第6話
その夜。俺は広い祭殿で一人眠る事になった。『居心地がいい場所ですのよ』なんてイヨは言っていたが、広いは、暗いわでなんとなく怖い。古代の闇はハンパない暗さと、深さを併せ持ってる感じがする。まるで、すぐそばに異形の物でもいるような……。
眠れないまま夜具の中で今日一日の事を思い返して居た。なんで、こんな事になったんだろう? 俺はちゃんと元の世界に帰れるんだろうか? などなど……。考えていると、突然、さらさらと絹ずれの音がして、誰かが近付いてくる気配がした。
さらさらさら……
なんだ?
薄気味悪くなる。
まさか……お化け? それとも、昼間の化け物?
断わっておく。俺は霊なんか信じていない。少なくとも21世紀の文明に守られている限りは。
しかし、これだけ異常な目にあってしまっては、お化けも妖怪も否定できない。なにより、この古代の世界には、何が起きるか分からない底知れない恐ろしさがある。俺は夜具をかぶってがたがたと震えだした。そして、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏とお経を唱える。と、何か生温かいものが夜具の上から俺に触れた。
「わっ」
飛び上がると、そこにイヨが居た。
「な……なんだ? イヨか」
激しく波打つ鼓動を抑えながら俺はイヨを見る。
「ごめんなさい。起きてしまわれたのですね」
「い……いいよ。まだ、寝てなかったし……。それより、何しに来たの? 君はモヨと巫女の館で寝ていたんじゃないの?」
「ええ。ですけど、今日は龍神様と一緒に寝ようと思って」
「……はい?」
「ですから、ここで、一緒に寝ようと思って」
「はあ?」
言うや否や、イヨが夜具の中に入り込んで来た。腕に柔らかい感触が……。
「って、ええーー! 駄目でしょ? 駄目だって」
「どうしてですの?」
「どうしてじゃないだろう? 仮にも妙齢の女性が男の布団に潜るなんて」
「でも、こうすれば冥界の花嫁にならずに済むかもってモヨ様が」
「はあ?」
「龍神様と一夜をともにすれば、もう乙女ではないからと」
「……」
「そのかわり、巫女としても終わるけどって。でもいいんです。私、巫女の地位には未練ないですから。全然才能ないし。」
「…………………………」
あの女ーー!
俺はモヨの実に意地の悪そうな目つきを思い出し歯がみした。
一度殴ってやるーー。
返り打ちにあうのは必定だが。
そうこうしてる間に既にイヨは眠ってしまった。この娘、何も分ってないし。
寝息を立ててるイヨを横目に、俺はそっと夜具から抜け出し、部屋の隅で膝を抱えて寝転がり目をつぶったった。しかし……だめだ。とても眠れない。つーか、やってられるかーー!
心の中で雄叫びをあげると、俺はすやすやと眠っているイヨを起こさないようにそっと部屋から出て行った。外に出ると、既に夜は白み始めていた。紙もペンもないから、小石を拾って土の上にメッセージを残す。
イヨとモヨへ
世話になったけど、俺は出て行きます。
もう、2度と会う事もないだろうけど元気でな。
イヨとモヨが力を合わせれば
なにもかもうまく行くよ。
それじゃあ
龍神こと、究極の雨男 青空太陽
それから、俺は忍び足で歩き始めた。今だ眠りの中にいる村人達を起こさないよう、そっと、そっと。そして、村を出てまっすぐ東へ歩いて行った。目的地は言うまでもなく、昨日の洞窟だ。一本道だから迷う事もないだろう。唯一怖いのは、昨日みたいな化け物に会う事だ。が、幸い、何にも会わず、無事に洞窟に辿り着く事ができた。
洞窟につくと、ひとまずホッとして腰を降ろす。そしてつぶやいた。
「ごめんな、イヨ。俺は、元居た時代に帰るよ。俺は未来人なんだ。しかも、超不真面目、テキトーに生きてる21世紀の日本人なんだ。だからさ、嘘をつくだけで殺されたりとか、16才の少女を生贄にするとか、そんなヘビーな話しにはついていけそうもないよ」
