第89回 芝居


 カウントダウンは残り60秒を切り、時計形態のボスの攻撃が近付いているわけだが、対処法は依然としてまったくわからないままだった。


 あとおよそ1分で何も思い浮かばなければ、俺たちのあの世逝きが確定する。そんな苦しすぎる状況下において、俺は羽田を納得させるためにやむなくボスを攻撃することにした。


「――今だっ!」


「オーケー!」


 当然、俺の声に反応して野球帽もボスに攻撃しただけでなく、二階にいる羽田たちも続いた。野球帽には悪いが、敵を騙すにはまず味方からっていうしな。


「ボスめ、くらええぇぇぇっ――いったあぁぁっ!」


 原沢が勢いよく時計を蹴るも、自分の足のほうがダメージを受けたのか顔をしかめてうずくまった。


 だから、こいつは攻撃しなくていいんだって……。しかもいちいち甲高い奇声を上げるし、むしろこっちのほうが色んな意味でダメージを受けそうだ。


 っと、そうだ。俺は傍から見ればまたしてもボスを倒せなかった上に横殴りされたわけで、この場面では悔しがる素振りをしておかないとな。


「クソッ、まだダメだったか。それにしても、あいつら、いちいち邪魔しやがって……」


 俺は苛立った表情を作ると、羽田のほうをちらっと見ながら毒を吐く。なるべく不自然にならないように心掛けないといけないから、とにかく面倒なんだが仕方ない。


「工事帽、そう怒るなって。もう、報酬のスキルとか譲ってもいいだろ。誰がクリアしようと、お前と一緒に……い、いや、生きてここから出られるんだったら、俺はそれでいい……」


「な、なんだよ、やけにしおらしいな。野球帽らしくないぞ?」


「チッ……! ど、どういう意味だよ、それ。さじ……工事帽。興奮してるお前をなだめるつもりで言ってやったのに……」


「優しいんだな。惚れそうだ」


「うっ……」


 野球帽のやつ、よっぽど悔しかったのか顔が赤いが、文句をいちいち返してこないってのは成長した証だな……って、こんな漫才みたいなやり取りをしてる場合じゃなかった。ボスが攻撃を開始するまでもうあと30秒しかない。対処法を考えるんだ。


「…………」


 残り20秒まで迫るも、やはり攻撃を防ぐ策は浮かんでこない。やつの形態が時計だからか、余計に時間を意識してしまってノイズが入る。そういうところも計算に入れているのかはわからないが、とにかく焦りが生じているのは確かだった。


 あと15秒だ。もうダメかもしれない……いや、弱気になってる場合じゃない。こんなところで諦めるな。俺は羽田の嫌らしい顔を想像しつつ、闘志を漲らせる。普段から俺をイライラさせるだけの存在なんだから、こういうときくらい役に立ってくれないとな。


 時計はずっと動いている。未来へと向かっている。その意味はなんだ? 時間が経過するってことは、つまり……? うーん、わからないな。時計は時計だし、俺たちは時間が経過したら老化していくだけだが。


 老化……それはすなわち死の訪れを意味する。死=呼吸が止まるってことだ。


 呼吸……そうか、わかったぞ。椅子や鏡のときもそうだったが、こいつはただの時計じゃない。生き物の時計だ。時計の針が動き続けるのは、すなわち呼吸を意味しているんじゃないか? ボスの攻撃も、敵の呼吸を弱らせたり止めたりすることに関係があるように思う。


 それなら、呼吸を止めて死んだ振りをすればいいのかもしれない。早速試してみたら、やはり自分の足元がセーフゾーンになった。


「藤賀、原沢、呼吸を止めろっ!」


「「うっ……」」


 よし、二人とも足元が青くなっているから成功だ。


「ぎゃああっ!」


 白衣の男が落ちてきたかと思うと、見る見る年老いていき、遂にはよぼよぼの爺さんの姿になってしまった。体が一気に縮みあがって皺や染みにまみれ、100歳を遥かに超えてしまっている、そんなレベルの見た目だ。彼に比べたら風間が若々しく見えるくらいだった。


「……しょ、しょんなあ……い、嫌らあ……ふがっ……」


 自身のくたびれた手を見つめて涙を流す医者の姿は、あまりにも哀れすぎてまともに見ていられないほどだった。医者仲間の変わり果てた姿を見て、原沢が頭を抱えているのも印象的だ。


「――フンッ、なるほど、生体の体内時計を加速させる攻撃を食らい、一気に年老いたというわけか。最早死んだも同然だが、これは中々の傑作だなぁ……」


 老人の悲しむ姿とは対照的な、羽田のいかにも愉快そうな声が降り注ぐ。相変わらず、この上ない外道だな。まあ死体クリエイターのこいつにとっては単なる誉め言葉か。


 虐殺者の羽田京志郎は、杜崎教授が顔色を窺うほど圧倒的な力を持っているとはいえ、いずれは絶対に倒さなければならない敵だし、この男にだけは死んでもレアスキルを譲渡するわけにはいかない。

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