第4話 語らない王子
第一王子が目を覚ました。
意識を取り戻した。
でも。
目を覚ましただけだった。
意識を取り戻しただけだった。
王子は何も語らない。
そもそも、私達の顔を見ようともしない。
「語りたくとも語れないと思われます。見ようとしたくとも首も動かないと。」
侍従医が俯いたまま、私の顔を見ずに言った。
それは、それはどう言う事なの?
「おそらく、喉の筋肉、声帯筋という声を出す為の筋肉が衰え、更に硬化しています。」
でも、あの子は動いているのよ?
私の手を握ってくれたのよ?
「いえ、握ったのは妃様です。彼はまったく力を入れていませんでした。」
嘘?
嘘よね?
「王子は筋力の衰えが著しく、自らのご意志でどこまで動けるのか、正直私共にはわかりません。」
…あの子は、あの子はどうなるの?
「わかりません。何しろ王子には生きようとする意思が見受けられません。おそらく死ねないから生きているだけ、なのでしょう。彼は。彼は。動けないから自死出来ないのですよ。思い出してください。あの牢で彼は何かを食べましたか?飲みましたか?あの牢生活はおよそ1週間続き、昏倒しました。あの時から、彼は緩慢な自死をしていたのです。」
私共への抗議だったのでしょうか。
「彼は牢内で何も語りませんでした。あの時、王子は14歳。そもそもは非常に聡明なお方でした。ですから全てをわかってしまったのだと思います。抗議する。抗議出来る相手などいないという事を。それが王族ですから。」
私に何か出来る事はないの?
私はあの子の母親なのよ。
そうだ。
せめてご飯を。
私が作ったご飯を食べてもらいましょう。
「お忘れですか?王子は何も食べなかったのですよ。そして、我々が魔法で無理矢理生かせたから今が有るのです。ここ3年間、彼は飲まず食わずで死にませんでした。死ねませんでした。」
………。
「おそらく彼は食事を出されても食べません。それに衰弱した消化器官では例え強制摂食を施しても、消化されないまま食べたものは胃腸内で腐っていくでしょう。それはそのまま毒物となり彼を蝕みます。」
………。
なら、どうしたら。
どうしたらいいの?
私に出来る事はないの?
「王子は魔力治療を過剰に受け過ぎました。今の彼は人間の形をした魔力です。もはや医師の手には余ります。あと、出来る事と言えば…。」
あるんですか?
「………何もしない事です。繰り返しになりますが、彼は死にません。死ねません。動けない身体とはっきりといた意識を持った彼は、ただ何も出来ず、絶望の中でただ生きている屍となっています。それでも。」
それでも?
「あの方はずっと、じっと、彼を見つめていました。見つめ続けて、お世話をしていました。魔力の塊と化した彼に肉があり、人の形が取れているのは、あの方が毎日手足をさすり続けていたからです。王子はあの方を守ろうとして全てを被りました。だからあの方は、この3年間、本国からの帰国要請を無視してあの部屋に居続けました。」
………。
「以前にお聞きした事があります。あなたの為されている事は、贖罪ですか?と。」
…。
事情は聞いておりますから、姫の思惑も、本国の思惑も、そして貴方の思惑も承知しております。
しかし、なんて残酷な質問を…
「あの方はこうおっしゃいました。」
王子は命懸けで私を護ってくれました。
だから私も命懸けで王子を護りたいのです。
いつか王子が目を覚まされた時、私は1番に王子に言いたいのです。
謝罪と感謝と、告白を。
私は何があろうとも貴方の妻だと、言いたいのです。
…強い方ですね。
さすがは王家の姫と言ったところですか。
「いいえ、あの方は決して強くはありませんよ。1人で生きていくには。己の罪と己に責任があるのに実家の力関係で裁かれない後ろめたさに心が壊れそうだとおっしゃっておりました。あの方を支えているのは、王子に謝りたいとの想いだけです。」
……。
「あの方はあの日からずっと、王子に語りかけていました。そして今も。」
……。
「王子はあの方を護る為に人を捨てました。そしてあの方は全ての障害を乗り越えて王子の側に居続けた。王子が人に戻る為には、再びあの方を護るとする意思が必要になるでしょう。」
…つまり、私が出来る事は何もない、と。
「いいえ。部屋から出ない、出れない夫婦を守れるのはご両親だけです。王家だけです。」
それは、外交問題を含めてですね。
「御意。」
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