第10話

 ……今回も違かった。

 彼女――シエルを蘇らせる方法はあると彼女自身が言っていた。あの眼を特殊進化させなければ、私は最強になれない。


 私は溜息を吐き、独り言をつぶやき始める。


「しかし、これでなんの情報もなくなってしまいましたね。また一から探し出しますか……」


 背中の羽を動かし、この場から飛び立とうとした次の瞬間、私の体が小刻みに震え始めた。

 自然と呼吸も浅くなり、冷や汗が止まらない。


「な……なんだこれは……ッ!?」


 私の後ろからただならぬ威圧を感じているのだ。

 この場所に私たち以外人がいないことは既悪魔が確認済みだった。

 だから転移系の魔術や異能力を使える者が来たのだろうかと思う。


「だっ、誰だ貴さ――グハァッ!!」


 バッと後ろを振り向くと、拳が目の前にあった。その拳は一直線に私の顔に吸い込まれ、バキッという音を鳴らされて後方に吹き飛ばされた。


「貴様……嘉神零紫、貴様ァ! この高貴なる私の顔に傷を……よくもォッ! 下種な人間如きが……貴様貴様貴様貴様ァァ!!」


 殴った張本人は、先程海に投げ捨てたはずのただの人間であった。

 黒い髪は濃い紫色に、眼も紫色に煌めいていた。見た目もそうだが、何かが変わっていた。


 だがそんなことをどうだっていい。ただの人間が……この高貴なる私の顔に傷をつけた! 許されないこと……この人間は絶対に楽には死なせない! 最悪の呪いをかけてやる!!


 プッツンと、私の中で何かが切れた音がした。



###



 自分でもびっくりするぐらい冷静だ。

 このゲス悪魔に対して腹わたが煮えくり返っているというのに、頭がすごく冴える。


 内側から膨大な〝何か〟が溢れ出しそうだし、記憶が戻って頭痛もするが、なんとか耐えている。


(メイドさんはこの悪魔が『呪いの異能力を持っている』って言ってたから、あまり軽率に距離を詰めない方がいいと思うけど……)


 距離は嫌でも詰めなければならない。それは、さっき覚醒したばかりの宝珠眼に問題があることを思い出したからだ。

 宝珠眼はだんだんと進化して行く眼。フェイズ.1ワンからフェイズ.5ファイブまである。

 俺の眼は攻撃や破壊に特化しているが、その特化される有効範囲はフェイズ.1の状態ならば3メートルだ。その有効範囲外で攻撃を行うと、少し弱体化されてしまう。


(遠距離で牽制しつつ、早めに異能力の正体を暴く。暴いてからは異能力に注意しつつ、近距離戦に持ち込んでこいつ倒す。そして、伊集院さんを取り戻してみせる!)

「凄惨な呪いをかけてやりますッ!!」


 悪魔は背中の翼を激しく動かし、一直線にこちらに飛んで来た。

 俺は焦ることなく魔術を発動させる。


 ――【身体能力強化しんたいのうりょくきょうか】、【治癒ヒール】。


 全身の身体能力を大きく向上させる魔術だ。宝珠眼の効果も相まってさらに強化されている。

 治癒ヒールは俺の左腕を治したが、魔力量を多く使ってしまった。


 横に移動し、手に魔法陣を浮かばせ、炎系統の攻撃魔術である【ファイアボール】を発動させる。

 三発ほど打ち、全て悪魔に被弾。怯んでいる好きに近くに落ちていた鉄パイプを拾う。

 煙の中から悪魔が再び飛んで来て、鋭く尖った爪を振り下ろして来た。俺は鉄パイプで応戦する。爪と鉄パイプが擦れ、火花が散る。


「チッ……!」


 【身体能力強化】をフルで発動させているのにも関わらず、少し押されてしまった。

 筋力も魔力量も、全体的なパラメーターは前世よりも落ちているからキツイな。


 ――【滑剣とうけん】。


 剣ではないが、鉄パイプにこの魔術を発動させ、爪を滑らせて相手の隙を開かせる。


「ふんっ!!」


 脇腹に思い切りスウィングした鉄パイプを直撃させる。

 攻撃に味を占めているのも束の間、悪魔が爪を伸ばして俺の頰を掠る。


「クククッ! 先程の攻撃をお返ししますよ! ――【ダートゥム・ノン・グラータ】!」

「ガッ……」


 俺の頰に、三回熱い弾が直撃したような感覚と、殴られるような感覚がした。

 脳が揺れ、思わずその場に倒れこむ。水溜りに映る自分の頰には、黒い模様ができていた。


 前世の記憶が戻ったからと言って、痛みへの耐性がなくなったわけじゃないからすごい痛い。

 痛みに耐えながら、俺は奴の異能力について整理を始めた。


(……相手に傷をつけ、そこに印みたいなのをつけたら呪いが発動できる。その呪いは相手からの攻撃のみ……って感じか? アイツから血も出てるし、攻撃を食らわせられているみたいだ。まだ隠し持ってるかもしれないから油断できないな……)


 スゥーッと黒い模様は無くなったが、悪魔は空かさず転がっている俺に攻撃を仕掛ける。

 拳を振り下ろしてくる悪魔に対し、俺は間一髪で避ける。地面にヒビが入るのを見て、ゾッと背筋が冷えた。


「虫けらのようにすばしっこく、醜く動きますね……。腹が立ちます……!」

「おいおい……虫さんたちに謝れよ。お前みたいなゲス悪魔より、虫の方が綺麗に生きてるからなぁ!」

「どこまでも私をバカにするつもりですか、貴様ァァ!!」


 両腕を大きく天に掲げ、力任せに振り下ろしてくる。

 この間、俺はまだ転がったままだ。何もしていなかったわけではない。これを狙っていた。


「ふっ!」


 瞬間、悪魔の両腕が切り落とされた。

 鉄パイプを魔術で引き伸ばし剣のような鋭さにする。そして剣の鋭さを上げる【強靭化きょうじんか】を付与しておいたのだ。


「やっぱり――これがしっくりくるな」


 手を地面につき、両足で悪魔をり飛ばす勢いで後ろにバク転を三回ほどして飛距離を取る。

 【身体能力強化】以前に、俺は運動神経がかなり良いし、ダンスとかも習ってたからそれなりにトリッキーな動きができると思っている。


 慢心はしていなかったが、俺はこの悪魔のプライドを舐めすぎていた。

 本当の悪夢はこれからということを、今の俺は知る由もない。

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