第4話⑤ 家族ルールブック
×××
「このたびは本当にお世話になりました」
「はい、これ。あたしたちからのお礼だよー」
水瀬姉妹の姉……結月さんはテーブルに額をつけそうなくらい頭を下げ、妹……日菜さんは持っていた菓子折りを俺に差し出した。スイーツのことなど全然分からないが、これ、結構高いんじゃないか?
「いや、こんなの受け取れないよ、俺は自分の義務を果たしただけだ。君たちを助けたわけじゃない」
俺はそっと紙袋を押し返す。
ちょっと冷たい言い方になってしまったが、事実だ。
「だいたい、あの借金を返す義務があるのは借主の水瀬と、連帯保証人になった俺だけだ。君たちに責任は及ばないと、俺もあの金融機関の職員も説明しただろう?」
借金というのは、まず契約した関係者にしか支払義務は発生しない。家族だろうがそれは同じだ。仮に水瀬にほかにいくら借金があったとしても、この子たちに返済を迫ることは法律上できない。このネット社会のいま、闇金ですらそうそうそんなことはしないだろう。
もっと言ってしまえば、あの借金のことをこの子たちに知られてしまったこと自体、かなりのグレーだ。あの金融機関の担当者、今頃コンプラ違反でしょっぴかれてるんじゃないだろうか。
しかし、姉である結月さんは頑なに譲らず、再び紙袋を俺のほうに押し戻した。
「それでも、です。それでも、桜坂さんは私たちを守ってくれたんです」
「いや、だからそんなんじゃ……」
結月さんは静かに首を振った。
「あの後、私たちの口座に少しだけ兄からお金が振り込まれていたんです。桜坂さんが返済を立て替えてくださったあと、すぐに」
「え?」
「桜坂さんに払っていただかなかったら、その兄からのお金もいつか差し押さえられたかもしれません。だから結果的にですけど、私たちはあなたに助けられたんです」
「……そう」
その結月さんの告白に、俺の心中にモヤモヤとしたものが覆う。何だよ、だったら―――――。
俺の蠢く心中を読み切ったかのように、妹の日菜さんが言った。
「桜坂さんの考えてること、分かるよー。お金あるんだったら、何でお兄ちゃんは払ってくれなかったんだってことでしょ?」
「…………」
その通りだった。邪推すれば、水瀬は妹たちへの罪滅ぼしと同時に、借金から逃れるために自分の資産を逃がそうとしたんじゃないかとさえ思える。
「……今日、私たちが伺ったのは、そのことも関係あるんです」
「……そのこと”も”?」
俺が聞き返すと、結月さんは俺の目をしっかりと見据え、決意に満ちた口調で言った。
「桜坂さんが立て替えてくださったお金、返そうと思うんです。私が」
「……え?」
彼女の言葉に、俺の思考は固まった。
×××
ルール①…援助する金額は1人につき(←ダメです。2人で)年間110万円まで
ルール②…食費は折半。料理は当番制、ないし共同で(私が毎日やります!)
ルール③…洗濯は各自で(当然じゃん。このルールいる?)
ルール④…門限(20時)より遅くなる時は必ず連絡を入れること(光輝くんもだよ)
ルール⑤…まずは勉強と課外活動を優先! バイトは後回し! 青春は今しかない!(うわー……)
ルール⑥…このルールの有効期限は今日から2年間とする(その後は?><)
「まあこんなところかな……って、何で落書きするの」
俺がさらさらと書き上げたルールを見るなり、二人して渋い顔をした水瀬姉妹は勝手にあれこれ書き足していた。カッコの中が結月さんと日菜さんのコメントである。
「それはそうですよ。特に①。これは絶対に譲れません!」
結月さんが腰に手を当て、強く主張してきた。
「いやでも、二人で110万じゃ学費渡すだけでほとんど終わっちゃうじゃん」
「だから、それだけで十分です。それ以上甘えるわけにはいきません! 1カ月当たりほぼ9万円ですよ!? 光輝さん、感覚がマヒしてますっ!」
む……確かにそう言われればそうか。もう300万弱払っちゃったからな。変にケチる理由も薄れてしまった。生活費は出し合うことになったわけだし……。
「っていうか、なんで110万円とか中途半端な金額なの?」
日菜さんがもっともなクエスチョンマークを頭の上に浮かべる。
「ああ、それは贈与税がかからないギリギリの金額だからだよ。それを超えると税金を払わなきゃいけなくなるのさ」
「……確かに援助してもらうのに、余計な税金まで光輝くんに払ってもらうのは気が引けるね……」
どうやら分かりやすく納得していただけたようだ。
……まあ、税金そのものを払うのが嫌というよりは、そういう公的な支出をすることで二人との関係が露見しやすくなるのを避けたかったというほうが、理由としては大きいのだが。確定申告とかめんどくさいし。勤め先に隠れてこっそり副業をやるのと似ている。
「1人につき、だから2人なら220万までいいんだけど……」
「ダ、メ、で、す!」
結月さんは折れない。
……なら仕方ない。
「……わかった。それは認めるよ。でも、こっちにも言いたいことはあるよ? 次の②についてだ」
シン・家族会議は続く。
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