第一話 春の精霊は歌を唄う。(4)

「別に、後で私が聞いても良かったのに」


 ウィンディアの都市中央にある広場には、四季を表しているらしい四人の女性像が噴水の中央に位置しており、それを囲むようにベンチが設置してある。そのベンチの一つ。


 オリヴィアが、どこかの店で買ってきたオープンサンドをルークに手渡しながら話す。こんがりと燒かれたトーストに分厚く切られたハムとスクランブルエッグ。トッピングに溶けたチーズが乗っかったものだ。思ったよりも伸びるチーズに悪戦苦闘しつつ、ルークは口を開く。


「嫌な予感がしたから、早めに聞けることは聞いておこうと思った」


 チリチリとした不安に駆られる感覚。大体いつもこの予感は当たる。


「他の"称号持ち"も呼んだ方がいいかしら」

「例えば?」

「そうねぇ……」


 オリヴィアはルークの隣に腰掛けてうーんと首を傾げる。


「"節制Temperance"なら私よりかはこの件は得意だと思うわ」

「……拠点がここから結構遠いと思うけど」


 片道、馬車で一ヶ月以上掛かる長さだ。


「貴方なら距離は関係ないでしょう?」

「転移魔法が使えればそうだろうけど、"節制Temperance"の拠点には行ったことがないから使えない」


 それに、あの人はおれの手伝いはしないと思うけど、と、長い金髪と碧眼のまるで神官のような格好をした若い女性を思い浮かべて言葉にはせずに思った。


「それは残念ね。あの子なら、妖精達の会話も慣れてるし、いいと思ったんだけど」


 そう話しながら、オープンサンドを食べ進め、先に食べ終わったルークは包み紙を畳んでベンチから立つ。


「どこに行くの?」

「前にいた精霊使いの家に」


 精霊使いは口伝が常で書面には一切残さない。何か手記みたいなものが残ってればいいとあまり期待はせずに思った。


「私も行ったほうがいいかしら」


 その言葉に首を振り、口を開く。


「オリヴィアには別のことを頼みたいんだけど」




     †




 先任の精霊使いの家は都市の郊外にひっそりと佇んでいるらしい。


 昼過ぎの暖かな木漏れ日の中、円形の飛び石だけが残る道を歩く。小鳥の囀りと葉擦れの音。現れた森の端にある木造の家は蔦に覆われ、周りは雑草が茂り、まともに手入れされていないため、ここには誰もいないのだと思わせる。


 家の戸の前まで来たが人の気配はない。一応、三回ノックし少し立て付けの悪い戸を開ける。


  先任の精霊使いはどうやら片付けがあまり得意ではなかったようで、部屋の中央にある机には調合の道具が乱雑に置かれ、床には箒やらバケツやら掃除道具の類いと室内で育てていたらしい枯れたハーブの鉢植えが適当に並べてある。そのいずれも埃を被っていて、少なくても一ヶ月以上は人の出入りがなかっただろう。歩くたびに床に足跡がつく。


(これは探すのが面倒だな)


 ため息を吐き、手に嵌めてある黒く染めた革の手袋を嵌め直して、埃っぽい部屋の窓を開ける。


「魔法使イダ 魔法使イガイルゾ」

「新シイ奴カ? ドンナ奴ダ」


 羽を持ち、緑色のガラス玉のような目をした小さい妖精達がコソコソとこちらを見ている。


 精霊使いと言われるようになったのは結構最近のことで、昔は総じて魔法使いだったために、妖精達はそのまま魔法使いと呼ぶ。


「こんにちは」


 フードを降ろして、ルークは彼らに話しかけた。


「ダレカト思エバ、オ前ハ、夜ノ魔法使イカ」

「夜ノ魔法使イ?」

「オ前ハ知ラナイノカ。我ラノ力ヲ持ッタ半端者、夜ニシカ我ラの力を借リレナイ夜ノ愛シ子、ソシテ我ラガ王ノ、オ気ニ入リダ」

「ナルホド」

「間違っちゃいないけど」


 夜の魔法使いは、妖精達の中でのルークの呼び名だ。しかし、夜の愛し子やら迷い子やら、半端者やらまぁまぁ色々と好き勝手に呼ぶ。ルークはとりあえずとつけば応えるようにしている。


