第2話① 兄と妹
「ゴールデンウィーク、どっかお出かけしよう!」
日菜さんの友達である上城さんと黒瀬さんに俺の決意を伝えてからしばらくののち。5月も間近に迫ったある日の夜のこと。
もはや完全に日常となりつつある、俺の部屋のダイニングでの三人の夕食、それを終えるなり、日菜さんが気合を入れた声を上げた。肩まであるその栗色の髪がふわりと揺れる。
「出かけるって……どこに?」
俺の隣で洗い物をする結月さんが聞き返す。ちなみに俺は彼女が洗った茶碗や湯呑を受け取り、ふきんでふきふきする役割を担っていた。
こうやってキッチンに二人で並んで家事をしていると……いや、何でもない。
「どこでもいいよー! 遊園地でもショッピングモールでも温泉でも! まあ今からじゃ泊まりは無理だけどさー。絶対予約なんて取れないだろうし。でも神奈川からは出たい!」
日菜さんが希望を主張してくる。
いや、泊まりはどっちにしろムリだ。モラル的な意味で。
そもそもその前に。
「えー、普通に嫌だよ。ゴールデンウィークなんてどこもめっちゃ混むじゃん。なぜ好き好んで人の多い場所に突入しなけりゃならんの。家でのんべんだらり。これが長期休暇のジャスティスでしょ」
アウトドア派の彼女とは正反対、俺は堂々と引きこもり宣言をする。
「うっわ、また出た光輝くんのニート体質……。そんなんだからいつまで経っても独り身で出会いさえないんだよ?」
何とでも言いなさい。とにかく、俺は出かけたくない。
「っていうか、遊びに行きたいならそれこそ上城さんたちを誘えばいいじゃないか。ようやく落ち着いてきたのは事実だし、思う存分羽を伸ばしたらいいよ」
「紗代子は部活の大会で、絵美は家族で北海道まで旅行なんだってさー。他の友達もみんなデートだったりお泊まりだったり逃避行だったり! あーもうやんなっちゃう!」
話しているうちにイラついてきたらしく、彼女は地団駄を踏んだ。
「……お、おう」
さ、さすがリア充……。類友というか、友達も彼氏持ちばかりか……。あと最後だけやたら不穏な単語が聞こえたのは気のせいだろうか。
だが妬まし……いやけしからん。最近の学生の風紀はどうなっているんだ(僻み)。
「だからひじょーに癪だけどさ。しょうがないから光輝くんをデートに誘ってあげてるのに。ついでにお姉ちゃんも」
いつも通り悪態をつく妹に、姉は呆れた様子で代替案を提示した。
「だったら、近場の公園にピクニックでもどう? 三人で一緒にお弁当でも作って。……光輝さん、その……どう、ですか?」
「うーん……まあ、そのくらいなら」
俺はそれには消極的ながらも賛成の意を示す。ムスカの台詞を引用したくなるほど人で溢れ返る観光地よりははるかにマシだ。
……まあ、横浜って近場の公園でも休みの日は人だらけだったりするけど。さすが日本最大の市にしてオサレシティ。
しかし、日菜さんは納得できず駄々をこねだす。
「だあー! もうっ!! なんでお姉ちゃんまでそんな所帯じみてんの! 小学生の遠足じゃないんだから!」
「そう? 作ったお弁当を持ってお出かけなんて結構理想のデートだと思うけど」
「お姉ちゃんは発想が古いし素朴すぎるし乙女すぎるの! 普通に東京まで出ようよー! 買い物でもレジャー施設でも何でもいいからさー!」
ええー……よりにもよって東京? だったらせめて箱根とかに……。
あと言い忘れる前に。
「それに……実は俺も、連休のうち何日かは用事あるんだよなあ」
「えっ、光輝くんに……休みの日に用事? そんな見栄張らなくていいんだよ?」
日菜さんが愕然とした様子で目を見開いていた。
いや、いくら何でも失礼でしょ。
「ひょっとして、帰省されるんですか? ご実家、埼玉でしたよね?」
時期からして至極当然の問いに、俺は首を左右に振るべきか、縦に振るべきか一瞬悩んだ。
半分は正解だったからだ。
「いんや、逆。妹が遊びに来る予定なんだよ。……しかも泊まりがけで」
「妹さんって、この間おっしゃってた……」
「えっ、光輝くん、妹いたの!?」
ああ、そういや日菜さんには言ってなかったか。
「うん。まあ、とはいってももう23だし、二人より年上だけどね。ちょうど今月から大学院生になったところなんだよ」
「へえー。光輝くんの女の子の苦手具合から、いるとしても絶対男兄弟だと思ってた。いやでも待って。わりと素でお兄ちゃんムーブかますところあるし、実は意外でもないのかな……」
「……わざわざ遠くから一人で訪ねてこられるなんて、仲……いいんですか?」
「確かにねー。親ならともかく、いい大人のきょうだいがわざわざ遊びに来るなんて」
なぜかマイシスターに興味津々な水瀬姉妹。
「うーん……まあ、悪くはないとは思うよ。そりゃ昔は仲良かったり悪かったりしたときもあったけど、落ち着くところに落ち着いたって感じかな。なんだかんだで血を分けた兄妹だし」
「ふーん……」
「…………」
「えっと、だからまあ、二人もいつか―――――」
「ないです」
俺の次の言葉を察した結月さんが、はっきりと拒絶する。
「“私たち”に、そういうことはもうないです――――――」
……本当に悲しそうな表情で。
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