第4話⑨ 非モテ男の本音

「コイバナだよコイバナ! 光輝くん、好きな女子のタイプ教えて!」


 俺が日頃ゲームやパソコンで使っている和室。

 その中でだらりと足を伸ばした日菜さんが、首を大きく傾けて俺に尋ねてくる。

 もこっとしたルームウェアなのに、決して貧相ではないボディラインが露になって目の毒だ。


 そんな脳内を覆う煩悩を振り払い、俺は息を吐く。


「今日、俺のことさんざん童貞とか彼女いない歴=年齢とかバカにしといて、今さらそれ聞くの?」


「いや、あたしそこまで言ってないし……。光輝くんの被害妄想じゃん。それに、彼女いたことなくても、好きなタイプとかはあるでしょ? これまで好きになった人とかでもいいし」


「……美人で可愛くて優しくて料理上手。はい回答終了」


「うわあ……それ絶対モテない男が女に勝手に抱いてる幻想……って真面目に答える気ないでしょ」

「いや、なんでむしろちゃんと答えなきゃいけないの」


 プライバシーだよプライバシー。


「こういうの、夜のパジャマトークじゃ鉄板ネタじゃん。それに、あたしとしてはこれからお世話になる人が、お兄ちゃんみたいに変な女に騙されて辛い思いするのはイヤだし、女慣れしてない光輝くんのためにレクチャーはしてあげないとねー」


 ……それ、水瀬がそうなっちゃった時点で効果のない講義なのでは……。

 いや、さすがに口に出せる内容じゃないし、水瀬は俺と違ってモテまくってたはずだけど……。


「それで? 光輝くんはどんな女の子がタイプなの?」

 

 日菜さんは目をキラキラさせ、食い気味に聞いてくる。

 

 うーん……。


「いや、改まって聞かれるとなかなかパッとは……。つーか俺もういい年だし、別に理想なんて大してないし普通の人で……」


「で、でたー!! 普通の人! はいその答えギルティだよー!」


 彼女は口に手を当て、大げさなリアクションを取る。


「な、なんで?」


「あれでしょー? 光輝くんの言う普通の人って、まあまあ顔立ちが整ってて、体型も普通で、家事もそれなりにできて、性格も変に尖ったところもなくて、就いてる仕事が正社員ならなお良し! みたいな女子でしょー?」


「いや別にそんなことは……ってあれ?」


 はてと気づく。そんなこと、ある……のか?


「それあれだよー? 年収が人並みにあって、体型は細身で、身だしなみに気を遣ってて、清潔感があって、優しい性格の男なら誰でもいいって女がネットでつぶやいて、『そんな男いねーよ』『喪女の妄想乙』って大炎上するレベルの理想だよ?」


「…………」


 確か、女の良く言う『普通の人でいい』の普通って、男の上位5%程度しか該当しないってビジネス雑誌か何かで読んだことがある。実際、俺もその女たちの掲げる、勘違いした『普通』に舌打ちをした下位層の男だ。


 まさか、この俺がそんなお花畑脳の女たちと発想が一緒……だと?


 日菜さんは「結局、最初のテキトーな答えの通りってわけだね」と、肩をすくめ、


「いい? 今光輝くんが言ったような女の子はね、普通に彼氏がいるんだよ? もっと言えば、中学か高校時代には初カレができて、それからずーっと彼氏が途切れないような、ね? 光輝くんみたいなモテない男子が付け入る隙なんてないんだよ?」


「や、やめて……!」


 いたいけな純情男(アラサー)の心を弄ばないで!


「たぶん、光輝くんが中学や高校の頃好きだった人とか、とっくに結婚してるんじゃない? それもその頃付き合ってた人じゃなくて、もっと大人でイケメンでお金稼いでる5人目くらいの人とかとさ」


「やめてくれーー!!」


 俺の脳は、ませたJKによって破壊されるのだった。



 ×××



「というわけで、光輝くんに男と女の世界の現実を教えることができました。まずは己の立ち位置を知る。勉強だろうがスポーツだろうが恋愛だろうがそれは同じです」

「辛い……」


 視界がぼやける。泣いているのは……俺?

 

「それを踏まえて、光輝くんの好みをもう一度聞きます。……妥協ともいうけど」

「妥協なんかい……」


 ……いや、日菜さんに言われるまでもなく、俺だって分かっている。

 優しい美少女に好かれる陰キャなんてラノベの世界だけだ。


 いつまでもシンデレラ症候群を患っているわけにもいかない。自分のルックスや収入、コミュニケーション能力と相談して、それ相応の相手を見つける。それが大人の恋愛だ。

 ……ていうか、いつのまにか恋バナじゃなくて婚活セミナーみたいになってんな。


「それで、光輝くんは女の子に求めるとしたら、顔と性格どっちが優先? あ、もちろん両方って答えはなしね?」


 分かってるって。さっきの話の趣旨くらいは理解している。


「それなら性格、かな」

「ありゃ意外。絶対顔って言うと思ったのに」


 日菜さんは目を丸くした。


「……俺の顔面偏差値で相手の顔なんか選り好みできるわけないでしょ」

「そういう理由なのもどうなの……」

「それに」


 俺は一度呼吸をし直し、


「さっきは恥ずかしくて煙に巻いちゃったけど、一応理想? みたいなものはないでもないんだ。そして、それは容姿よりも性格に当てはまると思う」


「えっ、マジ? なんで教えてくれなかったのよー?」

「いや、だから恥ずかしかったから……」


「で? 何なの? 光輝くんの理想!」

「うっ……」


 日菜さんはぐいっと顔を近づけてきた。


 俺は羞恥のあまり顔を逸らし、消え入りそうな声でなんとかつぶやいた。


「……がいい」


「えー? 聞こえないよー?」


 日菜さんはダンボのように耳に手を当てる。

 

 俺は恥を体面も押し殺してもう一度だけ言った。


「俺は……俺のことを贔屓してくれる子がいい……」

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