そこまで口にした時、俺は今朝一番の雄叫びを上げた。
「ば…化け物ー!!!!」
そう。そこには体調2メートル程もあるでかくて白い龍がとぐろを巻いて俺を見て居た。これが、夢なら最高のラッキードリーム。なのだろうが、残念ながら、これは夢ではない。というか、この異常な世界が夢ではない事の方がむしろ異常なんだが、まったく遺憾ながらこれは現実なのである。あまりのキョーフに、俺は洞窟の中にダッシュした。そして、あろうことか鏡に向かってダイブした。なぜなら、昨日、イヨが、その『人の頭大の鏡』から俺が出て来って言ってたからだ。出て来られたのなら、入れるはずだーーーーー! との単純計算によるものである。が、しかし。
ゴチッ
という音とともに、デコにものすごい激痛が走り、そのまま顔面から地面に衝突した。そりゃそうだ。入れるわけねーじゃん、鏡なんかに。信じた俺も馬鹿だった。たった一つのラッキーは、振り返ればすぐそこまで来ていたはずの龍の姿が消えていた事だ。一難は去った。だがしかし、それならそれで、どうやって21世紀に帰ろう? 考える事数十秒。名案を思いつく。ものすごく確立は低いが、もしかしたらこの世界に、ノ○太とともに映画の撮影に来てるかも知れないドラ○もんを探して、タイムマシンに乗せてもらおうか、って、いるわけないだろ、そんなもん。と、虚しく一人乗り突っ込みしてから、もう一度、こうなるにいたった経緯を思い返してみる事にした。
そう。昨日は雨が降っていて、俺は、脱雨男するために神社へと向かった。そこで、阿倍野キヨアキという名の神主がお祓いをしてくれた。しかし、お祓いは成功せず、かわりに阿倍野青年は言った。
『あなたには、とんでもないものが憑いている……り…り…りーーー』
そうだ。俺には何かタチの悪いものが憑いているらしい。そいつのせいで、こんな目にあっているのかも知れない。そのヒントは、あの神主の言った「り…」とう言葉に隠されているはずだ。
「り……り……り……」
俺は、とりあえず思いつく限りの『り』のつく名前を上げてみる事にした。
「リンダ。リリー。リア。リエ。リコ」
と、その時。上方より突然大きなため息が聞こえてきた。
「はーー。なんて察しの悪いやつじゃ」
「誰だ?」
声のした方を見上げて俺は腰を抜かした。なぜならそこに先ほどの白い龍がいたからだ。
「ぎゃー!!!! また出た! 助けてー!」
あたふたと逃げようとする俺に向かい、非常にも龍が牙を向けて迫って来る。
食われる!と観念した時、龍が言った。
「少し、落ち着かぬか」
しかし落ち着けるわけがない。腰を抜かしながらも逃げようとする俺に向かって龍は「やれやれ」とため息をつき
「やっぱりこのカッコがダメなのじゃな?」
と言って、ドロンと姿を変えた。
その姿を見て俺は再び叫んだ。
「あー! お前はーーー!」
「そう。わしさ、お前がお祓いに行った神社で会った、かわいい童じゃ」
そう。こいつは、あの日、お祓いが終わった後に境内で出会った奇妙な子供だった。千と千尋の神隠しに出て来たハクみたいな髪型をして、青い着物を着ている七五三に来たみたいな子供。俺はこいつを追いかけているうちに、このおかしな世界にやってきたのだ。
「一体お前はなんなんだ? 龍になったり、子供になったり、人をこんな世界に連れて来たり……もしかして、悪魔かなんかなのか?」
「違う。わしはお前にずっと憑いていたものじゃ」
「俺に憑いて…って、もしかして神官の言ってた『り』で始まる…」
そこまで言って俺はやっと気がついた。
「ああ! もしかして龍!?俺についてたのは龍なのか?」
「そうじゃ。やっと察したか。さらに言わせてもらえば、龍は龍でもただの龍ではなくわしは龍神なのじゃ」
「り…龍神?」
俺はその言葉に唖然とした。
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