第4話⑧ 軽い妹?
そんなこんなで白熱(?)したルール会議もとりあえず終了。メシも食い終わり、二人は自分の部屋に戻っていった。
ようやく落ち着いたプライベートタイムの到来だ。
一風呂浴びた俺は、先日買ったばかりのコーヒーメーカーを起動させる。
オートでドリップされていくコーヒーを見つめながら、ついつい悦に入った一言が漏れ出てしまう。
「ふっ、このまったりかつ優雅なコーヒーブレイク……。これぞ大人の時間ってヤツだな」
俺は酒は飲めないわけではないが、基本晩酌はしない。コーヒーとコンビニスイーツで十分満足できるタイプだ。
「さて、冷蔵庫には何が入ってたかな。チョコとか食いたい気分」
まあ年を追うごとに代謝が悪くなってカロリーが下腹部に蓄積されつつあるんだけど……。
「なんて気にしない気にしない。なんたって冷蔵庫に入ってたら冷たい。つまりカロリーゼロだからな」
この理論を提唱した芸人は天才だと思う。間食をする罪悪感が薄れることこのうえない。
なんて常に腹ペコの男子高校生のように冷蔵庫を漁り散らしていると。
「光輝くん、さっきから何独りでぶつぶつ言ってるの……」
ようやく二人の女子のいる空間から解放され、緊張が抜けていた俺は、警戒心がほぼゼロだった。つまり、
「うわあっ!?」
こうも大声をあげてしまったのは仕方のないことだろう。
「ひ、日菜さん!?」
振り返ると、ついさっき自宅に戻ったはずのJKがそこにいた。ちょっともこもこしたフリースのルームウェア姿。だが、その肌色成分の少ない格好とは裏腹に、ウェーブのかかったミディアムヘアーはまだしっとりとした潤いが残っている。はっきり見えるうなじに正直ドキリとした。
「一人暮らしが長いと独り言増えるってホントなんだね……。ていうか、さっきご飯食べたばかりじゃん。マジで太るよ? 今朝もお腹回り正直怪しかったし」
「そ、それより、何でここにいるんだよ!?」
「えへへー。お風呂入り終わったからまた遊びに来ちゃった」
そんな彼女は茶目っ気たっぷりにウィンクをした。ルームウェアの袖が手を半分隠している(萌え袖だっけ?)のもまたあざとい。
「あのねえ。確かに食事はなるべく一緒に取ろうってことにはなったけど、こんな夜更けに男の部屋に来るもんじゃないよ」
ルール⑦…ご飯はできるだけ三人で食べる!
水瀬姉妹が、とりわけ日菜さんが強硬に主張したルールだった。いやルール②がある時点で別に改めて決める必要はないだろうとは思ったのだが。
「ダメだよ! せっかくこんな縁ができたんだからみんなでご飯食べなくちゃ!」
とのこと。
……幼いうちに両親を失い、親代わりの兄も自分を置いて去ってしまった。家族団欒みたいなものに飢えているのかもしれない。そう考えてしまうと拒否はしにくかった。
「えー。だって光輝くん、男の人って感じしないじゃん。親戚のおじさんの家に行くのと同じ感覚なんだよねー」
「そこはせめて従兄とかって言ってよ……」
いやまあメンタルは十分すぎるほどオッサンなんだけどさ。昔からウェーイなノリ嫌いだし。カラオケスノボより温泉散歩だし。
「って言っても、あたしはお父さんとお母さんが死んじゃってから親戚とは疎遠だから、おじさんやおばさんの家って行ったことないんだけどねー」
「まったく笑えない……」
どんな反応すりゃあいいの。
すると、日菜さんはふと寂しそうに表情を陰らせた。
「だって、なんだか寂しいんだもん。お姉ちゃんと二人だけって」
「――――――」
まさに不意打ち。俺の低くも高くもない声は喉の中にある空気の壁に完全にブロックされてしまった。カエルみたいな情けないうめき声が漏れただけ。
「……だから、光輝くんに慰めてほしいな?」
日菜さんはいじらしい上目遣いで俺を見た。
「ねえ光輝くん……あたしといいコト……しよ?」
俺の喉はごくりと鳴った。
×××
「ちょ、ちょっと光輝くん……! ご、強引だって……!」
「なんだ。日菜さんも普段、あれだけ強気なのに、受けに回ると、弱い、んだな!」
「初めてじゃなかったの……? どうしてこんなにうまいのよお……」
「経験、なくても、君の反応見れば、どうすればいいか、わかるから、かな!」
「何よ光輝くん、生意気言っちゃって……! ここはあたしがリード、するんだからぁ……」
「そんなこと、言っても、プレイは正直、だね!」
「ああっ!? ダメっ!!」
テレビ画面に「GAME!!」の大きなロゴが表示される。
「あー、もう!! また負けたーー!!」
日菜さんがコントローラーを放り投げる。
「はい、これで俺の5連勝だね」
ここでネタ晴らし……ってベタで使い古されすぎた演出だし解説するのもヤボか。
俺と日菜さんは、オールスターで乱闘するあのゲームで遊んでいた。最近友達から借りたらしい。……今の時代でもゲームの貸し借りってあるんだな。今の若い子ってもっぱらソシャゲばっかりだと思ってた。
この考え方、おじさんぽくてやばいな。
日菜さんはぷくっと頬を膨らませる。
「んもう。女の子相手にマジになっちゃって。適度に接待プレイもできないと引かれちゃうぞ?」
「勝負事は手を抜くほうがよっぽど失礼なんだぞ。第一、日菜さんは手加減した俺に勝っても納得するタイプには見えないけど」
「う……」
これは日菜さんだけでなく結月さんにも言えることかもしれないが、この姉妹はどことなく負けず嫌いなところがある。
「あーもうやめやめ! ゲームは終わり! 負けっぱなしでつまんない!」
基本的に大人びているのに、こうも分かりやすく子供っぽいところもある。このギャップもまた、人によっては魅力的に映るだろう。
正直、今の俺にはちょっとウザいけど……。
「次はあれしよ、あれ!」
「あれ、じゃわからんし……」
俺に女子の指示語を解読できるだけのデリカシーはない。
「コイバナだよコイバナ! 光輝くん、好きな女子のタイプ教えて! 夜の鉄板トークでしょー!」
「………………」
えぇー……。
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