第4話④ シン・家族会議
×××
(うぐ……なんか緊張で胃が痛くなってきた……)
俺は今、真宮寺昭一さんの経営するカフェ、ホワイトラビットの一席で頭を抱えていた。
水瀬さん(姉)から、『直接会ってお礼をしたい』と連絡があった次の休日。
今から、彼女たちがここにやってくる。
『どちらまで伺ったらいいですか?』と聞かれ、さすがに自宅に招くわけにもいかず、テンパった挙句にこの店を待ち合わせ場所に指定してしまった。
(やっぱ知り合いがいるところなんて完全にミスチョイスだよな……。マスターにはどう説明しよう……)
俺はマスターが所有するアパートにもうかれこれ3年ほど住んでいて、このホワイトラビットにもモーニングやらブレイクタイムやら何かと世話になっている。
俺に女の影一つないのはもちろん、卑屈でモテない性格もバレバレだ。そんな野郎のところにいきなり美人の二人姉妹(しかも学生)が尋ねてきたら、どんな疑いの目を向けられるか分かったもんじゃない。
もちろん、カフェのマスターという職業である以上、いくら俺相手でもプライベートに踏み込んでくることはないだろう。しかし、自意識過剰な俺のほうがここに通いづらくなりそうだ。
まいったな、どうしよう……。
「光輝」
今からでも場所を変えてもいいか水瀬さんに聞いてみるか……? いやでも、『何で?』と警戒されるかもしれないし……。そもそも女性相手に自分から連絡するのは極めて苦手だ。
「光輝!」
「……えっ?」
ハッと我に返る。見上げると、そこにはいつものように渋い顎鬚を携え、きっちりとした制服に身を包んだマスターが立っていた。
「どうした? 朝から難しい顔して。何かあったのか?」
「ああいや。すみません、ちょっと考え事してて……」
そう答えると、マスターは特製のブレンドをテーブルに置きながら言った。
「何だ。女性と待ち合わせの約束でもあるのか? あまり緊張しすぎるといい結果にはならんぞ。これでも飲んでリラックスしろ」
「……な、何で分かったんですか?」
俺に女っ気がないことなど知っているはずなのに。なぜ今日に限って……。エスパー?
「俺が何年この仕事をしとると思ってる。おまえくらいの年の男が唸ってるときはだいたいが仕事か女のことだ。そして、おまえはさっきからスマホが気になって仕方がない。とくれば、答えは一つだろう」
「……仕事柄ってやつですか」
「まあそうだ。後はそれなりに長く生きてきたから、という理由もある」
……この人には隠し事とかはできそうにないな。
「とは言っても、別にデートとかでは……。……あ」
「どうした?」
そうだ。どうせ聞かれてしまったのだから。
「実は……」
×××
そして約束の時間の5分前。
ホワイトラビットの重厚感のある扉が開くと、入店を知らせるベルがカランカランと鳴った。
「いらっしゃいませ」
マスターが渋い声で挨拶と会釈をすると、一人の女性と一人の少女が入ってくる。
彼女たちは俺の姿を認めるなり、
「あーっ! お兄さんだー! やっほー!!」
「ご無沙汰しています。桜坂さん」
この日が、俺と水瀬姉妹の、二度目の邂逅だった。
×××
「はい、光輝さん。できましたよ。どうぞ召し上がってください」
そして買い物から帰った俺たちは、そのまま俺の部屋で夕食を取ることになった。
朝飯は彼女たちの部屋で作ったものの差し入れだったが、今回は結月さんに完全に台所を占領されてしまった。何度も自炊しようと思ってその度に三日坊主、すっかり部屋のオブジェと化してしまった調理器具たちも喜んでいることだろう。
……でも、女子大生にメシ作ってもらうって結構ヤバくない? 女子高生も部屋の中にいるし……。
結月さんのメニューは、さっきの宣言通り肉じゃが、それに厚揚げとサラダだった。
「あ、ありがと。……でも、やっぱ悪いよ。少しだけど払うって」
そのいたたまれなさから、俺が財布を取り出そうとすると、結月さんはそれをキッパリと押しとどめる。
「ダメです。そもそも材料代は光輝さんが出してくれたじゃないですか。私たちはそのご相伴に預からせてもらうわけですから」
「そうだよ光輝くん。それに、そうやってちょくちょくとお小遣いみたいにお金渡すほうがいやらしいよ? それこそパパ活みたいじゃん」
日菜さんも姉を援護射撃。
「うっ……。でも、家事って金額に直すと結構な労働って聞くしタダ働きさせるのも……。ふ、不透明な金の流れがまずいなら領収書を……」
俺がいまだに煮え切らずにごちゃごちゃ言っていると、日菜さんがやれやれと溜息をついた。
「光輝くん、かなり前に流行った契約結婚のドラマみたいなこと言うねー」
ああ、あれか。ダンスのやつ。最近ホントに結婚した。
「け、結婚!? え、ちょっと日菜。いくらなんでもまだ早すぎ……。あ! も、もちろん光輝さんがどうってわけじゃなくて!」
「こっちの人は都合のいいとこだけ聞こえてるし……」
「でも、やっぱりこのままズルズルいくのは……」
結月さんの言ったように際限がなくなってしまう。
何より、それが嫌じゃなくて、嬉しがっている自分がいる。
だったら……。
……よし。
「じゃあルールを決めよう! 俺たち三人の!」
「……はい?」
「え?」
「このあいだのとは違う、シン・家族会議……いや円卓会議の開廷だ!」
俺は右腕を突き上げ気勢を上げる。
「……えんたく?」
「光輝くん、やっぱりオタクの中でもそっちの人だったんだね……。ていうか開廷じゃ裁判だし……。女子学生二人連れ込んでいる時点で有罪確定だし」
「………………」
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