8.葛藤

 唯華視点


 旭は優しい。仕事だって忙しいのに、帰国してから、帰りが早い日や休みの日は率先して子供たちの面倒を見てくれたり、私に1人の時間を作ってくれようとしたり……


 子供たちを可愛がってくれるのは凄く嬉しいし、3人で笑っている姿は愛しいな、と思う。


 でも、同じくらい、苦しい。私は旭に相応しくないから。


 昨日の夜、久しぶりに悠真が夜泣きをした。なかなか泣き止まなくて、梨華も起きてしまって、途方に暮れていた時に来た、旭からのメッセージ。


 すぐに来てくれて、安心させるように笑って、梨華を寝室に連れて行ってくれた。


 その笑顔に、どれだけ救われただろう。


 悠真も無事に寝てくれて、リビングに移動してソファに座れば、旭も対面に座ってくれた。もう少し一緒に居られるな、と素直に嬉しかった。


「旭、考え事?」

「あ、ううん。何でもないよ。土日は何しようねー?」


 考え事をしていた旭に声をかければ、当たり前のように土日を一緒に過ごしてくれる気でいた。

 私たちの存在が、旭の負担になっていないかな、と心配になる。


「唯華ちゃん?」

「旭、買い物とか、梨華と悠真の面倒とか……毎週付き合ってくれて負担じゃない? 自分のやりたいことやって?」


 毎週当然のように一緒に過ごしてくれて、友達に会ったり、仕事帰りにご飯を食べに行くとか、飲みに行ったりしている様子もないし……


「週末に唯華ちゃんと梨華と悠真と過ごすのが私の楽しみなんだけど……」

「え?」

「無理して一緒にいるわけじゃないし、私がそうしたいからだから。迷惑じゃないなら一緒にいさせて欲しい。……私がいると迷惑?」

「……ううん。そんなことない」


 迷惑だなんて思ったことないし、凄く助かってる。でも、このままじゃダメだなって思う。


 昔の私は、旭の気持ちが分からなくて、不安になって別れを告げた。旭が素直に気持ちを伝えることが出来ない子だって知ってたのに。きっと沢山傷つけただろう。


 昔も今も好き、と言ってくれた旭の気持ちを考えたら、どんな気持ちで結婚式に参列してくれたのか、と胸が苦しくなる。

 でも、拓真と結婚することがなければ梨華と悠真に出会えなかったし、結婚したことへの後悔は何一つない。


「ごめん。なんか無理やり言わせてる? 唯華ちゃんが嫌がることはしたくないから、頻度を減らした方がいい、かな?」

「そうだね……ごめん」

「ちなみに、週1は多い? ……よね。隔週? 月1、とか?」


 私の様子を見ながら、遠慮がちに会える頻度を尋ねてくる旭はどんどん不安そうな表情に変わっていく。


「同じ家だから梨華と悠真が行っちゃうかもしれないけど、私達を優先しなくていいから」

「……うん。分かった」


 こんな伝え方しか出来なくて、自分が情けない……

 きっとまた傷つけただろうな、って思いながらも、これでいいんだ、と自分に言い聞かせる。好きだからこそ、旭には幸せになって欲しい。


「そろそろ寝ようかな」

「あ、うん。じゃあ下に行くね。おやすみ」

「うん。おやすみ」


 もうこうして夜一緒に過ごすことは無いだろうな、と思うと、部屋を出た旭を呼び止めたかったけれど、上げかけた手をそっと下ろした。



「まま、あーちゃんは?」

「今日はママと遊ぼうね」

「えー、なんで? あーちゃんいないの? したいく!」

「今日はやめようね」

「えー!!」


 朝起きてくるなり、旭が来ないことに不思議そうな梨華。

 明日はあーちゃんと何して遊ぼう? と楽しみにしていたのを知っているから、私の感情で旭を遠ざけたのは正解だったのかな、と自問自答する。


 この調子じゃ、まだ寝ている悠真も同じかな……



「梨華と悠真は、旭のこと好き?」

「「すき!!」」


 夜ご飯を食べながら、今日1日、あまりにもあーちゃん、あーちゃんと言うから聞いてみたら、即答だった。


「そっか。優しいもんね」

「うん! あとね、ママもすき!!」

「ゆーも!」

「ありがとう」

「ママはあーちゃんのことすき?」

「え……?」

「あーちゃんはね、ママのことすき、っていってたよ。むかしからすきなんだって。むかしってなに? ってきいたら、ずっとまえからって。りかとゆーまのことも、すきって」

「そっか……」


 旭、子供たちにまでそんなこと言ってたんだ……

 ずっと真っ直ぐで、眩しいくらい。


 結局、旭と会えなかった2人は1日機嫌があまり良くなくて、明日は遊べる? という質問にもまた今度ね、と濁すことしか出来なかった。


 ぐずりつつも眠った2人を眺めながら、ダメダメだった1日を振り返る。


 買い物に行けば、カートにどっちから乗る、と喧嘩をし、乗れなかった方は抱っこを要求してくるし、着いてすぐからため息が漏れた。

 前まではこれが普通だったよな、となんだか懐かしく思えた。


 ご飯の時も、休みの日は2階に来て4人で食べていたからつい旭の分も食器を用意してしまって、それを見た梨華に、あーちゃん来るの!? と期待させてしまった。習慣って怖い。


 元々拓真は育児に協力的ではなかったし、1人でやらなきゃ、という意識は強くて、どうしても無理な時に義両親に助けてもらう、というような感じだった。離婚してからも正直負担としては変わってなくて、いつも張りつめていた気がする。


 離婚したことをお義母さんから聞いた旭が心配してメッセージをくれたのをきっかけに、たまに梨華と悠真の写真を送るようになった。

 1年が過ぎた頃、ビデオ通話をさせて貰えないか、と可愛いスタンプと共にメッセージが届いた。

 梨華と悠真次第でこれから先は決めるものの、まずはお試ししてみよう、と1度繋いだら、最初は戸惑っていたものの、すぐに慣れて毎週の楽しみになった。


 旭とビデオ通話をしてくれている間に家事をしたり、少し自分のことが出来たり、すごく助けられた。

 帰国する前も、帰国してからもこんなに旭に助けて貰って、有難いけれど、好意を利用しているようですごく申し訳ない。


 旭には私なんかじゃなくて、別の人がいるって思いながらも、居心地が良くてここまで引っ張ってしまった。

 本当なら、もっと早くから距離を置かなければいけなかったのに。


 旭が帰国してからは、休みの日の夜は一緒にたわいもない話をして過ごすことが多かったから、前までは嬉しかった子供たちが寝たあとの時間も、なんだか寂しい。


 これからはこれが当たり前になっていくし、早く慣れないとね。

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