慣れたのか少し視線を感じるくらいになった。


「今日夜ご飯1人なんだ」


歩き出すと、そんなことを言う先輩。うちは共働きだし、兄はとっくに家を出ているから別に珍しくないけど、先輩のお家はそうじゃないのかな?


「そうなんですね」

「もっと何かないの?」

「何か……?」


1人のご飯が寂しいってこと?


「はぁ……まぁ、旭だもんね」

「ん?」


なんかため息つかれた。


「うち来ない?」

「先輩の家?」

「1人じゃ寂しいし、一緒にご飯食べて欲しいな、なんて」

「まぁいいですけど」

「ほんと? やった!」

「そんなに寂しがり屋ですっけ?」

「はぁ……分かってないなぁ……」


どういうこと?


「おじゃましまーす」

「どうぞ」

「おー、女子の部屋、って感じ」

「何その感想?」

「あ、写真いっぱいですね……って、え?」

「ん? あぁ、可愛いでしょ」

「何飾ってるんですか!? というかいつ撮ったんですか!?」


仲のいい先輩たちとの写真が沢山貼られている中で目に入った私の写真。撮られた覚えなんてない。


「生徒会が終わるまで待っててくれた日あったでしょ?」

「あぁ、あの日ですか」


すぐ終わるから、と言われて待っていたけれど長引いていて、気づけば寝てしまっていた。

どれくらい待たせてしまったのか分からないけれど、よく寝てたね、って笑う先輩の表情が優しくてなんだか泣きそうになったのを覚えている。


「これは恥ずかしいので剥がしてください」

「えー」

「そんなに不満そうにしてもダメです」

「剥がしてもいいけど、一緒に写真撮ろう? そっちを貼るから」

「結局貼るんですね……」

「旭の気が変わらないうちに撮ろ! ほら、笑って」

「先輩、ちか……」


寝顔の写真よりはましか、と一緒に撮るのをOKしたけど、これはこれで……


「ふふ、初めてのツーショット写真だ」


こんなに嬉しそうにしてくれるのなら、もっと早くに写真を撮っていれば良かったな、と思った。そんなこと言えないけど。



「ちょ、待って待って、先輩、ストップ!」

「だめ?」

「ご飯! ご飯食べましょう!!」


今日は夜ご飯を一緒に食べるっていう予定だったはず。テイクアウトしてきた料理は手をつけられることなくテーブルの上。

ソファに座ってのんびりしていたはずなのに、頬に手が添えられ、唇を撫でられた。さすがに分かる。キスしようとしてるよね?


「したくない?」

「あー、そういうのはまだ早いかなぁ、なんて?」

「ふふ、真っ赤で可愛い。ファーストキスだもんね。待つよ」


優しく笑って、ご飯食べようか、と先輩は離れていった。

お試しって事で付き合い始めてもうすぐで3ヶ月が経つけれど、いい雰囲気になる度に避けてしまっている。

どうしたらいいのか分からないし、先輩に見つめられると心臓がやばい。キスなんて一生無理な気がする。


「旭、おいで」

「はい」


美味しそうだね、って目を輝かせる先輩は可愛い。これは人気あるよなぁ、と改めて思った。


「旭、あーん」

「えっ!?」

「ハンバーグ嫌い?」

「好きですけど……」

「お腹すいてない?」

「すいてます」

「じゃあ、はい」


いやいや、いきなり? 食べろってことなのは分かってるけど、これは拒否してもいいのでしょうか……?


「あの、自分で食べます」

「残念。ここ置くね」

「ありがとうございます」

「旭のもちょうだい」

「はい。置きますね」

「あーんは?」

「……無理です」

「ふふ、可愛い。また今度ね」


可愛いのはあなたですよ……今度って言われても無理だって。

果たして慣れる日なんて来るのか……? 来ない気がするな。


きっとこの先も先輩に翻弄され続けるんだろう。

先輩が飽きるまで、ずっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る