「前にここにいた魔法使いはどこに行ったんだ?」


 ルークが少し首を傾げて言ったその質問に妖精は意地悪そうにニィと笑って応える。


「知リタイノカ? 夜ノ魔法使イ」


 つまり、話すなら対価を寄越せということである。彼らは隣人であって友人ではない。きっと対価を要求されるんだろうなとダメ元で言ったが、彼らはたまにルークのことを同族と言うため、別にそれくらい教えてくれてもいいんじゃないかと思わなくもない。


 彼らとの契約は基本、魔力だ。魔力の受け渡しによって彼らは言うこと聞いてくれる。が、基本という通り魔力じゃなくても契約は成立する。ただ、その対価が正しいのかどうかの見極めが大変難しくなるというだけで。物によっては彼らの怒りを買いかねない。魔力で解決できればいいのだが、生憎、妖精達がルークの魔力を受け取るのは陽が沈み昇るまでの夜だけだ。


 さて、目の前の隣人は何が好きだろうか。


「…………」


 しばらく思案し、いつも通りの結果に落ち着く。妖精達の好きなものは甘い物と酒だ。その二つなら大体は断られない。しかし、甘い物は貴族の食べ物と言われるぐらいには高いし、妖精が満足する酒の中に安酒は存在しない。違うもので代用できるならした方がいいが、そんなことを調べる手間が面倒だった。


(……まぁ、この酒に関してはタダだし)


 出し惜しみする必要はないかと、ルークは小さいサイズのコップを二つ取り出し、茶色いボトルから透明の液体を注ぐ。


「ヤッパリ、夜ノ魔法使イハワカッテルナ!」

「……蜂蜜酒じゃなくて悪いけど」


 見るからに期待している隣人に酒が入ったコップを手渡す。


「トコロデ、コノ酒ハ何ノ酒ナンダ?」

「竜人の隠れ里で作った酒らしいけど」


 人の商人に売ると、桁を間違ったんじゃないだろうかと思いたくなる額になるのだが、ルーク自身はまだ飲んだことがないためイマイチ価値に疑問を持っている。


「コノ酒ハ、良イ酒ダナ!」


 一気に酒を煽り、酒場に屯しているおじさんみたくプハーと息を吐いた。


「そうなのか?」

「ソウダトモ! 我々ハ嘘ヲツカナイ!」

「コノ酒ヲ飲ンダコトナイナンテ残念ナ奴ダナ!」

「飲める年齢に達してないんだからしょうがないだろ。それより、情報。飲んだろ」

「…………」


 妖精達は目を合わせる。


「知ラナイゾ」

「ワカラナイゾ」

「あぁ、そう」


 ルークは妖精達に笑いかけるが目は一切笑っていない。それが答えならわかってるだろうなと言わんばかりの威圧に妖精達はオロオロとしだす。ただのトカゲだとちょっかいを出したらドラゴンの子供だったときのような慌てようだった。


「知ラナイトイウ事ヲ知ッテルゾ!」

「ワカラナイトイウ事ヲワカッテルゾ!」

「それで済むとでも?」


 こうも舐められてると見せしめでも必要かなと本気で思い始める。


「知ってるか? お前達は肉体を持たない、意識を持った魔力の集合体だそうだ。それが事実なら、おれはお前達をぞ」


 それをやった事もやろうとした事もないけど、やろうと思えばやれるはずだ。どうなるかは知らないけど。


「その情報では、対価として見合わない」


 どうする? と首を傾げる。


「ワカッタ! ワカッタカラ! 本当ニココニイタ魔法使イハ知ラナイ! デモ、ソノ部屋ノべっとノ横ニアル棚ノ中ニ魔法使イノ大切ナ本ガ入ッテルハズダ!」

「ソウダゾ! 毎晩ナニカ書イテタノヲ知ッテルゾ!」


 日記のようなものだろうか。


「わかった。ありがとう」


 威圧が消えて自由になった妖精達は安堵のため息をつく。


「全ク、夜ノ魔法使イハ野蛮ダナ」

「暴力ハだめダゾ」

「お前達が酒をちょろまかそうとしたからだろ」


 妖精達から目を逸らして部屋のベットの側に行く。棚の一番上の引き出しを開けると一冊の本が入っていた。精霊使いの行方は知れなかったが、この部屋の探索はしなくて済みそうだ。


 本があったことを伝えようと窓辺まで戻ったが妖精達は既に去った後だった。

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