第1話⑨ 親友たちの忠告と日菜の想い

 ~Another View~


「んじゃあね、日菜」

「おじゃましましたー!」

「うん、お疲れ、二人とも」


 コーヒーを飲み終え、帰宅しようとする紗代子と絵美を、日菜は店の前で見送る。時間はもう7時前。客はもう二人だけだった。

 ちなみに光輝は汗だくの身体をシャワーで流そうと一足先に部屋に戻っていた。


「じゃあ日菜。私はすぐに夕飯の支度に入るから。……紗代子ちゃん、絵美ちゃん、今日はありがとう」

「いえいえ、お構いなく」

「でもやっぱり、来てよかったです」


 結月は微笑むと、二人に小さく会釈し、アパートへ戻っていく。

 だが。


「あ、お姉ちゃーん! ちゃんとあたしが帰るまで待っててよー!? 二人で先に食べちゃダメだからねー!」


「「えっ」」


 女子高生たちの声がハモる。


 日菜がまたしても爆発3秒前の手榴弾を放っていた。

 結月はぴくりと肩を震わせて立ち止まり、恨めしげな表情をしたまま振り返る。「な、に、いっ、て、る、の!」と口だけを動かしていた。


 日菜は「へへーん」と悪びれた様子もなく、結月に向けてあっかんべーをした。



  ×××



「えっと……ひなちゃん、ご飯を一緒って……」

「ちょっと安心したと思ったらこれとはね……。まさかあの人を家にあげてるんじゃないだろうね?」

「それはさすがにしてないよ。っていうか、光輝くん絶対にウチに来ないし」


 訝しむ二人の視線はどこ吹く風、日菜はつまらなさそうに肩をすくめる。


「ということは、ひなちゃんが桜坂さん家におじゃましてるってこと?」

「しかも今の口ぶりだと、たまにってわけじゃなさそうね?」

「うん。最近は光輝くんの帰りが遅い日以外はほぼ毎日かも」


 絵美と紗代子の目が点になる。


「それって……どうなの? あんまりいいことじゃないよね」


「なんで? あたしたちも状況が状況だから生活だって楽じゃないんだよ。食費を互いに出し合えばスケールメリットで節約しながらお腹いっぱい食べられるし、一人当たりの家事や買い物の負担だって減るし。至極合理的じゃん」


「こいつ……理屈できたか」

「生活のこと引き合いに出されちゃうと、わたしたちも言いにくいんだけどさ」


 しかし、やはり健全とは言い難い日菜たちと光輝の関係に、紗代子と絵美はもう一度苦言を呈した。


「家がお隣で食事までいつも一緒だなんて。もはや同居……っていうか同棲みたいなもんじゃん。今のあんたの状況を考えたら桜坂さんのお世話になるのはしょうがないけど、やっぱあたしはどうかと思うよ」

「あくまでも桜坂さんは親戚でもなんでもなくて、赤の他人だもんね」


 その瞬間、日菜はぴくりと眉を寄せ、


「……あたしはもう、『赤の他人』のつもりじゃないもん」


 拗ねるように言った。


「お姉ちゃんだって、きっとそう。“そう”思えちゃうくらい、あたしたちは光輝くんに色々なものをもらったんだよ」

「日菜、あんた……」


「ねえ、紗代子、絵美。そんなにあたしたちの関係って変かな? 世の中には養護施設や孤児院で暮らす子どもだっているし、里親制度だってあるし、そこまでいかなくてもルームシェアだって普通にあるよね? 血のつながりのない他人同士が共同で……身を寄せ合って生活するのがそんなにおかしい?」


 気がつくと、日菜の口調に熱がこもり始めていた。『赤の他人』というワードに、自分でも知らないうちに苛立ちを覚えたのだ。


「……確かにそうだけど、桜坂さんは若い男じゃん。いくら草食系で安全そうに見えるとはいってもさ。……それでも、男なんだよ?」


 だが、それでも親友の身を案ずる紗代子が、重ねて忠告する。

 すると、日菜はぼそりと言った。


「……実は光輝くんってゲイなの」


「……へ?」

「そ、そうなの? ひなちゃん」


「うん。だから平気。安心して」


「……そ、そっか。そういうことなら……」

「お、女の人に興味ないなら安全だもんね」


「って言ったら、紗代子たちは納得してくれるの?」


「……あ、あんたねえ」

「な、なんだぁ。びっくりしたよ……」


 日菜の手のひら返しの試すような物言いに、紗代子はわずかにその声に怒りをにじませ、絵美はあからさまにホッとした表情を見せた。


「ごめん、嫌な言い方して。でも……なんて言ったらいいのかな。別に光輝くんがただ安全な男子って主張したいわけじゃなくて……あたしがそれをわかってないってわけでもなくて……。光輝くんが年頃の男なのは事実だけど、そういう尺度だけで彼のことを見てほしくないっていうか」

「ひなちゃん……」

「……ダメだ、うまくまとまらないや」


 もやもやした心の内の言語化を諦めた日菜が寂しげに笑うと、


「あー、もうわかったわかった。あたしの負け。もう何も言わないよ。……だいたい、さっき桜坂さんと話して一度納得したわけだしね」


 紗代子のほうが手を上げて降参の合図をした。派手な指先のネイルが街路灯に反射し光る。


「……紗代子。いいの?」

「いいも悪いも、そんなに熱く大切な男のことを語られちゃったらねえ。これ以上はヤボっていうか……あたしも恋路を邪魔して馬に蹴られたくないし」


 紗代子がさらっとからかうと、日菜は顔を真っ赤にして反論する。


「は、はあ!? なんでそうなるし!? あたしの話聞いてた!?」


「ちゃんと聞いてたからこその感想だと思うよ」


 絵美もうんうんと同意していた。


「もう、なんなのよ二人とも。そういう認め方してほしかったわけじゃないんだけど」

「まあまあ、ひなちゃん落ち着いて」


「……でもまあ」

「え?」

「そんなに桜坂さんのことが大事ならさ。ただ甘えるだけじゃなくて少しは優しくしてあげなよ? これは親友としてじゃなくて、同じ女としての忠告ね」

「あんまりツンツンしてると結月さんにどんどん先行かれちゃうよー?」


「……だから意味わかんないっての」


 紗代子の上から目線のアドバイスと絵美のからかい交じりの冗談に、日菜はまたそっぽを向くのだった。

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