第11話

 悪魔の攻撃は俺の宝珠眼だったら難なく見切れる。攻撃のスピードは【身体強化】でなんとか避けれる。

 この調子で攻撃を当てていこう。


 悪魔はブツブツと何かを呟きながらこめかみに血管を浮かせている。


「私が……この私が……ッ! 許せない許せない許せない許せない!! ……容姿などもうどうでもいい! 〝解呪ディスペル〟ッ!!」

「な、なんだあの姿は……!?」


 黒い風が悪魔に集まり、今にも押し潰されそうな禍々しい雰囲気が増大する。

 風の中から現れた悪魔の姿は、目を見開いて驚くほど変化していた。

 10メートルほどの筋骨隆々な巨体に血走った眼、全身真っ黒で、悪魔より化け物感の方が強く出ている気がした。


『この姿は美しくない……だが、貴様を嬲り殺すには丁度良いいのです!』


 重なって聞こえる声を発し始める。そして、雄叫びと共に再生とともに巨大化した拳が俺の方へ飛んできた。


「やば――」


 脊椎反射で腕を前に出しクロスさせる。防御魔術を展開しようと思ったのだが、宝珠眼の影響で展開が遅れ発動できず、モロに拳を食らってしまう。

 後方へ吹き飛ばされ、倉庫の壁を何枚も貫いた。


「ガフッ……!」


 血反吐を吐きながら、俺は靴の裏を磨耗しながらもしっかりと地に足をつける。

 体勢を立て直そうとしたのだが、目の前に悪魔がいて再び拳を振るおうとしてきていた。間一髪で回避したが、動揺を隠しきれなかった。


(さっきとは比べ物にならないほどのスピード……! 【身体能力強化】じゃ賄えない! 〝破壊魔術〟はまだ魔法陣の構築方法が思い出せていない。今溢れそうなモノを出しても、多分止められない! どうする……どうする!!)


 先ほどのパンチで使い物にならなくなった片腕に、黒い模様がズズズと現れ始める。


「いッッ……てェエエエ!!」


 腕を切られたような感覚で、目尻に涙が溜まるほどの激痛だった。黒い模様ができただけで腕は切られていないが、実際に切られたかのよう感覚だった。


『まだまだ……!』

「!?」


 黒い模様は消えろことなく、じわじわと広がり始める。腕から肩へ、肩から胸へ、そして全身へと。


『【ダートゥム・ノン・グラータ】……――【冤染えんせん】ッ!!』


 天から手が伸び、そのままはたき落とされたかのように俺は地面に落とされた。体重が……いや、重力が倍になったかのような感覚だ。

 こんな攻撃は奴にはしていない。これも異能力なのだろうか。


「ぐ……ゔぅ!」


 地面にクレーターができるほど重くなっており、立つことすらままならず、押し潰されそうだった。

 他にも、全身に針を刺されているような感覚、電流を直で流されている感覚、溶岩に突き落とされたかのように熱い感覚、全身微塵切りにされる感覚……など色々な感覚が現れ始める。


 ――〝地獄〟。


 それを表すのなら、この言葉が一番合っていた。この地獄のような苦しみに耐えられず、堪えていた涙も出てくる。だが叫べなかった。苦しすぎたからだ。


『クヒッ……〝解呪ディスペル〟』

「ガ……ァア……。ゲホッ、オェ……!」


 胃の中から熱いものが喉を通り、外へ吐き出される。

 継続的な苦しみから解放されたのだが、まだ痛みが残っている。

 惨めに悪魔を見上げることしかできない。


 ――無力だった。

 俺はまだ無力だった。

 痛かったら泣くし、敵が強かったから勝てない。……当たり前だった。

 また俺は打ち拉がれることしかできないのか?


『ほらほらぁ、まだこれからですよぉ?』

「〜〜ッ!!」


 痛みを与えられ続けながら、蹴られ、殴られたりする。


 それからと言うもの、一方的な痛め付けだった。身動き一つ取れず、痛みを永遠と味合わされて、気絶さえさせてくれなかった。


「…………」

『おやおや? もう終いですかね? クヒヒッ♪』


 巨大な悪魔は俺の右足を摘み、持ち上げる。俺は虚ろな目で逆さまの悪魔を見つめていた。

 そして悪魔は俺の足首につけている白色のミサンガを見つけていた。


『ふん、大事にしているようですね。引き千切ってやりますかッ!』


 その時、ブチンと切れた。ミサンガではなく、俺の堪忍袋の尾だった。


「やめろォオオ!!」


 一気に体を起こし、近づけてきている指に向かって拳を振るう。その指はボキッという音と共に、見るに耐えない方へと向いた。


『ぐゔっ! な、なんだこのパワーは……!!』

「ゲホゲホゲホ……」


 俺ははこの時しっかりと理解した。

 海中の時はレイニィーの堪忍袋の尾が切れていた。そして今は、嘉神祐紫のが切れたんだ。

 このミサンガは俺が幼い頃、親友から貰った本当に大切な物なんだ。だから、それを千切ろうとするのは嘉神零紫が許さない。


『ふんっ、ですがもうわかっているでしょう。貴方じゃ私に敵わない、と。貴様に未来はありません』


 ゆっくりと立ち上がり、俺はブツブツと呟き始める。


「……未来だとか、後のことを心配するのは間違ってるな……。現実いまを見るべきだ! 溢れようが暴走しようが、どうだっていい!!」


 辺りの雰囲気がガラッと変わる。全身にある黒い模様がどんどんと消え始めた。

 その代わり、俺の髪はどんどんと淡い色になり、白に近い紫色になる。

 さらに、両目の下にピシッと稲妻のようなヒビが入り、それは全身へと走り始める。


『なっ!? 私は許可していないッ! なぜ消えているのです!! 貴様何をしたァァ!!』


 巨大な真っ黒な拳を振り下ろしてくる悪魔。

 ヒビが走り、その隙間から漏れ出る紫色の淡い光と、小紫色の靄。右の拳をギュッと握りしめてそれを振るう。

 拳と拳がぶつかり合うが、それは勝負にはならなかった。


『なっ、何ィ――ッ!?』


 触れた途端、悪魔の拳は一瞬でバラバラになる。


 ――さぁ、本当の逆襲はこれからだ。

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